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ビジネスパートナー!?

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 空くんがうちの学園に入学したことは瞬く間に広がっていき……、今や先輩からも大人気。騒ぎを聞き付けた生徒たちが下駄箱に殺到し、軽い人だかりが出来てしまった。

『この記事ほんと!?』

『目元がそっくりってトレンドになってるよ!』

 止まない質問攻めが逃げるように私と空くんは今、校舎裏の茂みにいた。

「はぁっ……はぁ…。ねぇ、空くん…」

 弾んだ息を整えて、私は恐る恐る質問した。

「SORAって……誰?」

「はぁ!? 知らねぇのかよ!?」

 思いもよらない質問だったみたいで大声を上げる空くん。信じられない、とでも言いたげな視線が向けられた。

「あっ、あはは~…うん…。私ユーチューブのアプリ入れたの昨日が初めてだし……っていうか、今年に入ってやっとスマホ買ってもらったから…」

「それでよくこんなカップルユーチューバー育成校なんて入ったな…」

「あはは…」

 はい! 学園の方針が今年度から変わったことに気づかずノコノコ入学してしまったバカです!

 それを白状するとバカにされる未来が見え見えだったので、変な笑みで誤魔化す。

「俺、元々は”‬SORA‪”‬って名前で活動してたんだよ。ユーチューブで」

 それから空くんはゆっくりとお話してくれた。

「でも3年前。チャンネル登録者数が100万人を超えた辺りで引退したんだ」

 記事にも‪”‬伝説のユーチューバーSORA‪”‬って書かれてたぐらいだ。100万人がどれくらいすごいことなのか今の私にはよく分からないけど簡単なことじゃないんだと思う。

 ​────そして。ことの詳細はおそらくこうらしい。

 昨日私たちがアップした動画。主に私がガチャガチャを回しているという何とも平凡な日常ほっこり動画。のはずだが、それにちょこっとマスク姿の空くんが映りこんでいた。

 そしてネットには、‪”‬特定班‪”‬というインターネット上のわずかな情報を用いて、個人に関する情報を特定するすごい人たちがいる。

 彼らの力によって、一瞬カメラに入り込んだ空くんの目元から3年前に引退したSORAにたどり着いたのだろう、という。

「引退してからだいぶ間も開いてて身長も体格も変わったと思うけど古参ファンならすぐ分かることかもな」

「そ、そうだったんだ……」

 1晩で世間をこれだけ賑わせちゃうくらいすごい人物であるはずなのに、なんてことないみたいに教えてくれた。

 だから昨日あんなにアカウント開設するの早かったんだなぁ。編集もすごく手際良かったしなんか納得。まるでプロの手つきだったもん!

 それにユーチューブやってる?って聞いた時も思い返してみればなんか変な間あったし!

 空くんの話を全て聞いたあと。私はふいに浮かんだ疑問を声に出した。

「なんで辞めちゃったの?」

「さぁー、なんでだろうね」

 空くんの過去について。
 それ以上は何も聞かなかった。

 もしかしたら話したくないことなのかもしれない。

 そう思ったから。

 それにしてもネット記事になったことで私たちの動画の再生数は本当にすごいことになっていた。再生数は成績に影響する、って先生言ってたけど、今のところそこら辺の心配は無用って感じだ。まぁ、空くんのおかげなんだけどね。

「ちなみにさ…」

 少しだけ懸念点があって私は顔を曇らせた。

「その…私叩かれたりされてない? 大丈夫??」

 あのSORAが、女の子と写っている動画なんて嫉妬の対象になりかねない気がする。

 ネット記事の感じだと嫌な書き方はされて無さそうだけど……、、世間に『誰この女!』と叩かれている自分が頭の中にぽわぽわと浮かんできて背筋が凍った。いわゆるアンチ攻撃だ。

「大丈夫じゃね?」

 次に画面をスライドさせて見せてくれたのは、例の動画に寄せられたたくさんのコメント。

『頑張って下さい!(*^^*)』

『推しカップル♡』

『おかえり空くん!』

 どれも優しさで溢れたものばかりだった。

「わーー…よかったぁああ……」

 張り詰めていた空気が解けていくかのように私は安堵した。

 「多分りんごがアホっぽいのが好感持たれてんだろうな」

 「あほ…!?」

 冗談かと思ったけど空くんは至って真剣な顔をしていた。

 え、私そんなふうに見えてました!?

 スマホをポケットにしまった空くんは言った。

 「じゃあこれからよろしく」

 「うん! よろし​────」

 「……」

 え?

 ??

 その言葉に硬直する私。

 「それって……どういう…」

 「ん? の、ビジネスパートナーとして、これからよろしくってことだけど」

 「え……っ」

 ??

 「まさかガチで恋愛しに来たわけじゃないだろ?」

 「……う、うん、まさかー! そんなわけないじゃーん!」

 「だよな。じゃあこれからよろしく」

 「うん……っ、よろしく…」


 ガチで恋愛しに来ました……。

 空くんのことマジで好きになりかけてました……。

 空くんと恋愛する気満々でした……。

 ️
 なんてことはこの状況で言えるわけがなかった。

 ***

「パートナーすごいことになってるじゃん」

 教室に入ると彩乃が真っ先に駆け寄ってきた。

 空くんのことは情報通の彩乃の耳には当然すでに入っているらしい。

 ちなみに教室に人が殺到しそうで空くんは一旦どこかへ身を隠してる。屋上にいることは私だけが知っていた。

「ちなみに彩乃はSORAくん? 知ってた?」

「知ってるもなにも超有名だったよ!? りんご知らないの!?」

 やっぱり彩乃も当然のごとく知っていたみたいで驚かれてしまった。

「あはは……正直全然知らない」

 苦笑いを浮かべ、おもむろに髪の毛をいじくった。

「それにしても、なんでまたユーチューバー目指し始めたんだろ? りんご聞いた?」

 不思議そうに頬ずえを机つく彩乃。確かに言われてみればそうだ。

 でも……

「辞めた理由は聞いてみたんだけど教えてくれなくて…。だからその辺のことは聞いても教えてくれないと思う…」

「あ~、そうなんだ。人気絶頂の中辞めちゃったからきっとなにか理由があるんだろうね」

「人気絶頂の中!? え、なんかよくよく考えたら私結構…」

「プレッシャーだね」

「だよね!?」

「だってあのSORAがカップルで動画投稿再開する、なんて話題性バッチリだし、そのパートナーのりんごは今後大注目だよ、きっと!」

 「わー……」

 今の子って、みんなそんなに動画配信見てるんだ……。いや、私も‪”‬今の子‪”‬のはずだけど、なんか時代についていけない…。

「あっ、そういえば彩乃のパートナーもう来てる?」

 昨晩彩乃との電話を切ったら見ようと思っていたみんなの課題動画。ユーチューブのアプリをダウンロードしたところであれから寝落ちしちゃって、実はまだ見れてないんだよね。だから彩乃のパートナーがどんな人かまだ知らないままだ。

「あー、ううん。まだ来てないっぽい」

「そっか」

 それにしても一体どんな人がパートナーだったんだろう? 彩乃の隣の席に視線を向けるけど、まだ登校してきていないみたいだった。

 どんな人が座ってたっけ??

 そこでガラーと教室のドアが開き、1人の男子生徒がやって来た。

「げ。来た……」

 そちらに視線を向けた彩乃が眉間にシワをせ、とても嫌そうな声を漏らす。

「もしかして、あの人が彩乃のパートナー!?」

「そう…」

 こちらに向かってくる彼は、制服はダラっと着崩していて、ネクタイなんか締めることすら放棄している。全体的にチャラそうな人だった。

 彼は彩乃の机の前に膝まづいて無理矢理視線を合わせた。眉尻を下げて、申し訳無さそうに背中を縮めている。

「彩乃ちゃん。昨日はごめんね」

「…っ」

「これ、お詫びの印」

「なによ……」

 彼はカバンの中から可愛らしいリボンでラッピングされた箱を取り出してそれをふくれっ面の彩乃の机に置いた。

「昨日彩乃ちゃんが自己紹介で好きって言ってたマカロンだよ」

「…っ! これ…超人気ケーキ屋のマカロンじゃん!」

 浮かない表情から一変。

 たちまち目を輝かせる彩乃。

「うん。だから仲直りしよう?」

 少し考える素振りを見せた彩乃は渋々頷いた。

「……分かっ…た。私もごめん…」

「ううん。彩乃ちゃんは悪くないよ? 俺が悪い」

 見た感じ喧嘩? してたみたいだけど、2人の仲直りは案外すんなりと行われた。

 その様子に思わず心の中で声を漏らす。

 いい人じゃん~~っ!!!

 どんな人かと思ったけど彩乃の扱いもなんか上手だし、チャラそうな見た目に反してなんかめちゃくちゃいい人そう! 彩乃の機嫌もすっかり治ったみたいだし、よかった……。

「あ、彩乃ちゃんの友達だよね? 南雲 雨なぐも あめです。よろしくね!」

 会話が一区切りついたところで彼は私に自己紹介してくれた。

「あ、うん! 森島りんごです! こちらこそよろしく…っ。あの…ちなみに昨日何かあったんですか?」

 雨くんは斜め上を向いて「あ~」と唸ると、コソッと教えてくれた。

「機材のそばにさ、ダンボールあったじゃん?」

 「あ~、そういえば!」

 開けてはないけどなんか大きなダンボールがあったことはよく覚えていた。

 「気になった彩乃ちゃんが開けちゃったんだよ。したら中にヘビのぬいぐるみが入ってて、なんか俺が動画のネタにするために仕掛けた、みたいに思われちゃって……、それで…」

 話を聞くと彩乃が一方的に勘違いして怒って不機嫌になった、みたいな感じだった。

 なんだ……彩乃の早とちりじゃん…。

「え、じゃあ……雨くん謝る必要なんてなかったんじゃ…??」

「でもそれは彩乃ちゃんを変なダンボールに近付かせてしまった俺にも責任はあるだろうし、いくらアカウント開設に気を取られたとしても、全て俺のせいだよ」

 責任感強……! そしてやはりめっちゃいい人……!

 彩乃が勝手にダンボール開けたのが悪いのに……。

 彩乃ーー…、よかったねぇ。
 いい人がパートナーで……。

 安心したからか視界をうるませながら彩乃を見る。

 いいなぁ……。
 なんだか2人、相性良さそう……。

 ふいに‪”‬ビジネスパートナー‪”‬という言葉が過ぎって頭をブンブンと振った。

​────この学園は一応‪”‬カップル‪”‬ということでパートナーが決められる。けど別に互いに恋愛感情は強制されていない。つまり恋愛はしなくてもいいってこと。

パートナーになった人同士が必ずしも恋愛に発展するとは限らないし、カメラの前でだけは‪”‬カップルっぽくいる‪”‬っていうスタンスのビジネスとして関わっていく人たちもきっと大勢いる。

ペアによって、パートナーとの関係は多種多様。

それは分かってる。分かってるんだ……。

でも……

空くんは私と本当の恋愛するの嫌なのかな?

プライベートと仕事は分けるタイプなのかな?

「ん~~っ、めっちゃ美味しい……っ」

 彩乃はすっかりもらったマカロンに夢中でこっちのことなど気にも留めていない。っていうか早速1個食べてるし!

「え、そんなに!? 1個ちょうだい!」

「だめ!」

「えぇ~~」

 マカロンのことになると食い意地を張る彩乃。また1つ口に運んで、幸せそうな顔をしていた。

 その横で雨くんがサラッ、と言う。

「あ、ちなみに俺、空の幼なじみだよ」

「え!? そうなの!?」

「昔家が近所だったんだ」

 それから予鈴が鳴ったタイミングで空くんが教室にやってきた。

「バレちゃったねー」なんて言って空くんの背中つつく雨くん。

「まぁ、すぐこうなるとは思ってたけどさ」

「あはは、でも潜入捜査みたいで楽しかったでしょ」

「まぁな」

 幼なじみなだけあって2人の話してる姿は遠慮のない関係に見えた。
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