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ふたりのアカウント名

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  解散の合図があってすぐ私たちはパートナーと共に恋蘭荘に訪れていた。7階建てになっている恋蘭荘は北欧風の造りで、そこら中、天使の置物が置かれている。

 ここを使うのは私たちの学年が最初だからエントランスとか、廊下とかそこらじゅうピカピカだ。

 空くんと2人でエレベーターに乗って2階に上がる。エレベーターのボタン操作も空くんがしてくれた。

 同い年のはずなのに慣れた手つきで操作していてすごく大人びて見えてしまう。

 私なんか未だエレベーター1人で乗れないよ?

 チラ、と空くんの顔色を伺ってみる。

 空くん、背高いんだなぁ。私より一回り以上大きい……。男の子って感じだ。

 ピロン、と音が鳴って扉が開く。

 学園からここまで来るのにずっと無言だけど……何か話した方がいいんだろうか。これから一緒に動画?作ってくんだよね??

 それなりにコミュニケーション? 取っておいた方がいいんじゃ……

 うじうじ悩んでいる間にも空くんは私を置いて廊下を進んでいく。私たちの部屋は廊下の突き当たり。207号室。空くんはポケットから鍵を取り出し鍵穴に刺した。

 これはここに来る前に、1人1個渡された部屋の鍵。まるで同棲するカップルが持つ合鍵みたい、って思ったけど空くんは特に何も考えていなさそうだ。

 「ん」

 私が入りやすいように扉を大きく開けてくれる空くん。意外な優しさにビックリして固まってしまう。そんな私を見て空くんが不思議そうに眉をひそめた。

 「入んないのか?」

 「あっ、ううん! 入る!」

 扉を押えてくれている空くんの腕の下をくぐって中に。

 中は、ずいぶん普通の造りだった。玄関で靴を脱いで廊下を進むと、一段と大きな部屋が。そこには見慣れない機材…多分動画撮影用の機材がいくつかとソファ、テーブルが置かれていた。

 すご……

 こんな部屋がそれぞれパートナーにあてがわれているなんて。

 ”‬ ‪カ ッ プ ル で 素 敵 な ユ ー チ ュ ー バ ー に‪ ! !”‬

 こんな校訓を掲げてるだけあって、確かに設備は凄まじかった。

 そういえば彩乃も機材全部集めるとなるとお金かかるって言ってたもんね。

 私の後に続いて部屋の中にやって来た空くんは、無言でソファに座ると足を組んでスマホを取り出した。素早い手つきで指を動かしてなりやら操作を始めてしまう。

 さっきはちょっと優しい人かな、って思ったけど、やっぱり感じ悪い……。私この人のパートナーでほんとに大丈夫なのかな。

 空くんの隣には人1人が座れるぐらいのスペースがあったけどそこに座るのはなんだか気が引けてしまい、出来なかった。床にゆっくりと腰を下ろして、体操座りの姿勢で窓の外を眺める。すると……

 「りんごは、どんな動画投稿してんの?」

 「えっ!?」

 どんな……動画??

 自身のスマホから目を離さずに空くんは続ける。

 「やってるよね? ユーチューブ。こんな学園に入学するぐらいだから。なんて調べたら出てくる?」

 もしかして、今まさに私のチャンネル調べようとしてる……??

 「えー、と…、私、ユーチューブは今までやったことな​────」

 言いかけた言葉を反射的に止める。

 待てよ??

 ここでやったことない、なんて言ったら……

『なんでこんなど素人とパートナーなんだよ! ふざけんな!』

 とか……色々怒ってくるんじゃ…………。だってきっとこの人もユーチューブ経験者だよね……??

 「ん?」

 「あ、え、と……」

 気が付けば空くんはスマホから目を離し、真っ直ぐと私を見つめていた。その目は本当に純粋に質問してる、って目だ。

 そうだよね。このカップルユーチューバー育成校に入学してる時点で、多少は動画投稿してる身なんじゃないかって思うのは自然のこと。でも私は​────…

 言いかけた言葉を飲み込み私はニコッ、と笑みを作った。かなりぎこちない笑みだけど。

 「顔出しは…恥ずかしいからまだしてないの……だからお面被って、動画投稿してる…」

 「お面?」

 「う、うん……」

 神様ごめんなさい。私は嘘つきです。泥棒の始まりですか?

 「そうなんだ。チャンネル登録者数は?」

 「えーと……、、」

 ***数分後***

 「ごめんなさい……。私動画投稿とか生まれてから1度もやったことなくて…」

 1回は嘘でつらぬこうと思ったけど、結局罪悪感に押し潰されてしまってあっさり白状した私。床に額を付け、空くんに土下座していた。

 「そうなんだ」

 やば……ガッカリしてる…??

 そりゃそうだよね…。

 きっと空くんもユーチューバーを目指してるからかの学園に来たはず。ある程度知名度のある子とパートナーになりたい、と思うのは当然のこと。

 動画投稿について右も左も分からないこんなど素人とパーナーになってしまって、きっと嫌がってるはず​────

「怒ってる??」

 上目遣いで慎重に尋ねるとぶっきらぼうに「別に」と返ってきた。マスクで顔の大半は覆われてるから、口ではそう言いながらマスクの下では怒っているのかもしれない。

「空くんはユーチューブ何か投稿してるの?」

「……」

 少しの沈黙があった後、空くんは言った。

「いや、何も」

「あっ、そうなんだ…っ」

 じゃあ2人ともユーチューブは初心者ってことだ! なんだか安心した。

 「てか、いつまで土下座してんの? 俺がさせてるみたいじゃん」

 「あっ、そっ、そうだよね……っ」

 それから私たちはソファで横並びになってアカウント開設を行った。
 ちょっと喋ったことで距離は縮まったかも!

 使用するのは個人の所有するスマホじゃなくて、学園側で管理しているスマホ。

 机の上に置かれていたそれを先に手に取ってしまった私が何となくアカウントを開設する流れなんだけど……。

 ここだけの話私は動画投稿ど素人どころか、かなりの機械音痴。エレベーター乗る時もいつもボタン操作はお母さんに任せてしまっている。

 だからそんな私にアカウント開設なんて高度な作業など出来るはずがなく…学園で貰った【アカウント開設方法】の説明書を握りしめ、もはや目に涙が滲みつつあった。

 数分前から石のように1ミリも動かない指先。

 それを見かねてか空くんが横からスマホをサッ、と取り上げた。

 「ちょっと貸してみろ」

「あっ、うんっ」

 空くんが操作する手元を覗き込んで思わず声が漏れる。

 「わぁー! すごい…」

 無駄のない素早い手つきで操作していく空くん。やっぱり男の子はこういうの得意なのかな!?

 そこで空くんの手が止まる。画面を見ると【アカウント名を入力して下さい】と指示があった。

 アカウント名…

 「何にする?」

 ちら、と横目で空くんの様子を伺う。

 「別に。何でも」

 興味なさげにそう言う空くん。

 「ほんと!? じゃあ私決めていい!?」

 「どうぞ」

 名前を決めるのってなんだかワクワクする。

 新しい自分? になれるみたいで期待と高揚感が交互に押し寄せてくる。

 うーん。これから2人で動画投稿してくアカウントだから……

 1分くらい考えた挙句、私は声を張り上げた。

 「いいの思いついた!」

 「なんだ」

 「"スカイアップル"!!」

 空を英語にするとSKY

 りんごを英語にするとAPPLE

 ふたつ合わせて"スカイアップル"!

 我ながらめちゃくちゃいいネーミングを思いついた気がする! やった! これなら空くんも気に入ってくれるはず! と思ったんだけど……

 「英語にしただけかよ」

 鼻で笑われただけだった。

 「えー!? 真剣に考えたんですけど!?」

 ほっぺをプクッ!と膨らませて抗議するけれど空くんの手元を見たら、もう"スカイアップル"と入力し始めていた。

 「なんだー、本当は気に入ってたんじゃん!」

 「はぁ!? 気に入ってねぇし。お前がどうしてもこれがいいって聞かないから仕方なくこれにしてやろうとしてるだけだ!」

 ムキになってるみたいに、こちらを睨む空くん。

 空くんのこと、少しずつ分かって来た気がする……っ。

 「あっ、待って! やっぱりひらがなの方が可愛いからひらがなにしよ!」

 「しょうがねぇな」

 「あっ、待って!」

 「今度はなんだよ」

 「すかいとあっぷるの間にハートマーク入れたい!」

 結局私たちのアカウント名は

 "すかい♡あっぷる"

 に決まった。


 弾むようなピコン! という音が空くんのスマホから聞こえる。

 「出来た」

 スマホ画面を私に向けてくれる空くん。

「もう出来たんだ!? はや!」

 "すかい♡あっぷる"…

 何度も心の中で反芻して、嬉しい気持ちになる。

「タッチ!」

「……」

 ハイタッチしようと両手を伸ばしたけどしてもらえず、渋々手を下ろした。

「あ、そういえば、なんか動画投稿しないきゃなんだよね? 早速なんか撮る??」

 そう尋ねたところで私はあることを思い出した。

「はっ…!!」

 自分スマホを取りだして日付を確認する。

「あーー! 今日発売のガチャガチャ! すっかり忘れてた!」

「ガチャガチャ?」

 「そう! もふもふうさちゃん! フロッキーフィギュア! ずっと前からやろうって決めてたやつ!」

「んだよ、そんなことか」

「そんなことじゃない! めっちゃ可愛いもん! 早く行かないとすぐ売り切れちゃう!」

 前回のもふもふくまちゃんはすぐに売り切れちゃって1回も回せなかった。あの時の悲劇を思い出して私は立ち上がった。

「私、ゲーセン行ってくる!」

「あっ、おい! ちょっと待てって……!」

 有り余る勢いのまま小銭を握りしめ部屋を飛び出した。
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