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それでも俺が好きだと言ってみろ.67

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「少し休んでから、病院に連れて行くわ。君たちは心配しないで」

 植松が二人に向かってそう告げた。

「何かあったんですか?」

 猪俣は躊躇することなく植松に事情を尋ねた。



「三村さんとランチに行って、食べ終わって会計しようって立ち上がった時に、急にしゃがみ込んじゃったらしくて・・・、意識はちゃんとしてたし、すぐ近くだったから、取りあえずオフィスで休もうって、三村さんがひとりで頑張ってるところに、ちょうど私たちが通りかかって一緒に連れて帰ってきたの」

「そうだったんですか」

「何だか、例の夜泣きで寝不足が続いてたみたい・・・」

「ああ・・・、月曜日にそんな話してましたもんね」

 猪俣は合点がいったとばかりに頷いている。



「私、ちょっと様子見てくるわ」

 三村が仮眠室に連れて行ったが、付き添いは女性の植松が適任だろう。

 和香と猪俣はそれがただの寝不足だと信じて疑うことなく、午後からの仕事に取り掛かったのだった。



 しばらく休んで落ち着いたところで、植松が付き添って伊沢を病院に連れて行った。

 一時間ほどして植松だけがオフィスに戻ってきた。

 検査の結果、伊沢はやはり寝不足からくる過労という事で、そのまま帰宅したのだ。



「えぇーっ!!旦那さんが不倫!それも妊娠中から!!」

「しぃー!!声が大きいってば」

 さして大きくないオフィスに早乙女の声が響き渡る。

 植松が制止してももう遅い。

 オフィスにいた全員が聞きたくもないのに、伊沢家の事情を知ることになってしまった。



「今の聞いた?」

 猪俣は眼鏡の奥の小さな瞳をこれ以上ないくらい開けて和香のことを見つめた。

「うん」

 ちょうど三時の休憩をとっていた和香と猪俣は顔を見合わせたまま沈黙した。



 うっかり大声を出した早乙女も植松にくぎを刺されたのか、そのことについてそれ以上触れることはなかった。

 和香も猪俣も聞いてしまったからには、気になって仕方なかったけれど、自分たちに出来ることなどあるはずがない。

 伊沢の一件があったせいで、少し残業になったが、今日の目標数も無事終了し、皆それぞれ帰り支度をしていた。



「植松、ちょっと」

 オフィスでは仕事のこと以外でほとんど口を開くことがない桜庭が、植松に声をかけた。

 二人は奥の部屋へと移動し、一体何を話しているのかを聞くことは出来ない。

 きっと伊沢のことを事細かく問い詰めているのだろう。



 そんな桜庭のことをセフレである植松はいったいどう思っているのだろうか。

 ああ、もう色んな事が複雑すぎて・・・。

 和香は頭を抱えて大声で叫びたかった。



 さすがに伊沢のことが気になるのか、滅多に悩んだ表情を見せることのない猪俣も、今日は暗い表情のままオフィスを後にした。

 それを見送った和香もなすすべなく、向かう場所は自宅しかなかった。

 家に帰ってもしばらくは何もする気が起きず、テレビをつけたままソファに座って物思いにふけった。

 和香にしてみれば、もちろん伊沢のことも気になるが、それを知ってしまった桜庭のことの方が気がかりで仕方がなかった。
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