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それでも俺が好きだと言ってみろ.29

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 伊沢さんに触れられた桜庭はまるで高校生の様に顔を真っ赤にしている。

 昨夜自分にあれやこれやと言いたい放題、やりたい放題を尽くした同一人物だとは、にわかに信じがたい。

 あんな顔するんだ・・・。



 確かに伊沢さんはちょっとそこらにはいないレベルの美人だ。

 おまけに早乙女さんによれば、仕事もデキる優秀な人らしい。

 そんな人がそばにいたら、誰だって憧れるよな・・・。



 同性の自分でもドキドキしてしまうのだから、並みの男なら一緒に仕事をするのは、嬉しいよりむしろ落ち着かないのではないかと思うほどだ。

 だけど、桜庭はそういうタイプではないと勝手に思っていた。

 そういう、いわゆる正統派よりも少しヤバめの女性に惹かれるんじゃないかと勝手に想像していた。

 それはやっぱり桜庭がセックス依存と知っているからだけれど。



 桜庭は顔を真っ赤にしたまま、逃げるように作業場へと行ってしまった。

 和香はむっくりと体を起こした。

 昼休みが終わる五分前だった。

 急いで歯を磨き、和香も作業場へと向かった。



 赤ちゃんがいない分、時間がたっぷり使えるようになった伊沢は、テキパキと仕事をこなしていった。

 休憩時間も、先輩連中と楽しそうに話している。

 しかし、なぜかその輪に桜庭はいない。

 やはり何となく桜庭が伊沢を避けている様な気がしてしまう。



 だが、そんな桜庭のことを見つけると伊沢は気さくに声を掛けていた。

 桜庭はあいかわらず緊張していた。

 そして、桜庭からは隠そうとしても隠しきれないほど、伊沢に話しかけられるのが嬉しいと感じているのが、和香にはなぜか分かってしまった。



 避けているのに、本当はもっと話したいんだ・・・。

 桜庭のいつもとは違い過ぎる顔に、和香の頭はさらに混乱していくのだった。



 今日も終わったのは昨日とほぼ同じ午前零時だ。

「みなさんが頑張ってくれたおかげで、予想していたよりかなりの数が達成できました。今週は土曜日出勤をお願いすることになるので、申し訳ないけど、日曜の休みまであと二日間、みんなで頑張っていきましょう」

「はぁ~い」

 皆あくびなのか返事なのか分からない声で答えた。



 パラパラと解散し、みな退社した。

 猪俣と別れて、いつもの道を歩いた。



 気になるのはやはり桜庭のことだ。

 今日もいつもの場所にいるのだろうか。

 例のごとく最初の交差点を左に曲がる。



 すぐさまいつもの電柱に目をやったが、そこに人影はなかった。

 そしてもっと先に目をやると、桜庭と恐らく植松と思われる二人が並んで歩いているのが見えた。



 最初に桜庭がセックス依存であることを三村に告げられた時、植松さんは合意の上のセフレであると言われたのだった。

 オフィスでの二人は本当にただの同僚で、セクシャルな雰囲気を匂わすことは全くない。

 普通の同僚以上でも以下でもない。

 ごくごく普通の同僚にしか見えない二人が、そういう関係であることに実感はない。

 だけど、それを言うなら和香と桜庭だってそうだ。

 会社で皆が見ている二人から、夜の二人を想像できるはずもない。
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