上 下
9 / 50

【9】悪霊令嬢、焦る

しおりを挟む
 闇魔法は光魔法や火炎魔法のようにわかりやすくはない。

 そのうえで外よりも内、肉体よりも精神に作用する魔法が数多くある。

 対象者の気力を奪ったり、心を操ったり、意識を闇に封じたりといったものだ。

 魔法を使われているかの判断は素人には出来ない。

 だからこそ闇の魔力を持つ者は人々から恐れられ疎まれる。

 この国には色々な属性の魔力が存在するが、唯一闇の魔力だけが迫害された過去を持つ。

 それ自体は大昔の話で、どこから見ても闇属性な私でも伯爵令嬢として貴族学園に通えている。

 確かに教師や生徒たちからは不気味がられてはいるが、リコリスの場合は外見の与える影響の方が強いだろう。

 寧ろこの悪霊のようなビジュアルと婚約者へのストーキング行為が闇属性への悪印象を深めているまである。

 そんなことを考えながら私は右手に意識を集中させた。闇魔法でルシウスを眠らせようと思ったのだ。

 しかし何時までたっても自分の闇の魔力が体の外へ出る独特の感覚がやってこない。

 私はそのことに戸惑いながら、内心徐々に追い詰められていた。

 唇は解放されたがルシウスに強い力で抱きしめられていることは変わらない。逃げたいのだ。

 急に態度を大きく変えたこの婚約者が怖い。彼の想定している人物でないことに気づかれて失望されるのが恐ろしい。

 何よりも、美少年に熱い瞳で見つめられてキスをされて抱きしめられている。

 この出来事の結果、前世の記憶が戻ったのに再度ルシウスを好きになってしまうかもしれない。

 今の私は二十代後半の人格なのだ。そんなちょろすぎる自分には耐えられない。絶対拒否する。

 大体彼は既に可愛いヒロインに弁当を作ってもらっている仲なのだ。

 そこに私が参戦したらひたすら面倒くさい泥沼が出来上がる。しかもややこしいだけではない。

 ヒロインは特別な魔力を持っているだけでなく王家とも繋がっている国一番の豪商の愛娘。

 軽々しく弄んではいけない相手だ。二股などもっての他である。

 今までだって私とルシウスは婚約関係だった、その上で彼はヒロインと親しくしていた。

 しかしリコリスがそれについてヒロインと対立しようとなかった為表向きは平和だったのだ。

 だがそれは彼女の愛情表現が監視や観察だったからで、まともな感覚を持った女子なら怒ったり悲しんだりするだろう。 

 婚約者がいるのにヒロインといちゃついて、突き飛ばして気絶させた婚約者を廊下で見つけてキス。 

 いくら顔が良くてもクズ男の行動だ。

 ルシウスは婚約者とヒロイン、二人の女性を都合よく弄んでいるように思われても仕方がない。

 そしてこの場合、一番激怒するのは略奪したと思ったのに逃げられた女性の場合が多いのだ。

 前世、自分自身の恋愛経験はないけど、友達や同僚から恋愛関係の愚痴なら多く聞いてきた。

 絶対この場面をヒロインに目撃されたくない。彼女の家を敵に回したくない。

 しかし私の願いは叶わなかった。


「……ルシウス様、?」


 何をなさっているのですか。

 怒気を孕んだ少女の言葉が私の背筋を震えさせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...