61 / 99
王子の覚悟・上
しおりを挟む
彼女が着替え終えて出てきた時には、まず誉めようと思っていた。
ドレスを似合っていると言われて嫌な思いをする女性はいないだろうから。
けれどそんな目論見を嘲笑うように城内に轟音が鳴り響いた。
壁に預けていた背を起こし扉を見る。
呼びかけようかと考えている間に彼女がそこから出てきた。判断が早い。
「マリアの元に大急ぎで戻るわ」
凛とした声で言われて一も二もなく頷く。
けれど気になったのはディアナのドレス姿だった。
濃い赤と茶色の組み合わせに金糸が刺繍されたその衣装は彼女にとても合っている
だが、走るのには向いてなさそうだ。そもそもドレス全般がそういうものなのだが。
そう考えたアレスはディアナを抱きかかえた。
急に抱き上げられ慌てた顔をする淑女に「この方が早く到着できる」と真剣な顔で説明する。
それでも迷うような顔をしていたディアナは、それでも優先順位を定めたようだった。
絶対に早く着くように念押しされたが、ドレスの女性を連れて走るよりは横抱きにしたこのスタイルの方が速度が出るのは確かだ。
だから自信満々に約束すると誓った。その言葉に納得したのか抱えやすいように首に腕を回される。
ディアナからの接触に心臓を背中から思いきり殴られたような衝撃があったが顔に出さないように耐えた。精神的な肋骨が数本折れた気がする。
ここで大いに照れたり喜んだりしたら絶対この腕は外されるし何ならやっぱり自分で歩くと言い出されてしまうだろう。だから耐えた。
アレスだって母親のことが心配だ。あの騒音の原因は恐らく彼女だろう。被害者側か加害者側かはわからないが。
この国の王妃であり、恐らくは国一番の風魔法の使い手であるマリアが危機に陥る場面など滅多にないが今共にいる相手が相手である。
雷の精霊神ユピテル。非常に美しい姿をした女神だが当時に得体のしれない恐ろしさも感じた。
独特ながらも気さくな話し方と優雅な微笑み、そしてそれを崩さないままで人間を豚に変えて見せた。
その後に豚に変えられた女性に話しかけるディアナの人間らしさがより際立って見えた。
貴族の女性から夫と伯爵夫人の立場を奪った人間が家畜の姿にされる。まるで教訓話のようだ。
けれどディアナはあまり嬉しそうな表情ではなかった。どちらかというと戸惑いが強く浮かんでいた。
相手を許すことは出来ず、けれど地獄に落ちる運命を痛快に感じる程の憎しみも抱けない。
その後ろ向きな善良さが相手への改心を願わせ、そしてそれは跳ね除けられた。
アレスはその時にディアナが泣くのではないかと思った。差し出した慈悲を断られた悔しさに怒るのではないかと思っていた。
けれど彼女はどの表情も浮かべていなかった。ただ、少し疲れたような顔をしていて、それが酷くうつくしかった。
女神のように美しいのに女神のように冷酷にはなれない。この人を守り、支えたいと改めて思ったのだ。
ただ、一つ問題がある。
ディアナの守護者一位と言う立場にはマリアという永世チャンピオンがいるのだ。
そして急に現れた女神ユピテル。彼女も何故かディアナの加護をしたくて堪らないようだった。
母であるマリアはいいとして、女神ユピテルには何か胸騒ぎを感じる。
ディアナと彼女は同性同士。対抗する必要はないと思うが、対抗した場合あまりにも強敵過ぎる。
それでも退くわけにはいかない。ずっと、ずっと想い続けていた恋なのだ。
アレスは腕の中の愛しい存在をしっかりと抱え直した。
ドレスを似合っていると言われて嫌な思いをする女性はいないだろうから。
けれどそんな目論見を嘲笑うように城内に轟音が鳴り響いた。
壁に預けていた背を起こし扉を見る。
呼びかけようかと考えている間に彼女がそこから出てきた。判断が早い。
「マリアの元に大急ぎで戻るわ」
凛とした声で言われて一も二もなく頷く。
けれど気になったのはディアナのドレス姿だった。
濃い赤と茶色の組み合わせに金糸が刺繍されたその衣装は彼女にとても合っている
だが、走るのには向いてなさそうだ。そもそもドレス全般がそういうものなのだが。
そう考えたアレスはディアナを抱きかかえた。
急に抱き上げられ慌てた顔をする淑女に「この方が早く到着できる」と真剣な顔で説明する。
それでも迷うような顔をしていたディアナは、それでも優先順位を定めたようだった。
絶対に早く着くように念押しされたが、ドレスの女性を連れて走るよりは横抱きにしたこのスタイルの方が速度が出るのは確かだ。
だから自信満々に約束すると誓った。その言葉に納得したのか抱えやすいように首に腕を回される。
ディアナからの接触に心臓を背中から思いきり殴られたような衝撃があったが顔に出さないように耐えた。精神的な肋骨が数本折れた気がする。
ここで大いに照れたり喜んだりしたら絶対この腕は外されるし何ならやっぱり自分で歩くと言い出されてしまうだろう。だから耐えた。
アレスだって母親のことが心配だ。あの騒音の原因は恐らく彼女だろう。被害者側か加害者側かはわからないが。
この国の王妃であり、恐らくは国一番の風魔法の使い手であるマリアが危機に陥る場面など滅多にないが今共にいる相手が相手である。
雷の精霊神ユピテル。非常に美しい姿をした女神だが当時に得体のしれない恐ろしさも感じた。
独特ながらも気さくな話し方と優雅な微笑み、そしてそれを崩さないままで人間を豚に変えて見せた。
その後に豚に変えられた女性に話しかけるディアナの人間らしさがより際立って見えた。
貴族の女性から夫と伯爵夫人の立場を奪った人間が家畜の姿にされる。まるで教訓話のようだ。
けれどディアナはあまり嬉しそうな表情ではなかった。どちらかというと戸惑いが強く浮かんでいた。
相手を許すことは出来ず、けれど地獄に落ちる運命を痛快に感じる程の憎しみも抱けない。
その後ろ向きな善良さが相手への改心を願わせ、そしてそれは跳ね除けられた。
アレスはその時にディアナが泣くのではないかと思った。差し出した慈悲を断られた悔しさに怒るのではないかと思っていた。
けれど彼女はどの表情も浮かべていなかった。ただ、少し疲れたような顔をしていて、それが酷くうつくしかった。
女神のように美しいのに女神のように冷酷にはなれない。この人を守り、支えたいと改めて思ったのだ。
ただ、一つ問題がある。
ディアナの守護者一位と言う立場にはマリアという永世チャンピオンがいるのだ。
そして急に現れた女神ユピテル。彼女も何故かディアナの加護をしたくて堪らないようだった。
母であるマリアはいいとして、女神ユピテルには何か胸騒ぎを感じる。
ディアナと彼女は同性同士。対抗する必要はないと思うが、対抗した場合あまりにも強敵過ぎる。
それでも退くわけにはいかない。ずっと、ずっと想い続けていた恋なのだ。
アレスは腕の中の愛しい存在をしっかりと抱え直した。
20
お気に入りに追加
4,157
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
妹よ。そんなにも、おろかとは思いませんでした
絹乃
恋愛
意地の悪い妹モニカは、おとなしく優しい姉のクリスタからすべてを奪った。婚約者も、その家すらも。屋敷を追いだされて路頭に迷うクリスタを救ってくれたのは、幼いころにクリスタが憧れていた騎士のジークだった。傲慢なモニカは、姉から奪った婚約者のデニスに裏切られるとも知らずに落ちぶれていく。※11話あたりから、主人公が救われます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる