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想いが繋ぐ愛の紋章5

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 ロゼッタはレオの婚約者として、ルベルティ家で花嫁修業にいそしむことになった。と言っても、適当な屋敷が見つかるまでの期間限定だ。

 アレッシアたちは都で職に就くつもりがあるようで、ルベルティ家の近くに適当な家を探していた。婚約期間中はあくまでデュトワ家の人間だという両親の考えにより、引っ越し先が決まったらロゼッタも出て行くつもりなのだ。
 ルベルティ家の当主であるリベリオは、予想外の出来事により懸念事項であった花嫁問題が解決したことを非常に喜び、部屋はたくさんあるのだからこのままアレッシアやラウルも住み続けてかまわないと思っているようだが、アレッシアの意志は堅かった。
 両親が都に残る理由は、ロゼッタのことを見守りたいという気持ちからだろう。そのことはロゼッタもよく理解していた。レストリノにある家の片付けをするために一度戻る必要はあるだろうが、これからも両親と一緒にいられることをロゼッタは頼もしく感じた。 

 スピナー家は計画が破綻した後、それ以上の抵抗はせず投降し、意外にも事件はすんなり終わりを迎えることになった。今後、『十六家』の一つであるスピナー家を完全に取り潰すかどうかの判断が行われるはずだ。王家に対し謀反をくわだてたこと、そして違法な薬物を使った罪で相当重い罰が下されると予想された。 

 そして実行犯の多くが三年前の内戦で家族を失ったり、仕事や家を失った者たちであることもわかった。彼らの自白で行方不明になっていた騎士たちの亡骸は見つけることができた。 
 亡骸だけでも家族の元へ帰せたことは同僚を失ったレオの心を少しだけ慰めた。 

 レオは三日ほど自宅で療養していたが、すぐに職務に復帰した。そして今回の事件の後処理や亡くなった同僚を弔うため、朝早くから夜遅くまで働いていた。 

 ロゼッタは上流階級の礼儀作法を学びながら、どんなに遅くなってもレオの帰りを待つ日々を送った。 
 それから三週間。一連の騒動の後処理が収束に向かった頃、彼女は初めて城へ行き、王太子夫妻に謁見することになった。 

 急いで仕立てたドレスは鮮やかな薔薇色で、結い上げられた灰色の髪は、小さめの真珠を並べて作った花のアクセサリーで飾り立てられる。首飾りも髪飾りに合わせた真珠だ。 
 今まで、自分のことは自分でしてきたロゼッタにとって、着替えや入浴など、なんでも使用人に手伝ってもらう生活は戸惑うことばかりで馴染めない。
 おとぎ話のお姫様のような生活は少し窮屈で、一人では着ることのできないドレスやきつく締められたコルセットがそれを如実に表しているようだった。 
 それでも、レオに可愛いと褒めてもらえると頑張ろうと思えるのだから、案外単純な性格をしているのだろう。 
 薄く化粧をして、年齢に見合った淡い色の口紅を引くと、支度を手伝った使用人が満足そうに何度もうなずく。ほどなくしてレオが支度部屋に姿を見せた。

「とても可愛らしいですよ」 
「ありがとうございます……。レオさんも、そのっ、と、と、とても格好いいです」 

 褒められたら、お返しをするのがロゼッタの主義だ。あまり表情を変えずに、彼女を賞賛する言葉がさらっと出てくるレオ。それに対し、ロゼッタは顔を真っ赤にしてすぐに言葉に詰まり、なんとか口にしている状態だ。 
 自分だけが恥ずかしがっていることを不公平に思うが、レオがとても素敵な人だと感じているのは偽りのない彼女の本心だ。 

 正式な近衛騎士の隊服を纏ったレオはまさに貴公子という印象で、ロゼッタはその姿を見て大興奮だった。 
 偽物のティーノ・サルヴィーニや、ヴィオレッタを護衛していた騎士たちが着ていた隊服は黒っぽい衣装だった。 
 今、レオが着ているのは鮮やかな青の詰め襟に白いズボン、右肩から服の合わせ目に掛けられた金の飾緒しょくちょが目を引く派手な衣装だ。 
 染め直した金の髪とマントを揺らしながら堂々と歩く姿は、本当に物語に出てくる騎士そのものという印象だ。 

「城で殿下の側に控えるときはこうなんです。……あまり実用的ではないでしょう? 外での護衛には使えませんよ」 

 近衛騎士の服装は任務によって変わるのだ。非公式の視察なら派手派手しい服で護衛の任などできない。そういう時は一般の護衛兵とさほど変わらない色合いの隊服になる。 

「そうだったんですか! ……そういえば、王太子妃殿下は森の中でも真っ白な服でしたね」 
「あの方には目立たないようにするという考えが全くないのでしょう。……姉上のことはいいんです。せっかく二人きりなんですから、もっとよく見せてください」 
「うっ……」 

 もっと見たいのだと宣言してからまじまじと見つめられたら誰だって恥ずかしい。どうやらレオはそういうことを気にしない男性のようだ。 

「私が贈ったもので着飾ったあなたは、とても素敵ですが……正直あまり他人に見せたくないですね」

 恥ずかしすぎる言葉に耐えかねて、ロゼッタは真っ赤になって俯いた。彼女の心臓はそんな必要はどこにもないのに勝手に高鳴り、制御不能だった。 

「レオさん……。恥ずかしいから、やめてください」 
「どうしてです? 私は毎日あなたを甘やかして、あなたが不安にならないように本心を隠さないことを心がけているだけですが?」 

 森で『契約』を行うときに毎日甘やかせと言ったのはロゼッタ自身だ。忠実に彼女の言葉を実行していることのどこが悪いのだとレオは不思議そうな顔をする。 

「それより早く、お城へ行きましょう! お城の庭園を見てみたいですし」 

 これ以上の賛美にはロゼッタの心臓が持ちそうもない。レオの視線から逃れるために、ロゼッタは出発を急がせた。 
 馬車の密室空間のほうがより逃れられない状況になり、ロゼッタが気絶しそうになったことは言うまでもない。 


*** 


 バレスティ国の都は大きな川のすぐ近くに建てられた城を中心に栄えている。川から引き込んだ水を利用した堀を、木製の跳ね橋を通って超える。そこから先は身分のある者しか立ち入ることの許されない特別な場所となる。 

「大きいですね……」 

 王族の住居としての役割はほんの一部で、政に関わる多くの人間が働くその場所は、小さな町ならすっぽりと入ってしまうほど広い。 馬車を降りた後、ロゼッタはレオにエスコートされ、城の中を進んだ。 

 城内には様々な建物があり、それらを回廊が繋いでいる。真冬で少し寂しい庭園を横目に見ながら、二人は王太子夫妻が住居として使用しているやかたに足を踏み入れる。 
 ロゼッタが緊張をしないようにという配慮からか、今回は公的な謁見ではなく、王太子夫妻が個人的にレオとその婚約者であるロゼッタを招いた、という形がとられているのだ。 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。王太子殿下には以前にも会っているのですから」 

 母に似ているヴィオレッタはともかく、王太子イルミナートについては怖いという印象しかない。緊張しなくていいというレオの言葉には無理がある。
 案内された部屋は館の中にある応接室サロンのような部屋だった。 

「いらっしゃい。ロゼッタ嬢、久しぶりだねぇ」 

 先に部屋で待っていたイルミナートが親しげに声をかける。ヴィオレッタはイルミナートの隣に座り、優雅に微笑んでいた。今日の彼女の装いは騎士の隊服ではなく落ち着いた紫紺のドレスだ。 
 そして、イルミナートは宿で会った時とは全くの別人のようになっていてロゼッタを驚かせた。変装をやめたイルミナートは、淡い金髪をほつれなどいっさいなく完璧に整え、細い顎と切れ長の瞳が少し冷たい印象を与える整った顔立ちの青年だった。 
 以前に恐ろしいと感じた気配は、ロゼッタ自身が『紋章』所有者となってもそのままで、漏れ出る魔力の大きさから奏者の青年とイルミナートが同一人物であると彼女に教えてくれる。 

「ジェラルド、従妹殿。今日はあまり作法など気にせず、くつろいで下さる? わたくしは同じ『紋章』所有者として、偽りのないあなたたちの話が聞きたいのだから」 

 ルベルティ家で習ったとおりの挨拶をした後、ロゼッタは勧められたソファに座る。 
 全員が座ると、間を置かずにお茶が運ばれてくる。出された物に口を付けないのは失礼だが、礼儀作法を守ることに必死なロゼッタにはせっかくのお茶やお菓子の味を楽しむ余裕はなかった。 

「ははっ。ロゼッタ嬢は本当に借りてきた猫みたいだねぇ」 
「殿下、あまりロゼッタのことをからかわないでください」 

 レオはただ静かにそう言うが、言葉の裏には「ロゼッタをからかったらあの話・・・をバラす」という脅しが含まれているのだ。 

「怖いね、ジェラルドは……。それで? ロゼッタ嬢は今後どうしたいの?」 
「……はい。私はそもそも正式な魔法使いではございません。ジェラルド様とも相談いたしましたが、まずは試験を受けて都に住む上で必要な立場を手に入れたいと考えております」 
「まぁ、それが妥当だね。でも大丈夫かなぁ? 君は父親が魔法使いではないから、周りから結構言われると思うよ?」

 半分しか魔法使いの血が流れていないことで下に見られる。できなければ血筋のことを言われ、できたとしても『紋章』所有者だから当然だ、という目で見られる。それに耐える覚悟が彼女には必要なのだ。 

「覚悟しております」 

 ロゼッタにはもう一つ、レオの妻として家を守り表に出ないという選択肢もあった。その場合は『契約の紋章』の所有者が負うべき全てをレオ一人に押しつけることになる。 
 きっと彼はそれでも構わないと思っているはずだ。だが、ロゼッタはレオにただ守られているだけの存在にはなりたくないのだ。 
 そのための力と身分、そして自信を手に入れたい、そう考えていた。 

 ロゼッタの覚悟を聞いたイルミナートとヴィオレッタは少しほっとした様子でうなずく。 

「従妹殿、少し外に出ませんこと? 女性同士、いろいろとお話がしたいですわ」 
「妃殿下の仰せのままに」 

 応接室の大きな掃き出し窓を開けると、そこは王太子夫妻のプライベートな庭園だった。男性二人を部屋に残し、ロゼッタとヴィオレッタは外に出る。冬の花壇に植えられた小さな草花を見つめながら、ヴィオレッタはロゼッタに問いかける。 

「単刀直入に聞きますが、従妹殿はジェラルドを愛していますの?」 
「……ジェラルド様のことはお慕いしています。けれど愛かと問われると、少し違うと思います。たぶん、恋だと……」 
「正直で結構よ。実はね、わたくしも同じでしたの。殿下をお守りするために『契約』をしたとき、少なくとも愛ではなかったの。……ただお守りしたい一心で、恋ですらなかったかもしれないわ」 

 植えられた花を見つめたまま独白のように言葉を紡ぐヴィオレッタ。彼女がこれからロゼッタに伝えたいことは、決して楽しい話ではないのだ。 

「気持ちが離れたら、『契約の紋章』が互いをむしばむ毒になるというのは、残念ながら本当よ」 

 ヴィオレッタの表情から、それは知識として知っているのではなく、実体験として知っているのだと伝わる。 

「わたくしたちの場合、今は安定しているけれど一度も仲違いをしたことのない夫婦なんてありえないでしょう? 『紋章』はそれすら許さない危険なものなのよ」 
「そんな……」 

 ヴィオレッタの言葉にロゼッタは背筋が凍る思いだ。愛にすらなっていない状態で『契約』をしてしまった。そのことに不安がないはずがない。 

「わたくしも殿下も、今もこうして生きています。必要以上に恐れることはないの……でも」 

 ずっと小さな花を見つめていたヴィオレッタがロゼッタに向き直る。 

「誰かを愛することに努力など必要ありません。けれど愛し続けることには、努力が必要なの。そのことを忘れないで……ね? ロゼッタ」
「ヴィオレッタ様……」

 初めてロゼッタの名を呼ぶその声は、やはりどこかアレッシアに似ている。ヴィオレッタがわざわざこの話をするのは、義理とはいえ弟とその『伴侶』に悲しい結末を迎えてほしくないという思いがあるのだろう。
 
「さぁ、部屋に戻りましょう? この話はわたくしとロゼッタだけの秘密にしてくださる? 殿下には聞かれたくなかったのよ。最初は愛していなかったなんて口にしたら、きっとあの方は泣いてしまうわ」 

 そう言っていたずらっぽく微笑むヴィオレッタは、ロゼッタが想像していた『瑠璃色の魔女』の後継者とは少し違っていた。悩みもなく、後悔をしない人間などきっといないのだ。自身が経験した苦悩からロゼッタを少しでも遠ざけようとしてくれるヴィオレッタは、想像よりもずっと優しい人なのだとロゼッタは感じていた。
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