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ケダモノのように愛して.16

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 きっと、いや絶対あの人一人だけじゃないことは分かっている。

 実際に目にするまではどうしても信じたくなかった。

 だけどそんなつらい現実が分かったあとでも、桔平に対する咲那の気持ちが変わることはない。

 咲那は急いで戸締りをすると、自転車で桔平の家へ向かった。



 桔平の顔を見れば、昨日のことがありありと目に浮かぶ。

 しかし、今こうして桔平といられる喜びは、それを忘れさせてくれる。

 だって、やっぱり好きなんだもん…。



「おお、来たか」

「うん。お仕事は終わったの?」

「まだ、途中。でもちょうど腹減ってたから、銀次の店で出前とるけど、咲那は何がいい?」

 その店は桔平の同級生の間野銀次がやっている中華料理屋だ。



「う~ん、どれもおいしいから迷っちゃうけど、やっぱり天津飯かな」

「俺はラーメン、炒飯、餃子と。咲那、電話しといて」

 桔平はメニューを咲那の方に放ってよこした。



「え~、何でわたし?」

「だって、銀次に頼まれてるもん」

「何を」

「咲那がいるときは、注文の電話は咲那にしてほしいって」

「はあ?何でよ。意味わかんない」



「あそこのバイト、水谷って奴いるだろ?いつも家に配達に来る細っこいやつ」

「うん…」

 咲那はあまり記憶にないけれど、取りあえず話を合わせた。

「あいつがお前のこと気に入ってるんだって」

「ええっ?あの人たしか大学生だよね」

「さあ、そうだったかな?とにかく電話でお前の声を聞くのを楽しみにしてるんだとさ」

「そ、そんなの知らないよ。それにお客なのに何でそんな頼み事聞かなきゃいけないのよ」

 伊織は至極あたりまえのことを主張した。



「いやあ、実はちょっとばかりつけが貯まっててな。言うこと聞かないと全部いっぺんに払えって言われてるんだよな~」

 桔平は女にもお金にもだらしない。

 しかし、そのつけの始末をなぜ咲那がしなければならないのかが分からない。

 それ以前に、水谷とかいうバイトの子が自分に好意を抱いているとうことに桔平は全く興味がないということが咲那を傷つけた。



 だけど結局咲那は電話をすることになるのだ。

 分かっている…。

 咲那は桔平の言うことには逆らえない。

 それはやっぱり嫌われたくないから…。



「あ、猪俣です。出前お願いします」

 電話に出たのはバイトの水谷くんだった。

 オドオドした感じの声で分かる。

 注文をすまし、これでいいんでしょとばかりにメニュー票を桔平に突っ返した。



「なんだ、機嫌悪いな」

「別に…」

「ふ~ん」



 当然のことだが、桔平は今日も絵を描いていたはずだ。

 モデルは毎日来るわけではないから、女性と会っていたとは限らない。

 だけどその絵を描いている時はその女性のことを思い浮かべて描くのだろう。

 そう思うだけで咲那の心はざわつく。



「今週はいつ来ればいいの?」

 ほかの女性のことを考えていてもキリがない。
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