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突き付けられた難題

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 商店街の中ほどに店を構える安野酒店は、重苦しい空気に包まれていた。
 
 3代目の叔父が後を継いでいる酒蔵の地酒の販売を中心に細々と商売を続けてきた安野酒店だが、5年ほど前に隣町に出来たショッピングモールに全国のこだわりの地酒を取り揃えた店舗を出店した。

 一人娘の夏希は出店に反対したのだが、父の謙三は日本酒の人気が落ち込んだ今、商店街だけではやっていくのが難しいと判断し、一世一代の賭けに打って出たのだった。

 当時、夏希はまだ大学2年でちょうど20歳になったばかりだった。

 そんな夏希の意見は聞き入れられるはずもなく、謙三は予定通り出店に踏み切った。
 
 出店当初の経営は順調だった。

 しかし、去年同じショッピングモールにワインソムリエを常駐させたお洒落なワイン専門店が出店してからというもの、売り上げは徐々に減り始め、今年に入ると完全に赤字に転落してしまった。

 それでも何とか粘ってイベントを打ってみたりと頑張って来たのだが、この6月には閉店、残った借金3000万という最悪の結果になってしまった。


「俺の勝手で、みんなに迷惑をかけた。本当にすまない。」

 謙三は打ちひしがれが様子で家族に頭を下げた。

「お父さん精一杯やったじゃない。うまく行かないこともあるわよ。」

 母の光子は謙三のやることに意見したことは無く、いつも謙三を陰ながら支えてきた。

「…。お父さんが悪い訳じゃないけど…。私は、反対したんだからね。」

 夏希はやはりあの時止めておくべきだったと、自分を責めたくなる。

「商店街の店は、このまま続けたいが…。借金を返す目途を立てないと、前に進めないな…。」

 普段は威勢のいい父が、弱気になっているのを見るのは家族にとっては辛いものだった。


 そんな欝々とした空気を破るように、店の方から大きな声が聞こえた。

「ごめんください。」

「私が出るね。」夏希は、父と母に目で訴える。

「いらっしゃいませー。」

 てっきりお客さんだと思って店に出た夏希は、きっちりと仕立てられたスーツに身を包んだ若い男性が立っているのを見て、体を強張らせる。

「あ、あの…。」

「安野夏希さんですね。わたくしこういう者です。」

 渡された名刺を見て夏希はギョっとして、もう一度その男性の顔を見つめ直した。

『タカヤナギコーポレーション代表取締役 高柳雅史』

 その名刺には記されている。

 そこに書かれている名前を見て夏希は高校の同級生の高柳君ではないかと思ってはみるものの、当時の面影は全く無いため、聞くのがはばかられた。

「覚えてないかな?同じ高校の高柳。」

「や、やっぱりそうだよね。でも、当時とは随分雰囲気が違うから、言われないと分からなかったよ。」

「君は、変わらないね。」

「そ、そうかな?」

 しばらくは、そんな和やかな雰囲気で話が続いていた。

「ところで、今日来たのは、君に話があったからなんだ。」

「私に?」

 夏希は思い当たることが無くて、戸惑った表情のまま彼の話の続きを待った。

「実は、君の酒屋が出店していたショッピングモールは僕の会社が経営してるんだ。」

「え、そ、そうなの?」

 夏希は大学を卒業してから、アパレルの会社に勤めていたため、家業の経営について詳しいことには関わっていなかった。

 そのため、彼の名刺に書かれた会社名を見ても、それが何を意味するのか理解できなかったのだ。

「それでね、君のお店の事情もよく理解してるつもりだ。」

「そ、そうなんだ…。」

「それで、僕からの提案があるんだけど、これはご両親には内緒にしてほしいんだ。」

「え、どうして…?」

 夏希は話についていけず、ますます戸惑う。

 ここで、雅史は一段声を低くした。

「君の家の借金を肩代わりするかわりに…。」

「かわりに…?」

「君を僕の愛人にしたい。」

「は?」

 夏希はこの意味の分からない提案に、混乱した頭の中が更に収拾のつかない状態になっていった。

「表向きは、うちの会社が出す新店舗の店長をやってもらう。でも、君の本当の仕事は、僕の愛人だ。」

「…。」

 夏希の頭は完全にその処理能力を超える情報を与えられ、パニックに陥っていた。

「まあ、今日はそれを伝えたかっただけだから。借金の当てが見つからなかったらいつでも僕に連絡してよ。それじゃ。」

 雅史はそういうと、店を後にした。

 一人取り残された夏希は、呆然と立ち尽くしていた。

 奥の座敷から母が呼んでいる。

「お客さん、もう帰ったの?」

「あ、う、うん。」

 夏希は混乱した頭の中を整理出来ないままの顔で両親の前に行くことができず、そのまま自分の部屋へ向かった。
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