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2話 黒猫の賢者

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 自分の背丈よりも大きな鏡には金色の髪の太った子供が映し出されていた。

 右腕を上げたり頬を抓ってみたりすると鏡の中でも同じ行動をする。信じがたいがやはりこれは俺らしい。

 確かにふくよかだが白豚皇帝と呼ばれていた時程ではない。何よりも子供時代まで若返っている。


「どういうことだ……?」

「だからさっき言っただろ、二十年前に戻ったんだって」


 本当に頭が悪いな。そう最早聞き慣れた声の方に振り返る。最初は窓の外側から誰かが話しかけてきているのかと思った。

 しかし実際は違った。見覚えのない黒猫がカーテンからひょっこりと出てきたのだ。


「な、猫が喋った……?」

「そんなことでいちいち驚くなよ。死んだ人間が甦った上に若返っているのに」


 呆れたような声で言われて自分の姿を見る。

 確かにこれに比べれば猫が人語を話すことなど大したことはないのかもしれない。


「それもそうだな」

「へえ……カインに聞いていたよりも柔軟ではあるんだな」

「貴様、弟の知り合いなのか?」

「知り合いってだけならあんたにも会ったことがあるけど」


 そう黒猫に言われて首を傾げる。全く心当たりがない。

 猫はこちらの返答を求める様子もなく鏡の前まで四足歩行で移動してきた。つまり俺の足元だ。

 その途端、鏡に映る己の姿が別の人物によって遮られる。それは黒いローブを纏った青年の姿だった。

 老人という年齢ではないが髪は白に近い灰色で、両目を隠すように顔には大きな布が巻かれていた。夜に出会ったら悪霊と間違えてしまうかもしれない。


「……これが、貴様の真の姿か?」

「そ。俺はカインのダチのリヒト。一応賢者。ちなみにカインがあんたを殺す時に一緒にいた奴でもある」

「ああ、あの時の。随分と様子が変わったな」

「……いや変わったのはあんたの方が、っていうかカイン虐めて追放した割に俺に対して態度が柔らかすぎない?」


 本当にあの白豚皇帝なのか。そう賢者と名乗る男に言われ、確かに余であると胸を張って答えた。


「カインには申し訳ないが傲慢でい続けるのは正直疲れてしまってな。寧ろ殺されてさっぱりした気がする」

「もっとあいつに申し訳ないと思えよ、カインあんた殺してから心病んで国滅ぼしたりしたんだから」


 色々最悪だったよ。そう抑揚無く話す男の表情は鏡越しでも読み取れなかった。

 成程、だからこその白髪と盲目化か。俺と違い武力に秀で優れた肉体を持った弟だ。

 その暴走を力尽くで押さえ付けようとしてもさぞかし苦労しただろう。


「なんていうか、殺す前に気づいてやればよかったけどカインはあんたが全てだったんだよ」


 地位も名声も富も女も何一つあいつの心を繋ぎ止めることはできなかった。

 そう苦しそうに告げられやはり申し訳なく思うしか出来ない。それを正直に告げるとそういうところが駄目なんだよと黒猫に叱られた。


「はあ、もういいよ。俺が考えていたよりはクズじゃないことがわかったし、俺もあんたの輪廻を勝手にいじくったし」

「やはり余が若返ったのは貴様の仕業か」

「そうだよ。あとガキがいっちょ前の顔して余とかふんぞり返っているの面白いから止めてくれる?学芸会かよ」

「失礼な。だがまあ、確かに俺の方が楽ではあるな」

「これからはそっちにしなよ」

「これから……ということはやはりまた余……俺はレオンハルトとして生き直すことになるのか」

「そうだよ。あんたが昔カインを虐めて追放したせいであいつの人生は狂った。だからやり直して修正するとしたらカインじゃなくあんたの方なんだ」


 そのことに気づいたから今回はあんたの監視役になることにした。その発言と共に俺の足の甲に黒猫の前足が乗せられた。

 鏡の中の青年は腕を組んだままだがしっかりと俺の足を踏んでいる。まさに子供に対して大人げがないという奴だ。


「ガキなのは姿だけだろ」

 
 そう言い返されてそれもそうだと納得した。

 確かに自分の精神が当時のままならこのような無礼を許してはいないだろう。しかし二十年前というと十二歳か。

 カインを弟と紹介されてから一年後だ。それを考えると気が重くなった。もう既にきつく当たってしまった後だ。


「どうせなら出会う前まで戻してくれればよかったのに」

「加害者の癖に贅沢言うな、俺だって出来ればそうしたかったよ」


 それにお前のカインへの酷い仕打ちは数年続いたそうじゃないか、今更一年ぐらいなんだ。そう黒猫、いやリヒトに言われて耳が痛くなる。


「今からでも遅くない。謝って弟をベタベタに可愛がって今度こそ死ぬまで仲良く暮らせ」


 じゃないと俺が知る中で最悪の地獄にお前を落としてやる。

 禍々しい衣装に身を包んだ賢者に迫力たっぷりに言われて俺は頷くしかなかった。





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