上 下
6 / 50

【6】悪霊令嬢、戸惑う

しおりを挟む
 驚きが強かったのか彼の表情には常に存在していた私への嫌悪は浮かんでいない。

 そういえば神出鬼没なストーカー女の印象が強いリコリスだが、このようにルシウスに触れることはなかった。

 良くも悪くも観察者タイプだったのだろう。前世の記憶が戻った今ならわかる。

 悪役令嬢リコリスと婚約者であるルシウスの関係は迷惑ファンとアイドルそのものだったのだと。

  決して自分が恋人になりたいわけではないのだ。

 だけど彼に恋人が出来ることは許せない。彼のことは全部把握したい。だから親の権力を使って強引に婚約した。

 しかしこんな愛情表現、向けられる側にとっては不気味で厄介な物でしかないだろう。

 蜘蛛が自分の巣に気に入りの蝶を捕え続けるようなものだ。相手のプライベートや尊厳を無視している。

 だからルシウスの私を見つめる瞳に常に嫌悪と怯えが浮かんでいたのも仕方がない。

 今近くで見上げる彼の顔も美形なことは変わらないが目の下にうっすら隈ができていて顔色も悪い。

 逃げたくても親の決めた婚約だから破棄できない。そして黒魔術の得意なリコリスに常に監視されている生活。

 婚約をしたのは十歳の時で、それから長年リコリスに偏執的な感情を向けられ続けてきている。

 彼の精神に限界が来ていても仕方がない。

 だからこそヒロインとの関係を強く責める気にはなれないのだ。


「リコリス、お前……」

「……ごめんなさい、ルシウス君。私のせいでずっと大変だったよね」

「え……?」


 驚いたような声に自らの失敗を悟る。

 しまった。リコリスのことを客観視し過ぎてプレイヤー時代に完全に口調が戻ってしまっていた。

 前世での彼は年下のゲームキャラだったこともあってゲーム仲間と語ったりする時はルシウス君と呼んでいたのだ。

 しかしヒロインと女生徒たちに割って入った時はそれなりに上手く悪役令嬢として振舞えていたのに失敗してしまった。

 彼との突然の遭遇と急接近で予想よりも混乱していたのかもしれない。

 どう言い訳しようと戸惑う私の肩をルシウスは強く掴んだ。まるで電撃を受けたように体が硬直する。

 私も、そしてリコリスの体も人との接触に慣れていないのだ。しかもこんな美形の異性から触れられるなんて。 

 前世で恋人どころか家族や会社関係、そして店員以外の異性とろくに話したことのない私には喜びより恐怖が勝った。


「ひえっ」

「リコリス……もしかして、昔の君に戻ったのか?!」

「……は?」

「俺のこと今ルシウス君って呼んだだろ、それに目つきだって違う……明るく花のような君に戻ったんだな!」


 間抜けに口を開けた私を捕らえたまま、先程まで青白かった頬を紅潮させて婚約者が叫ぶ。

 明るく花のような君? 何のことだ。前世もリコリスに転生した後も私はずっと陰属性だ。

 寧ろ今の彼の顔面こそ明るく光り輝いている。私が本当に悪霊ならその笑顔が眩すぎて消滅してしまいそうだ。

 それ程にルシウスは喜んでいる。しかしその理由がこちらには全く見えてこない。

 私の戸惑いは減るどころか増えていくばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

処理中です...