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森の中の拾いモノ3
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ロゼッタと両親が暮らす家、デュトワ家があるのはヴァルトリ領レストリノという町だ。この町は、バレスティ国の都から西の国境へ向かう街道のちょうど中間地点にあり、それなり栄えている宿場町である。
青年を追っていたのが騎士だったということで、そのまま自警団の詰め所に連れて行くものだとロゼッタは考えていたのだが、ラウルはそうせず、誰にも見つからないように自宅へ運んだ。
普段は無口で何事にも無頓着なラウルだが、こういうときだけは勘が働く。ラウルは元々、都の城で働く騎士だったのだ。
それがなぜ、都から離れた地方の宿場町で暮らしているのかと言えば、答えは単純、駆け落ちしたからである。
ロゼッタの母、アレッシアは『十六家』とよばれる魔法使いの名門に生まれた。諸外国だと貴族と呼ばれる特権階級に相当するだろう。
若い頃は王族を守る近衛騎士として働き『瑠璃色の魔女』という異名まで持っていた。ロゼッタが癒しの力を使えるのも母が魔法・武術、両方に秀でた名門の出だからだ。
父、ラウルは魔法使いではないが、城に勤める騎士だった。二人は出会ってすぐに恋に落ちた。しかし、魔法使いの家系は基本的に魔法の才能がないものを受け入れない。家から反対された二人は駆け落ちして今に至るというわけだ。
ちなみに、駆け落ちはアレッシアが提案し、ラウルは彼女に半場強引に連れ去られた。デュトワ家はとにかく母が強く、母を中心に全てが回るのだ。
「事情はわかりましたわ」
デュトワ家の一つしかない客間で、女王様は優雅に椅子に腰をかけている。
真っすぐに伸ばされた灰色の髪や瑠璃色の瞳はロゼッタと同じ色だが、周囲に漂う色気が半端ではない。長いまつ毛と少し吊り上がった目、ほとんど外に出ないために白磁のように透き通った白い肌、小さめの唇に引かれた紅、女性らしい曲線を描く身体。
人妻なのだからそこまでなくてもいいのではないかと思われるほどの色気が漂っているのだ。
ロゼッタはどちらかと言えば母親似だ。だが、よく豹に例えられる母とは違い、彼女の容姿は子猫のようだ。
容姿も魔法使いとしての才能も全てが母の劣化版であるような気がして劣等感を抱いているのがロゼッタという少女だった。
「捨て置いておけばいいものを……あなたたちはお人好しね?」
綺麗な弧を描く唇から発せられる言葉は、ぞくりと二人の背筋を凍りつかせる。
「まぁ、冗談ですわ。……今回はよくやりました。ロゼッタ、彼の右の手のひらを御覧なさい」
「手のひらですか?」
ベッドの上に寝かされている金髪の青年の右手をロゼッタは軽く持ち上げる。彼の手のひらには赤黒い入れ墨のようなものが描かれていた。何かの植物を模ったようなそれに、ロゼッタは心当たりがあった。
「これって『契約の紋章』ですか? もしかして!?」
ロゼッタの言う『契約の紋章』とは、魔法使いが真の力を手にできる唯一の手段だと言われている。心を通わせた相手と『契約』をして互いの手のひらに『紋章』を刻むのだ。そうすれば、それまでとは比べ物にならないほどの力を手にできる。
ただし、契約を交わした相手と心が離れてしまえば互いを蝕む毒になる――――魔法使いにとって諸刃の剣というべき秘儀だった。
「その紋章は、ザナルデ家……つまり王家のものですわ」
バレスティ国は『十六家』と呼ばれる魔法使いたちが国の政を取り仕切っている。その筆頭、ザナルデ家は現在の王家である。諸刃の剣である『契約の紋章』は、国が乱れていた時代には頻繁に行われていた秘儀ではあるが、あまりにも互いを縛り、危険すぎるので現在ではあまり行われていない。
ロゼッタの知っている限り、国内で『契約の紋章』を持つ者は三組だけで、そのうちの一人がこの国の王太子だ。そして、契約相手はもちろん王太子妃だ。
王太子妃ヴィオレッタはアレッシアの生家・ルベルティ家の娘で、ロゼッタの従姉にあたる。
「……この方が王太子殿下!? なぜ騎士に襲われていたんでしょうか、母様?」
「わたくしも王都を離れて十八年ですから、わかりませんけれど。けっこう揉め事が多いんですの、王家は。その騎士たちが裏切ったか、そもそも騎士を装った刺客ということもあるでしょう?」
現国王は体が弱く、政務のほとんどを王太子が行っているというのは皆が知るところだ。事実上の国家の頭である王太子が犯罪者になるとしたら、謀反でも起きてほかの者が王座に就いたときだけだ。
それならばロゼッタが見た騎士は偽物か裏切り者のどちらかだとアレッシアは考えている。偽物であった場合はまだいいが、本物の騎士であった場合、彼らの勢力がどこまでこの町に影響力があるのかわからない。
ラウルが人に見つからないように家まで運んだのは正解だった。
「面倒なモノを拾ってしまいましたが、この方が本当に王太子殿下であれば、ヴィオレッタの『伴侶』ですもの……何とかしなければいけませんわね」
「私の従姉ですよね? 恐れ多くも……」
ヴィオレッタという女性は、ロゼッタの従姉で王太子妃、そして『瑠璃色の魔女』の後継者と言われるほどの剣と魔法の使い手であり、三年前に西部であった紛争の英雄として知らない者はいないほどの有名人だ。
「そうね。とりあえず、わたくしの実家……ルベルティ家を頼りましょう」
「母様、いいのですか? 駆け落ちして実家に見つからないように暮らしていたんじゃ……」
「まぁ、ロゼッタはお馬鹿さんね。こんなに堂々と町で暮らしているのに実家に見つからないように、なんてことあるわけないでしょう?」
「えっ!?」
「こそこそしていたのはラウルが逃げなくなるま……ではなく、夫婦の愛の化身であるあなたを身ごもる前の話ですわ。あなたが生まれてからは実家の兄も諦めて結婚を認めていますの」
現在のルベルティ家の長はアレッシアの兄、リベリオである。アレッシアがラウルを強引に連れ去ったときには家人を総動員して連れ戻す気でいたらしいが、彼女の腹の中に命が宿っていると知ってからは引き離すことは諦めたというのだ。
実家の兄は何度か王都に戻ってくるように連絡を寄越しているが、アレッシアは毎回それを断っている。
「ヴィオレッタを王家に取られたでしょう? 分家筋から貰ってきた養子とあなたを結婚させようと企んでいて面倒だから、これ以上しつこいようならルベルティの屋敷を物理的に吹き飛ばしますわよ! ……と言ってからは割とおとなしいですわね、あの兄。おほほほほ!」
「…………母様、聞いていませんよ」
ルベルティ家の跡取りはヴィオレッタしかいなかった。本来なら王太子妃などになるはずではなく、婿を取って家を継ぐはずだった。しかし、三年前の紛争をおさめるために、ヴィオレッタは王太子と『契約』をしてしまい王家に嫁ぐことになったのだ。
現在のルベルティ家の後取りは分家筋から迎えた養子で、リベリオとしては養子の妻となる人間もルベルティの血を引く者をと考えているのだ。
「まぁ、あなたの話はいいですわ。それよりも、この方が仮に王太子殿下だったとして、誰が敵で誰が味方なのか、現在のところ全くわかりませんの……。ですから、彼が目を覚ましたら、秘密裏に王都のルベルティ家に向かいます」
アレッシアの説明によれば、ルベルティ家が王家や王太子を裏切ることは絶対にありえないとのことだった。
理由の一つは養子である跡取りが現在王太子の側近であること。もう一つ、最大の理由がヴィオレッタの『契約』だ。『契約の紋章』を持つ者は契約相手である伴侶と魂の一部が繋がっている。伴侶を失うと片割れも長くは生きられない。
愛娘と魂が繋がっている相手をルベルティ家の当主が害することはありえないというわけだ。
「とりあえず拾ったあなたが責任を持って看病しなさい。処置は適切だったけれど、万が一にも急変したらすぐに知らせてくださる?」
「はい、母様」
「ああ、そうですわ! 寝ている人間の見張りなんて退屈でしょう? ちょうど魔力切れを起こした石があるみたいだから今のうちに溜めておきなさい、おほほほほ!」
高らかに笑うアレッシアだが、その目は明らかにロゼッタの未熟さを非難している。ロゼッタが自分で白状したわけではないが、魔法使いの一番やってはいけない『魔力切れ』をやってしまったことを見抜いていたのだ。
「……ごめんなさい、母様」
「あなたの魔法使いとしての才能は、決して低くはないと母は思っています。父親が魔法使いではないことを言い訳にしては駄目ですわ」
「そんなことっ!」
ない、と断言できない。けれども大好きな父親を否定しているようでロゼッタの胸の中がモヤモヤとする。
「鍛練なさい。身の程をわきまえない魔法の使い方は、実戦なら取り返しがつかないわ」
「はい」
アレッシアとラウルは王都へ向かう支度をするために部屋を出た。残されたロゼッタはまだ眠っている金髪の青年を見る。
眠っている青年――――王太子やヴィオレッタ、そして若き日のアレッシアも皆二十歳前には立派な魔法使いとしてそれぞれの役目を負っていた。彼らに比べてロゼッタはいつまで経っても半人前なのだ。
ロゼッタはそれを魔法使いの血筋ではない父親のせいにはしたくなかった。けれども『瑠璃色の魔女』の後継者は娘のロゼッタではなく姪のヴィオレッタなのだ。会ったことのないヴィオレッタに嫉妬し、自分の無能を父のせいにする。
ロゼッタは魔法使いになることを強要されているわけではないのに、ほかの未来を選ぶことも自分の才能を信じきることもできていない。そんな中途半端で空虚な自分が大嫌いだった。
「『契約の紋章』、魔法使いの『伴侶』……特別な人」
ロゼッタにもいつかそんな人が現れるのだろうか。『伴侶』と力を得られれば、母の後継者ではなく、ただの「ロゼッタ」という一人の魔法使いになれるのではないか。誰かを羨んだり、嫉妬する気持ちもなくなるのではないか。そんなふうに一瞬、彼女は期待してしまったのだ。
(何を考えているんだろう……私……本当に馬鹿みたい!)
彼女は何度も首を振った。自分の心を満たすためだけに『伴侶』を得たいと考える人間こそ、どうしようもなく浅ましい。ロゼッタはそう思って益々自分のことが嫌になった。
青年を追っていたのが騎士だったということで、そのまま自警団の詰め所に連れて行くものだとロゼッタは考えていたのだが、ラウルはそうせず、誰にも見つからないように自宅へ運んだ。
普段は無口で何事にも無頓着なラウルだが、こういうときだけは勘が働く。ラウルは元々、都の城で働く騎士だったのだ。
それがなぜ、都から離れた地方の宿場町で暮らしているのかと言えば、答えは単純、駆け落ちしたからである。
ロゼッタの母、アレッシアは『十六家』とよばれる魔法使いの名門に生まれた。諸外国だと貴族と呼ばれる特権階級に相当するだろう。
若い頃は王族を守る近衛騎士として働き『瑠璃色の魔女』という異名まで持っていた。ロゼッタが癒しの力を使えるのも母が魔法・武術、両方に秀でた名門の出だからだ。
父、ラウルは魔法使いではないが、城に勤める騎士だった。二人は出会ってすぐに恋に落ちた。しかし、魔法使いの家系は基本的に魔法の才能がないものを受け入れない。家から反対された二人は駆け落ちして今に至るというわけだ。
ちなみに、駆け落ちはアレッシアが提案し、ラウルは彼女に半場強引に連れ去られた。デュトワ家はとにかく母が強く、母を中心に全てが回るのだ。
「事情はわかりましたわ」
デュトワ家の一つしかない客間で、女王様は優雅に椅子に腰をかけている。
真っすぐに伸ばされた灰色の髪や瑠璃色の瞳はロゼッタと同じ色だが、周囲に漂う色気が半端ではない。長いまつ毛と少し吊り上がった目、ほとんど外に出ないために白磁のように透き通った白い肌、小さめの唇に引かれた紅、女性らしい曲線を描く身体。
人妻なのだからそこまでなくてもいいのではないかと思われるほどの色気が漂っているのだ。
ロゼッタはどちらかと言えば母親似だ。だが、よく豹に例えられる母とは違い、彼女の容姿は子猫のようだ。
容姿も魔法使いとしての才能も全てが母の劣化版であるような気がして劣等感を抱いているのがロゼッタという少女だった。
「捨て置いておけばいいものを……あなたたちはお人好しね?」
綺麗な弧を描く唇から発せられる言葉は、ぞくりと二人の背筋を凍りつかせる。
「まぁ、冗談ですわ。……今回はよくやりました。ロゼッタ、彼の右の手のひらを御覧なさい」
「手のひらですか?」
ベッドの上に寝かされている金髪の青年の右手をロゼッタは軽く持ち上げる。彼の手のひらには赤黒い入れ墨のようなものが描かれていた。何かの植物を模ったようなそれに、ロゼッタは心当たりがあった。
「これって『契約の紋章』ですか? もしかして!?」
ロゼッタの言う『契約の紋章』とは、魔法使いが真の力を手にできる唯一の手段だと言われている。心を通わせた相手と『契約』をして互いの手のひらに『紋章』を刻むのだ。そうすれば、それまでとは比べ物にならないほどの力を手にできる。
ただし、契約を交わした相手と心が離れてしまえば互いを蝕む毒になる――――魔法使いにとって諸刃の剣というべき秘儀だった。
「その紋章は、ザナルデ家……つまり王家のものですわ」
バレスティ国は『十六家』と呼ばれる魔法使いたちが国の政を取り仕切っている。その筆頭、ザナルデ家は現在の王家である。諸刃の剣である『契約の紋章』は、国が乱れていた時代には頻繁に行われていた秘儀ではあるが、あまりにも互いを縛り、危険すぎるので現在ではあまり行われていない。
ロゼッタの知っている限り、国内で『契約の紋章』を持つ者は三組だけで、そのうちの一人がこの国の王太子だ。そして、契約相手はもちろん王太子妃だ。
王太子妃ヴィオレッタはアレッシアの生家・ルベルティ家の娘で、ロゼッタの従姉にあたる。
「……この方が王太子殿下!? なぜ騎士に襲われていたんでしょうか、母様?」
「わたくしも王都を離れて十八年ですから、わかりませんけれど。けっこう揉め事が多いんですの、王家は。その騎士たちが裏切ったか、そもそも騎士を装った刺客ということもあるでしょう?」
現国王は体が弱く、政務のほとんどを王太子が行っているというのは皆が知るところだ。事実上の国家の頭である王太子が犯罪者になるとしたら、謀反でも起きてほかの者が王座に就いたときだけだ。
それならばロゼッタが見た騎士は偽物か裏切り者のどちらかだとアレッシアは考えている。偽物であった場合はまだいいが、本物の騎士であった場合、彼らの勢力がどこまでこの町に影響力があるのかわからない。
ラウルが人に見つからないように家まで運んだのは正解だった。
「面倒なモノを拾ってしまいましたが、この方が本当に王太子殿下であれば、ヴィオレッタの『伴侶』ですもの……何とかしなければいけませんわね」
「私の従姉ですよね? 恐れ多くも……」
ヴィオレッタという女性は、ロゼッタの従姉で王太子妃、そして『瑠璃色の魔女』の後継者と言われるほどの剣と魔法の使い手であり、三年前に西部であった紛争の英雄として知らない者はいないほどの有名人だ。
「そうね。とりあえず、わたくしの実家……ルベルティ家を頼りましょう」
「母様、いいのですか? 駆け落ちして実家に見つからないように暮らしていたんじゃ……」
「まぁ、ロゼッタはお馬鹿さんね。こんなに堂々と町で暮らしているのに実家に見つからないように、なんてことあるわけないでしょう?」
「えっ!?」
「こそこそしていたのはラウルが逃げなくなるま……ではなく、夫婦の愛の化身であるあなたを身ごもる前の話ですわ。あなたが生まれてからは実家の兄も諦めて結婚を認めていますの」
現在のルベルティ家の長はアレッシアの兄、リベリオである。アレッシアがラウルを強引に連れ去ったときには家人を総動員して連れ戻す気でいたらしいが、彼女の腹の中に命が宿っていると知ってからは引き離すことは諦めたというのだ。
実家の兄は何度か王都に戻ってくるように連絡を寄越しているが、アレッシアは毎回それを断っている。
「ヴィオレッタを王家に取られたでしょう? 分家筋から貰ってきた養子とあなたを結婚させようと企んでいて面倒だから、これ以上しつこいようならルベルティの屋敷を物理的に吹き飛ばしますわよ! ……と言ってからは割とおとなしいですわね、あの兄。おほほほほ!」
「…………母様、聞いていませんよ」
ルベルティ家の跡取りはヴィオレッタしかいなかった。本来なら王太子妃などになるはずではなく、婿を取って家を継ぐはずだった。しかし、三年前の紛争をおさめるために、ヴィオレッタは王太子と『契約』をしてしまい王家に嫁ぐことになったのだ。
現在のルベルティ家の後取りは分家筋から迎えた養子で、リベリオとしては養子の妻となる人間もルベルティの血を引く者をと考えているのだ。
「まぁ、あなたの話はいいですわ。それよりも、この方が仮に王太子殿下だったとして、誰が敵で誰が味方なのか、現在のところ全くわかりませんの……。ですから、彼が目を覚ましたら、秘密裏に王都のルベルティ家に向かいます」
アレッシアの説明によれば、ルベルティ家が王家や王太子を裏切ることは絶対にありえないとのことだった。
理由の一つは養子である跡取りが現在王太子の側近であること。もう一つ、最大の理由がヴィオレッタの『契約』だ。『契約の紋章』を持つ者は契約相手である伴侶と魂の一部が繋がっている。伴侶を失うと片割れも長くは生きられない。
愛娘と魂が繋がっている相手をルベルティ家の当主が害することはありえないというわけだ。
「とりあえず拾ったあなたが責任を持って看病しなさい。処置は適切だったけれど、万が一にも急変したらすぐに知らせてくださる?」
「はい、母様」
「ああ、そうですわ! 寝ている人間の見張りなんて退屈でしょう? ちょうど魔力切れを起こした石があるみたいだから今のうちに溜めておきなさい、おほほほほ!」
高らかに笑うアレッシアだが、その目は明らかにロゼッタの未熟さを非難している。ロゼッタが自分で白状したわけではないが、魔法使いの一番やってはいけない『魔力切れ』をやってしまったことを見抜いていたのだ。
「……ごめんなさい、母様」
「あなたの魔法使いとしての才能は、決して低くはないと母は思っています。父親が魔法使いではないことを言い訳にしては駄目ですわ」
「そんなことっ!」
ない、と断言できない。けれども大好きな父親を否定しているようでロゼッタの胸の中がモヤモヤとする。
「鍛練なさい。身の程をわきまえない魔法の使い方は、実戦なら取り返しがつかないわ」
「はい」
アレッシアとラウルは王都へ向かう支度をするために部屋を出た。残されたロゼッタはまだ眠っている金髪の青年を見る。
眠っている青年――――王太子やヴィオレッタ、そして若き日のアレッシアも皆二十歳前には立派な魔法使いとしてそれぞれの役目を負っていた。彼らに比べてロゼッタはいつまで経っても半人前なのだ。
ロゼッタはそれを魔法使いの血筋ではない父親のせいにはしたくなかった。けれども『瑠璃色の魔女』の後継者は娘のロゼッタではなく姪のヴィオレッタなのだ。会ったことのないヴィオレッタに嫉妬し、自分の無能を父のせいにする。
ロゼッタは魔法使いになることを強要されているわけではないのに、ほかの未来を選ぶことも自分の才能を信じきることもできていない。そんな中途半端で空虚な自分が大嫌いだった。
「『契約の紋章』、魔法使いの『伴侶』……特別な人」
ロゼッタにもいつかそんな人が現れるのだろうか。『伴侶』と力を得られれば、母の後継者ではなく、ただの「ロゼッタ」という一人の魔法使いになれるのではないか。誰かを羨んだり、嫉妬する気持ちもなくなるのではないか。そんなふうに一瞬、彼女は期待してしまったのだ。
(何を考えているんだろう……私……本当に馬鹿みたい!)
彼女は何度も首を振った。自分の心を満たすためだけに『伴侶』を得たいと考える人間こそ、どうしようもなく浅ましい。ロゼッタはそう思って益々自分のことが嫌になった。
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