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アイリスフィアの章

聖女レノア

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 聖女レノアの発言で場がシンと静まり返る。

 ジルク様が、私を、薬で洗脳した?

 私は嫉妬することも忘れて年下の聖女を見上げた。

 こちらの視線に気づいたのか彼女は優しく微笑み返す。まるで女神のようだと思った。


「話をする前に、ジルク王子は私たちから一刻も早く離れてください」


 私とアイリ様から出来るだけ遠くに移動するようお願いします。
 
 念を押す様にレノアは告げる。

 大聖堂内では王族といえども女神の使いである聖女に逆らってはいけない。

 しかしジルク王子はそれを拒んだ。


「何故だレノア!今こそ二人で手を取り合い女神に永遠の愛を誓おう!」

「未来永劫お断りいたしますジルク王子。誰か、彼を聖堂の隅に運んで」


 そう最高位の聖女の威厳でレノアが信徒たちに命じる。
 
 屈強な男たちによってジルク王子は指示通りに運搬されていった。

 彼が喚き声を上げながら私たちから遠ざかる。

 その距離が広がる程に私の頭は冷えて行った。
 
 つまりそれは己の先程までの行動を冷静に把握できるということだ。


「わ、私はなんてことを……お許しください聖女様!」


 罰を与えるなら家ではなく私個人に。そう頭を床にこすり付け懇願する。

 ガタガタと己の罪深さに体が震えた。

 公爵家の人間として教育を受けてきた身だ。

 王家と肩を並べる教会の権威も、その教会が掲げる聖女の威光も子供の頃から知っていた。

 そうだ、知っていた筈なのに。


「顔をお上げくださいアイリ様。私は貴女を罰する気はありません」


 私の肩に優しく手を添えてレノアは言う。


「貴女は罪人ではなく、罪人に尊厳を弄ばれた被害者です」

「私の尊厳……?」

「ええ、アイリスフィア公爵令嬢。貴女は禁忌の薬によって心を操られていたのです。ある人物を深く狂愛するようにと」


 そうですね、ジルク王子。

 レノアの言葉に聖堂内の全ての視線が一人の高貴な青年へと向けられた。

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