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1歩前進
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「ふれあ! おはよー」
「おはよー」
ふぁーあ、とあくびをひとつ。
「あれ? 寝不足?」
「うーん、いっぱい寝たと思うんだけど、なんか不思議な夢見て…気が休まらなかったかも」
「不思議な夢? どんな?」
「どんな…」
…っ!!!
言えない…!
チャルルになって雨音くんにあんなことやこんなことされてた、なんて…っ
どんだけ好きなんだ、ってつっこまれること間違いなし。
現実は夢に影響するって何かのテレビで前見たけど、きっと昨日はチャルルの件で助けてもらったり、いろいろお話したから影響されちゃっただけだ、きっと。
「あははっ、忘れちゃった…っ」
私は、頭の後ろに手をやって誤魔化し笑いを浮かべた。
「あ~、夢って起きるとすぐ忘れちゃうもんね、分かるー」
「だよねぇ~」
よかった、なんとか乗り切れた。
「で? 今日は放課後カフェ行けるー?」
「あ! ごめんー……。今日動物病院行かないと行けなくて…」
「動物病院? なんで?」
それから昨日あったことを穂乃果に話すと…
「え!? なにそれ! 急に大接近じゃん!」
興味津々の様子で私に詰め寄ってきた。
まぁ、そりゃそうなるよね。
中学入学時からずっと片思いしていた相手にまたもピンチを助けられちゃったんだから…。
「だよね!? やっぱり雨音くんは私のヒーローだよ!」
「また好きが増しちゃった?」
「うん……っ」
少しだけ顔を赤らめて頷いた。
こんなのどんどん好きになっちゃうよ……。
夢だって分かってるけど、抱っこされた感覚は今も身体中に染み付いていて離れない。
朝食を食べている時も。着替えている時も雨音くんの体温に今もギュッ、って包み込まれているみたいで、まだ夢心地だ。
「良かったじゃーん。放課後チャルルのこと迎え行くってことはまた土屋と2人で会えるってことでしょ?」
ニヤリ、としながら肘でツンツンとつついてくる穂乃果。
「デートの約束取り付けちゃえよー」
「でっ、デート!?」
カー! と熱が顔に昇ってくる。
「そんなの恥ずかしくて出来ないよ!」
「えー! せっかくのチャンスなのに! 無駄にしちゃっていいの!?」
「うっ…」
確かに…、雨音くんとの接点は学校だけ…。
しかも何度も行っている席替えでは隣の席どころか近くにすらなれない。
よってお話する機会が全くなく…、(いや。それは私の常日頃の勇気不足ってのもあるのだけれど…)
とにかく目で追うだけの日々になってしまっている現状だ。
「もしかしたらさ、チャルルも気を使ってくれたのかもよ?」
「え?」
「ほら。いつもチャルルにふれあの片思い事情話してるって言ってたでしょ? チャルルもさー、なかなか1歩踏み出せないふれあの後押しする為に土屋との接点作ってくれたのかもしれないじゃん?」
「えっ…?」
ただの偶然かもしれないけど、でも実際チャルルのおかげで私は雨音くんとお近付きになれた。
もしかしてチャルルが私の為に…??
「犬って飼い主のことよく見てるっていうし、この千載一遇の大チャンスはチャルルが運んでくれた奇跡かもよ?」
「奇跡…」
昨日診察室で手の甲をペロ、と舐めてくれたことが過ぎる。今思い返すと…
”が ん ば れ ”
って、応援してくれてたのかな。
……なんて。都合よく解釈しすぎ…??
「とにかく! チャルルにいい報告出来る為にもいつもよりちょっと勇気出してみようよ!」
自分のことように私の初恋を応援してくれている穂乃果に背中を押され、少し前向きな気持ちになれた。
「うん、私がんばる!」
決意を込めた眼差しを穂乃果に向けたその時。
教室に雨音くんが入ってきた。
「あっ、噂をすれば……」
穂乃果が横でニヤリ、と笑っている。
そして小声で耳打ちしてくる。
「おはよう! って声掛けてみれば?」
「へっ!? いやっ、でも…っ」
「チャルルの容態もついでに聞いてくればいいじゃん! 心配でしょ?」
確かに…、穂乃果の言う通りチャルルのことは気になる。ちゃんと寝れたかな? とかご飯ちゃんと食べれたかな? とか聞きたいことがたくさんだ。
放課後でもいいかもしれないけど一刻も早く聞きたい気持ちがあった。
ーーポンッ…
穂乃果に軽く背中を押される。
「ほら! チャイムが鳴る前に!」
「うんっ! ちょっと行ってくる!」
昨日の話したばかりだし、きっと大丈夫!
何も心配することはない!
自分を鼓舞しながらフー、と大きく息を吐き出して雨音くんの席に向かった。
「雨音くんっ、おはよう……っ」
雨音くんの席の前。
少しだけ屈んでそう声をかけてみた。
すぐに「おはよう」と返事が来たので胸をなでおろす。
「あの……っ、昨日は本当にありがとう…、その……チャルル、迷惑かけてない? いい子にしてたかな?」
「あぁ、すげぇいい子だったよ」
「そっか……ぁ、良かった…っ」
ホッ、と胸を撫で下ろす。
さすが私のチャルル……っ
「ご飯あげる時とか、ちゃんとおすわりして待ってた」
「そっかぁ……っ、チャルル偉い…っ」
普段から私とたくさん練習してるもんね!
さすが私のチャルル!
今すぐ褒めてあげたい!
チャルルが雨音くんの前でおすわりをしているところを想像したところでチャイムが鳴って、席に着いた。
ホームルーム中。
喜びを噛み締めるかのようにこっそりと足をバタバタさせた。
学校でもお話出来た……っ。
なんだか1歩前進出来た気がして嬉しい…っ。
先生の話そっちのけで、少し遠くの席にいる穂乃果がこちらへガッツポーズしてきたので私も同じようにガッツポーズを作った。
ありがとうー。穂乃果のおかげだよー。
そうして私は友に感謝した。
***
「へへっ、てへへっ…」
「きりーつ、れいー」
はっ!
日直の声に我に返り、私は慌てて椅子を引いて立ち上がった。
「「さよーなら」」
「気を付けて帰れよー」
帰りのHRが終了したことを認識した私はスクールバッグを肩にかけた。
浮かれるのも程々にしないと!
そう。私は今日1日中今朝のことを思い出したはニヤつき…、思い出してはニヤつき…
繰り返していたのだ。
おかげで1日があっという間に過ぎていった。
「穂乃果! また明日!」
「うん! チャルルによろしく!」
穂乃果に手を振って昇降口に急ぐ。
今日はチャルルが退院する日。
早く家に帰って、お迎えに行かなきゃ!
***
うぅー。ドキドキする。
現在私は土屋動物病院の扉の前で私は胸を押えているところ。
雨音くんもう家帰ってるかな?
この扉の先に雨音くんが────…
そう思うと心臓が口から飛び出してきそうだった。
でもはやる手つきで扉に手を伸ばしてしまうのはその緊張を上回るぐらいチャルルに早く会いたいから。
ガチャッ、と扉を押して中に入り、受付の所に向かった。昨日はいなかったけど今日は1人の看護師さんがいたのでそこで受付を済ます。
あれ…?
それにしてもどうして昨日は受付の人いなかったんだろう。
そんなことを考えながら、待合室のソファに腰掛ける。そこでちょうど壁に貼られた土屋動物病院のポスターが目に入った。
そこには…
【火曜日休み】と書かれていて目を見開いた。
「火曜日…」
はっ!
今日は水曜日…。
つまり昨日は私の為にわざわざお店開けてくれたんだ…!! しかも診察まで…!
わぁああ…っ、もう雨音くんに雨音くんのお父さんにも頭が上がらない…!
「桃瀬さんー、どうぞー」
「あっ、はい!」
看護師さんに診察室に案内され、立ち上がる。
やっとチャルルに会えるんだ…っ。
早くギューっと抱きしめたい衝動に駆られながら診察室に駆け込む。
診察台の上にはチャルルがちょこんと座っていて、その奥では雨音くんのお父さんである院長先生がパソコンを見つめながら椅子に座っていた。
「チャルル……っ!」
「わん!」
1日ぶりの再会。
でも私にとっては100年ぶりの再会かのようで、鼻の奥がツーン、と刺激される。
目にぶわっ、と涙が滲んだ。
「チャルルーーっ!! 会いたかったよー!」
「わん! わん! わん!」
わぁあああ……っ、めっちゃしっぽ振ってくれてる~っ!!
しっぽが取れちゃいそうなくらい左右にブンブンとするチャルル。
それだけではもの足らなかったのか診察台の上で激しくクルクルと回り始めた。
「チャルルも嬉しいの…っ?」
「わん!」
両手を伸ばすとチャルルがジャンプしてこちらに私の腕の中に飛び乗ってきた。
ギュー、と抱きしめてチャルルの背中にほっぺを引っつける。
んー…っ、モフモフだぁ…っ。
癒される~~~~。
「もうすっかり元気になったよ。良かった良かった」
私たちの様子を見ていた院長先生が微笑ましそうに目尻にシワを浮かべて笑う。
私はぺこり、と頭を下げた。
「本当に本当にありがとうございました……っ、昨日も本当ならお休みの所を診ていただいて…、感謝しかありません!」
「大丈夫だよ。いつも雨音と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえっ、仲良くだなんてとんでもない…っ。雨音くんにはいつも助けられてばっかりで…あの…、ところで今日雨音くんは……??」
帰りのホームルームの時、教室にいたのは覚えている。
もうそろそろ帰っていてもいい時間のはずなのに。
「あ、今入院してる動物たちに餌やり頼んでるんだ。呼んでこようか?」
「あっ、いえ……っ、ちょっと気になっただけなので…っ」
と、口では遠慮しつつ、ここに来れば雨音くんに会えるものだと思ってたから会えないのはちょっと寂しい。
「ところであいつ、学校で上手くやってるかな? 昔から素っ気ないとこあるから上手く馴染めるか心配してたんだよ」
困ったように眉を下げる院長先生。院長先生にとって雨にとって1人息子みたいだし、常に心配しているんだろう。
「えーと……」
正直に言えば、決して馴染めては…いないような気がするけど…。
なんて答えよう。
うーん、と頭を悩ませていると、診察室の奥の扉が開いて、雨音くんがやってきた。
「餌やり終わったよ」
「おぉ、そうか。ありがとな」
雨音くんと視線が絡み合う。私に気付き、声をかけてくれた。
「あっ、桃瀬。来てたんだ」
「うんっ、お邪魔してます」
その時。私の腕の中ですっぽり収まっていたチャルルが雨音くんの姿を視界に入れるなり、急にモゾモゾと動きだした。
「チャルル? どうしたの?」
慎重に診察台に下ろすと雨音くんのいる方へ向かっていった。
そして雨音くんに向けてしっぽをフリフリ。
まるで何か言いたいことがあるみたいだ。
「ん?」
不思議そうに首を傾げながらチャルルを抱っこしてくれる雨音くん。雨音くんの腕の中でもなお、チャルルはしっぽを全力で振っていた。
チャルル…雨音くんに懐いちゃったのかな?
そしてとうとう離れたくないー! とでも言うように雨音くんの腕にしがみついてしまった。
「あっ、ちょっともー、チャルルー」
「はは、かわいい」
「…!」
ふいに雨音くんがこぼした言葉にドクン!と胸が跳ねる。
ちっ、違う! 今のはチャルルに言ったわけであって私に向けてじゃない。
分かってる…。分かってる…けど!
「ほらー、チャルル。帰るよー」
結局雨音くんにしがみついて離れなかったので無理矢理引き剥がすことに…。
「ふふっ、でも一晩でこんなに懐くなんてすごい…っ、チャルル、はじめましての人にはなかなか懐かないから」
「そうなの? うれしいな」
「じゃあ雨音。薬の説明だけ頼むな」
「分かった」
院長先生は雨音くんにそう指示を出すと、今度は私に向けて言った。
「これからも雨音と仲良くしてやってね」
仲良くどころか私の初恋の相手です!
なんて本人がそばにいる手前言えるはずなく、少し頬を赤らめて「はい……っ」と頷いた。
***
「こっちは、朝と夜飲ませてあげれば大丈夫だから。ドッグフードにこうやって混ぜて誤魔化しながらあげると嫌がらないと思うからいいよ」
「へぇ…っ、そんなテクニックが…っ」
それから別室で処方された薬の飲ませ方を雨音くんに教えてもらっていた。
犬は鼻が敏感だから薬の匂いにもすぐに気づいてしまう。
中には薬を嫌がる子もいるみたいだからこうやってドッグフードに混ぜ込むといいらしい。
実際に目の前でやってくれたのですごく分かりやすかった。
「雨音ー。ちょっといいかー」
「あ、親父だ。ごめん」
「ううんっ、行ってあげて!」
そうこうしている間にも院内はだいぶ混みあってきたようで雨音くんはお父さんのお手伝いに呼ばれてしまった。
あれから雨音くんはお父さんのお手伝いに忙しそうで、本当にはもっと話したかったけど今日のところは遠慮して帰ることにした。
待合室には犬や猫。そしてハムスターなど。いろんな動物たちが飼い主さんたちと来院していた。
その子たちの命を助けるために、院長先生も雨音くんも日々頑張っているんだ。
「おはよー」
ふぁーあ、とあくびをひとつ。
「あれ? 寝不足?」
「うーん、いっぱい寝たと思うんだけど、なんか不思議な夢見て…気が休まらなかったかも」
「不思議な夢? どんな?」
「どんな…」
…っ!!!
言えない…!
チャルルになって雨音くんにあんなことやこんなことされてた、なんて…っ
どんだけ好きなんだ、ってつっこまれること間違いなし。
現実は夢に影響するって何かのテレビで前見たけど、きっと昨日はチャルルの件で助けてもらったり、いろいろお話したから影響されちゃっただけだ、きっと。
「あははっ、忘れちゃった…っ」
私は、頭の後ろに手をやって誤魔化し笑いを浮かべた。
「あ~、夢って起きるとすぐ忘れちゃうもんね、分かるー」
「だよねぇ~」
よかった、なんとか乗り切れた。
「で? 今日は放課後カフェ行けるー?」
「あ! ごめんー……。今日動物病院行かないと行けなくて…」
「動物病院? なんで?」
それから昨日あったことを穂乃果に話すと…
「え!? なにそれ! 急に大接近じゃん!」
興味津々の様子で私に詰め寄ってきた。
まぁ、そりゃそうなるよね。
中学入学時からずっと片思いしていた相手にまたもピンチを助けられちゃったんだから…。
「だよね!? やっぱり雨音くんは私のヒーローだよ!」
「また好きが増しちゃった?」
「うん……っ」
少しだけ顔を赤らめて頷いた。
こんなのどんどん好きになっちゃうよ……。
夢だって分かってるけど、抱っこされた感覚は今も身体中に染み付いていて離れない。
朝食を食べている時も。着替えている時も雨音くんの体温に今もギュッ、って包み込まれているみたいで、まだ夢心地だ。
「良かったじゃーん。放課後チャルルのこと迎え行くってことはまた土屋と2人で会えるってことでしょ?」
ニヤリ、としながら肘でツンツンとつついてくる穂乃果。
「デートの約束取り付けちゃえよー」
「でっ、デート!?」
カー! と熱が顔に昇ってくる。
「そんなの恥ずかしくて出来ないよ!」
「えー! せっかくのチャンスなのに! 無駄にしちゃっていいの!?」
「うっ…」
確かに…、雨音くんとの接点は学校だけ…。
しかも何度も行っている席替えでは隣の席どころか近くにすらなれない。
よってお話する機会が全くなく…、(いや。それは私の常日頃の勇気不足ってのもあるのだけれど…)
とにかく目で追うだけの日々になってしまっている現状だ。
「もしかしたらさ、チャルルも気を使ってくれたのかもよ?」
「え?」
「ほら。いつもチャルルにふれあの片思い事情話してるって言ってたでしょ? チャルルもさー、なかなか1歩踏み出せないふれあの後押しする為に土屋との接点作ってくれたのかもしれないじゃん?」
「えっ…?」
ただの偶然かもしれないけど、でも実際チャルルのおかげで私は雨音くんとお近付きになれた。
もしかしてチャルルが私の為に…??
「犬って飼い主のことよく見てるっていうし、この千載一遇の大チャンスはチャルルが運んでくれた奇跡かもよ?」
「奇跡…」
昨日診察室で手の甲をペロ、と舐めてくれたことが過ぎる。今思い返すと…
”が ん ば れ ”
って、応援してくれてたのかな。
……なんて。都合よく解釈しすぎ…??
「とにかく! チャルルにいい報告出来る為にもいつもよりちょっと勇気出してみようよ!」
自分のことように私の初恋を応援してくれている穂乃果に背中を押され、少し前向きな気持ちになれた。
「うん、私がんばる!」
決意を込めた眼差しを穂乃果に向けたその時。
教室に雨音くんが入ってきた。
「あっ、噂をすれば……」
穂乃果が横でニヤリ、と笑っている。
そして小声で耳打ちしてくる。
「おはよう! って声掛けてみれば?」
「へっ!? いやっ、でも…っ」
「チャルルの容態もついでに聞いてくればいいじゃん! 心配でしょ?」
確かに…、穂乃果の言う通りチャルルのことは気になる。ちゃんと寝れたかな? とかご飯ちゃんと食べれたかな? とか聞きたいことがたくさんだ。
放課後でもいいかもしれないけど一刻も早く聞きたい気持ちがあった。
ーーポンッ…
穂乃果に軽く背中を押される。
「ほら! チャイムが鳴る前に!」
「うんっ! ちょっと行ってくる!」
昨日の話したばかりだし、きっと大丈夫!
何も心配することはない!
自分を鼓舞しながらフー、と大きく息を吐き出して雨音くんの席に向かった。
「雨音くんっ、おはよう……っ」
雨音くんの席の前。
少しだけ屈んでそう声をかけてみた。
すぐに「おはよう」と返事が来たので胸をなでおろす。
「あの……っ、昨日は本当にありがとう…、その……チャルル、迷惑かけてない? いい子にしてたかな?」
「あぁ、すげぇいい子だったよ」
「そっか……ぁ、良かった…っ」
ホッ、と胸を撫で下ろす。
さすが私のチャルル……っ
「ご飯あげる時とか、ちゃんとおすわりして待ってた」
「そっかぁ……っ、チャルル偉い…っ」
普段から私とたくさん練習してるもんね!
さすが私のチャルル!
今すぐ褒めてあげたい!
チャルルが雨音くんの前でおすわりをしているところを想像したところでチャイムが鳴って、席に着いた。
ホームルーム中。
喜びを噛み締めるかのようにこっそりと足をバタバタさせた。
学校でもお話出来た……っ。
なんだか1歩前進出来た気がして嬉しい…っ。
先生の話そっちのけで、少し遠くの席にいる穂乃果がこちらへガッツポーズしてきたので私も同じようにガッツポーズを作った。
ありがとうー。穂乃果のおかげだよー。
そうして私は友に感謝した。
***
「へへっ、てへへっ…」
「きりーつ、れいー」
はっ!
日直の声に我に返り、私は慌てて椅子を引いて立ち上がった。
「「さよーなら」」
「気を付けて帰れよー」
帰りのHRが終了したことを認識した私はスクールバッグを肩にかけた。
浮かれるのも程々にしないと!
そう。私は今日1日中今朝のことを思い出したはニヤつき…、思い出してはニヤつき…
繰り返していたのだ。
おかげで1日があっという間に過ぎていった。
「穂乃果! また明日!」
「うん! チャルルによろしく!」
穂乃果に手を振って昇降口に急ぐ。
今日はチャルルが退院する日。
早く家に帰って、お迎えに行かなきゃ!
***
うぅー。ドキドキする。
現在私は土屋動物病院の扉の前で私は胸を押えているところ。
雨音くんもう家帰ってるかな?
この扉の先に雨音くんが────…
そう思うと心臓が口から飛び出してきそうだった。
でもはやる手つきで扉に手を伸ばしてしまうのはその緊張を上回るぐらいチャルルに早く会いたいから。
ガチャッ、と扉を押して中に入り、受付の所に向かった。昨日はいなかったけど今日は1人の看護師さんがいたのでそこで受付を済ます。
あれ…?
それにしてもどうして昨日は受付の人いなかったんだろう。
そんなことを考えながら、待合室のソファに腰掛ける。そこでちょうど壁に貼られた土屋動物病院のポスターが目に入った。
そこには…
【火曜日休み】と書かれていて目を見開いた。
「火曜日…」
はっ!
今日は水曜日…。
つまり昨日は私の為にわざわざお店開けてくれたんだ…!! しかも診察まで…!
わぁああ…っ、もう雨音くんに雨音くんのお父さんにも頭が上がらない…!
「桃瀬さんー、どうぞー」
「あっ、はい!」
看護師さんに診察室に案内され、立ち上がる。
やっとチャルルに会えるんだ…っ。
早くギューっと抱きしめたい衝動に駆られながら診察室に駆け込む。
診察台の上にはチャルルがちょこんと座っていて、その奥では雨音くんのお父さんである院長先生がパソコンを見つめながら椅子に座っていた。
「チャルル……っ!」
「わん!」
1日ぶりの再会。
でも私にとっては100年ぶりの再会かのようで、鼻の奥がツーン、と刺激される。
目にぶわっ、と涙が滲んだ。
「チャルルーーっ!! 会いたかったよー!」
「わん! わん! わん!」
わぁあああ……っ、めっちゃしっぽ振ってくれてる~っ!!
しっぽが取れちゃいそうなくらい左右にブンブンとするチャルル。
それだけではもの足らなかったのか診察台の上で激しくクルクルと回り始めた。
「チャルルも嬉しいの…っ?」
「わん!」
両手を伸ばすとチャルルがジャンプしてこちらに私の腕の中に飛び乗ってきた。
ギュー、と抱きしめてチャルルの背中にほっぺを引っつける。
んー…っ、モフモフだぁ…っ。
癒される~~~~。
「もうすっかり元気になったよ。良かった良かった」
私たちの様子を見ていた院長先生が微笑ましそうに目尻にシワを浮かべて笑う。
私はぺこり、と頭を下げた。
「本当に本当にありがとうございました……っ、昨日も本当ならお休みの所を診ていただいて…、感謝しかありません!」
「大丈夫だよ。いつも雨音と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえっ、仲良くだなんてとんでもない…っ。雨音くんにはいつも助けられてばっかりで…あの…、ところで今日雨音くんは……??」
帰りのホームルームの時、教室にいたのは覚えている。
もうそろそろ帰っていてもいい時間のはずなのに。
「あ、今入院してる動物たちに餌やり頼んでるんだ。呼んでこようか?」
「あっ、いえ……っ、ちょっと気になっただけなので…っ」
と、口では遠慮しつつ、ここに来れば雨音くんに会えるものだと思ってたから会えないのはちょっと寂しい。
「ところであいつ、学校で上手くやってるかな? 昔から素っ気ないとこあるから上手く馴染めるか心配してたんだよ」
困ったように眉を下げる院長先生。院長先生にとって雨にとって1人息子みたいだし、常に心配しているんだろう。
「えーと……」
正直に言えば、決して馴染めては…いないような気がするけど…。
なんて答えよう。
うーん、と頭を悩ませていると、診察室の奥の扉が開いて、雨音くんがやってきた。
「餌やり終わったよ」
「おぉ、そうか。ありがとな」
雨音くんと視線が絡み合う。私に気付き、声をかけてくれた。
「あっ、桃瀬。来てたんだ」
「うんっ、お邪魔してます」
その時。私の腕の中ですっぽり収まっていたチャルルが雨音くんの姿を視界に入れるなり、急にモゾモゾと動きだした。
「チャルル? どうしたの?」
慎重に診察台に下ろすと雨音くんのいる方へ向かっていった。
そして雨音くんに向けてしっぽをフリフリ。
まるで何か言いたいことがあるみたいだ。
「ん?」
不思議そうに首を傾げながらチャルルを抱っこしてくれる雨音くん。雨音くんの腕の中でもなお、チャルルはしっぽを全力で振っていた。
チャルル…雨音くんに懐いちゃったのかな?
そしてとうとう離れたくないー! とでも言うように雨音くんの腕にしがみついてしまった。
「あっ、ちょっともー、チャルルー」
「はは、かわいい」
「…!」
ふいに雨音くんがこぼした言葉にドクン!と胸が跳ねる。
ちっ、違う! 今のはチャルルに言ったわけであって私に向けてじゃない。
分かってる…。分かってる…けど!
「ほらー、チャルル。帰るよー」
結局雨音くんにしがみついて離れなかったので無理矢理引き剥がすことに…。
「ふふっ、でも一晩でこんなに懐くなんてすごい…っ、チャルル、はじめましての人にはなかなか懐かないから」
「そうなの? うれしいな」
「じゃあ雨音。薬の説明だけ頼むな」
「分かった」
院長先生は雨音くんにそう指示を出すと、今度は私に向けて言った。
「これからも雨音と仲良くしてやってね」
仲良くどころか私の初恋の相手です!
なんて本人がそばにいる手前言えるはずなく、少し頬を赤らめて「はい……っ」と頷いた。
***
「こっちは、朝と夜飲ませてあげれば大丈夫だから。ドッグフードにこうやって混ぜて誤魔化しながらあげると嫌がらないと思うからいいよ」
「へぇ…っ、そんなテクニックが…っ」
それから別室で処方された薬の飲ませ方を雨音くんに教えてもらっていた。
犬は鼻が敏感だから薬の匂いにもすぐに気づいてしまう。
中には薬を嫌がる子もいるみたいだからこうやってドッグフードに混ぜ込むといいらしい。
実際に目の前でやってくれたのですごく分かりやすかった。
「雨音ー。ちょっといいかー」
「あ、親父だ。ごめん」
「ううんっ、行ってあげて!」
そうこうしている間にも院内はだいぶ混みあってきたようで雨音くんはお父さんのお手伝いに呼ばれてしまった。
あれから雨音くんはお父さんのお手伝いに忙しそうで、本当にはもっと話したかったけど今日のところは遠慮して帰ることにした。
待合室には犬や猫。そしてハムスターなど。いろんな動物たちが飼い主さんたちと来院していた。
その子たちの命を助けるために、院長先生も雨音くんも日々頑張っているんだ。
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