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拾いモノと失くした記憶3

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 夕方まで、ロゼッタは旅の支度をして過ごす。
 まずはラウルの服の少しつめて、レオの服を用意した。
 レオの着ていた服は細かい刺繍がされていて、明らかに上流階級が着る物だとわかるので、旅をするには目立ってしまうのだ。
 次に食料と薬。怪我や病気をした時の薬は、ロゼッタの手作りだ。森の中で集めた薬草やキノコを煎じて作った薬に、効果を高める魔法をかけている。効果・効能を増強する魔法は、魔法使いが最初に習う基礎の部分で、見習い魔法使いであるロゼッタが母から任されている仕事なのだ。それらを必要な分だけ小瓶に入れ、鞄に詰める。

 魔法使いの必須道具である腕輪は水晶が三つはめ込まれている物に変えた。
 ロゼッタが普段使っている腕輪は水晶が一つだ。水晶は魔力を溜めておける便利な道具だが、その効果は永遠ではない。使わないと魔力が漏れ出て無駄になるので、不必要な水晶は持たないのが普通だ。
 今回は都まで二週間ほどの旅になる予定で、レオを狙う敵と戦う可能性もある。だから多めに水晶を用意したのだが――――。

「レオさんの水晶、すごい量ですね。それに、全然使った形跡がない……」

 一緒に荷造りを手伝っているレオの腕輪には全部で十個の水晶がはめ込まれている。どの石もレオの瞳と同じ空のような青色に染まっている。

「もしかしたら、不意討ちだったのかもしれませんね。森でロゼッタさんが見た男たちは騎士だったのでしょう?」

 バレスティ国で三組しかいない特別な魔法使いであるにも関わらず、魔法を使うことなく切り付けられ、崖から落とされたのだとしたら、よほど油断してしまう相手からの不意打ちだったに違いない。
 ロゼッタは、せめてあの男たちが騎士に扮した刺客であったならと祈るような気持ちになる。信頼していた臣からの裏切りで記憶を失ったのだとしたら、あまりにも残酷すぎる。
 レオは腕輪に使われた形跡がない事実が意味するところを冷静に分析しているようだが、その冷静さはまるで他人事のようだとロゼッタには思えた。自分のことだという自覚が持てないからこんなにも冷静でいられるのだ。

「そんな顔しないでください」

 そう言ったレオの表情は少し曇っている。けれども彼がそんな顔をしている理由はロゼッタの表情が暗いからだろう。彼女が笑えば彼も笑う、彼女が悲しめば彼も悲しむ。そんな関係は明らかにいびつだ。自分のために笑い、自分のために悲しむこともできないほど、まっさらになってしまったレオとどう接していいのか、今のロゼッタにはまだわからない。

 二人の間の沈黙を破るように玄関の扉が開く音が耳に届いた。デュトワ家の玄関扉にはベルが取り付けられている。「ただいま」の挨拶もなく帰ってくるのはラウルだと決まっているが、いつもなら自警団の仕事中の時間だ。不思議に思ったロゼッタが玄関ホールへ向かうとラウルとアレッシアが険しい表情で話し込んでいた。

「予定が変わりました。レオ殿には負担でしょうけれど早急に出立します!」

 アレッシアは彼女にしては珍しく少し焦った表情で早口で二人にそう告げた。ラウルが荷物をまとめながら集めた情報を三人に詳しく話す。

 昨日、西部へ向かう街道で視察から戻る途中だった王太子一行が何者かに襲撃を受けた。王太子と近衛騎士一名が行方不明、三人の護衛兵が死亡、生き残った近衛騎士と護衛兵で町を管轄する領主に協力を要請し、町や森の中を捜索中という話だった。

「行方不明が全部で二人、ですか……」

 レオは何かに気が付いたようにつぶやいた。
 行方不明になっているのは王太子と近衛騎士一人だけ。かなり具体的に被害が公表されているというのに、襲撃者が騎士に紛れていたという情報はなかった。
 もちろん、護衛の中に刺客が紛れ込んでいたという不祥事を隠したいだけ、という可能性もあるのだが、もっと素直に考えれば導き出される結論がある。

「裏切った騎士が、捜索と称して王太子殿下を探している……という可能性が高いですわね」

 ロゼッタは母の言葉に背筋が凍るのを感じた。レオを襲った騎士たちは、未だに正式な騎士として行動をしているかもしれないのだ。この状況で自警団や領主にレオの身柄を預けたら、疑わしい騎士たちがレオの護衛になる。

「で、でも! 領主様に彼らが犯人だと訴えれば!? レオさんが記憶喪失だと知っているのは私たちだけなんですから、領主様の前でレオさん自身が騎士たちを捕まえろと命じれば?」

 ロゼッタは騎士の顔を覚えている。一緒に行って顔を見てからレオに命じさせれば全てが解決すると考えた。けれども彼女の言葉に、ほかの三人は首を横に振る。
 それが可能なら、堂々と王太子を捜索しているという騎士たちの行動はおかしいのだ。

「領主殿も敵か、そうでないのなら捕まる前に目的を達成する自信があるのか……どちらかでしょうね」
「そんな……」

 レオは記憶を失くして、失くしてしまったからこそ冷静に状況を分析してそう言った。実際に彼は魔法を使うこともできず、瀕死ひんしの重傷を負ったのだ。「捕まる前に目的を達成する自信がある」という彼の言葉をロゼッタには否定することができなかった。信用していいのはここにいる家族だけ、そう言っているように聞こえた。


***


 レストリノの町から遙か東にある王都へ向かう街道は、先人たちが山の斜面を削り、平らにならし、多くの労力と長い月日をかけて切り開いていった道だ。山に沿うように造られている道は馬車が一台通れるだけの広さの場ところが多く、大きく湾曲している。
 早朝の街道は少し霧がかり見通しが悪く、この時間に山を越え隣町まで行くような旅人は誰もいない。
 そんな街道を一台の幌付き馬車が走る。脱輪したら命に関わるような危険な道を、小石を巻き上げながら走る馬車は誰がどうみても怪しかった。

「止まれ、止まれ!!」

 十人近い男たちが道をふさぐように立っている。馬車同士がすれ違うために用意された待避所には数頭の馬の姿も確認できた。
 最初から抜刀したり弓を構えていたりしている相手の言うことを素直に聞いて止まる人間がいるだろうか。アレッシアは愉快な気持ちになり、唇の端を釣り上げた。

「残念ですけれど……殺されるために馬車を止めるだなんてっ! わたくしはそんな特殊な趣味はありませんの!!」

 馭者台で馬を操るラウルめがけて、数本の矢が射られる。ラウルはそれを恐れる様子もなく、ひたすら馬を操る作業に集中する。馬車に向かって放たれる矢は不自然に起動が歪められ、あさってな方向へ飛んでいく。
 ラウルの隣で足を組んでいたアレッシアは、馬車の揺れなどないもののように優雅に立ち上がる。山道を疾走する馬車の上で立ち上がることなど普通の人間にはできない。魔法を使って足元を固定しているのだ。
 彼女が右手の親指と中指でパチンと指を鳴らす。その瞬間、アレッシアの目の前に炎でできた矢が現れ、もう一度指を鳴らすと道をふさぐ男たちに向かって飛んでいく。
 男たちは寸前のところで道の端に避け、炎の矢を回避した。地面に突き刺さった炎の矢が周囲の土や砂を巻き上げ、さらに視界を悪くするが馬車は止まらない。

 切り開いた道を、アレッシアたちを乗せた馬車が疾走する。しばらく道を進むと後方から馬の蹄の音が聞こえた。

「分かれ道は南へ行ってくださいね、ラウル」
「…………承知している」

 この先は、大きな山と湖があり、道はそこで二つに分かれる。どちらを選んでも都までたどり着くが南側の方がやや遠回りになる。ラウルは迷わず南側の道に進む。
 馬車の後方では正体不明の敵が馬に跨がり追ってくる。馬車と馬では当然速度が違うので、追いつかれるのは時間の問題だ。

「さて! 遠慮なく成敗していい相手と戦うのは何年ぶりかしら? おーっほほほほ!」
「……全滅は駄目だ」
「あなたに言われずともわかっていますわ! 正体不明の不審な方々は、この『瑠璃色の魔女』が遊んで差し上げます! 光栄に思いなさい!」

 アレッシアは羽でも生えているかのようにふわりと後方に翔んで、荷台の幌の上に舞い降りる。まとっている外套がいとうや広がりの少ないドレスの裾が風を受け、たなびく。

 乱れる髪のせいで、時々隠れる瑠璃色の瞳は心底楽しそうに美しく輝いている。けれどもその美しさはまるで肉食獣のような妖しさで獲物となった男たちを捕らえ離さない。

――――パチン。

 白く、繊細な指先が奏でる音を男たちは確かに聞いた。直後、自分たちに何が起きたのか理解できた者が何人いただろう。そんなことはアレッシアにはどうでもいいことだった。
 実戦からしばらく遠ざかっていたせいでやりすぎてしまったことは少しだけ反省する。

「あらあら、やり過ぎたかしら? どなたか南に向かったことを親玉に報告してくださるかしら? 皆さん死んではいないとは思うのだけれど」
「…………アレッシア」

 普通ならしばらく起き上がれないほどの衝撃、だが敵はゆらゆらと立ち上がり馬を捨てて追いかけてくる。これにはさすがのアレッシアも驚く。

「あの方たち、人間ですの?」
「…………」

 前を見ているラウルに答えを求めたわけではない。『瑠璃色の魔女』の攻撃を防御せずにまともにくらってすぐに立ち上がる。彼らのどこか化け物じみた能力は明らかに人のものではない。

「これは余計に都へ急がなくてはね……。あの子たちは大丈夫かしら?」
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