上 下
88 / 106

御曹司のやんごとなき恋愛事情.88

しおりを挟む
 伊波は優しい。

 自分だって疲れているはずなのに、健康のため外食やコンビニ弁当は極力避けて、面倒がらずに手作りの食事を用意してくれる。

 一人暮らしの時もそうだったと言うけれど、きっとすべては優子のためなのだと分かっている。

 優子は何でもない様な顔をして夕食を平らげた。

 これから伊波には彼にとって嬉しくないであろう話をしなければならない。



「賢二さん・・・、少し時間いい?」

「なんだよ改まって」

 伊波は二人掛けソファの端っこに身を寄せると、優子に隣に座るよう促した。

 だけど、優子がこれからするのは仲良く隣に座ってするような話ではない。



「こっちでいい・・・」

 優子は斜向かいの一人掛けのソファに腰をおろした。

「で、どうしたの?さっきのトラブルのこと?」

「ううん、違う・・・」



 どうしてこんなに言い出しにくいんだろう・・・。

 俊介の時は本心でなくても、あんなにキッパリと俊介のことを突き放すことが出来たのに・・・。

 本心・・・。

 なぜだか分からないけれど、人は本心を言うより、それを欺く方が気が楽なのだろうか。



 伊波に別れを告げるのは、優子の心が伊波に無いからだ。

 そんな真実を伝えるのはひどく残酷で、自分が悪者になったみたいに感じてしまう。

 そうか、自分はいい人でいたかったのか・・・。

 優子は自分のズルさに気づくと同時に、妙に納得した。



「賢二さん・・・、私、俊介坊ちゃんのことが好きです。今まで騙していてごめんなさい」

「へえ・・・、君にしてはやけに素直に認めるんだね・・・」

 伊波の口から飛び出したのは、驚きでも怒りでもなく、妙に落ち着いた・・・、まるですべてを見抜いているかのような答えだった。



「お、怒らないの・・・?」

 優子は殴られても仕方ないと思っていた。

 自分はそれくらいのことをしたという自覚はある。



「・・・君が好きなのはずっと彼一人だけだろう?」

「・・・い、いつからそう思ってたの・・・?」

「最初から、かな?」

「最初から・・・?それで、どうして付き合うのOKしてくれたの?」

「それを僕に言わせる?・・・君のことが好きだからに決まってるじゃないか」

 そう言って優しく微笑む伊波の顔を見ていられない。

 俊介を自分から突き放すための駒として、伊波を利用した自分の汚さに吐き気すら覚えた。



「そんな顔するなよ。僕だって同罪だ。君が彼のことを好きだって知ってても、君のそばにいたかった。だから、僕だって君を利用したんだ」

「だけど、賢二さんは、私の行動を制限したり、嫉妬したり、そういうことは全然しなかった・・・」

「そんなことしたってしょうがないじゃない。だって、人の心はどう頑張ったって手に入れられないよ。たとえ君を抱こうが、こうして一緒に暮らそうが・・・。だから僕ができることは、目一杯君に優しくする事くらいしかなかった・・・」

「ごめんんなさい・・・、ごめんんなさい・・・」



 謝ることしか出来なくて・・・。

 泣きたいのは伊波の方なのに、自分の方が泣いて。

 みっともなくて・・・、みじめで・・・、汚い自分・・・。

 自分は最低の人間に成り下がったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

婚姻届の罠に落ちたら

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
年下の彼は有無を言わさず強引に追い詰めてきて―― 中途採用で就社した『杏子(きょうこ)』の前に突如現れた海外帰りの営業職。 そのうちの一人は、高校まで杏子をいじめていた年下の幼馴染だった。 幼馴染の『晴(はる)』は過去に書いた婚姻届をちらつかせ 彼氏ができたら破棄するが、そうじゃなきゃ俺のものになれと迫ってきて……。 恋愛下手な地味女子×ぐいぐいせまってくる幼馴染 オフィスで繰り広げられる 溺愛系じれじれこじらせラブコメ。 内容が無理な人はそっと閉じてネガティヴコメントは控えてください、お願いしますm(_ _)m ◆レーティングマークは念のためです。 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。 〇構想執筆:2020年、改稿投稿:2024年

溺愛なんてされるものではありません

彩里 咲華
恋愛
社長御曹司と噂されている超絶イケメン 平国 蓮 × 干物系女子と化している蓮の話相手 赤崎 美織 部署は違うが同じ会社で働いている二人。会社では接点がなく会うことはほとんどない。しかし偶然だけど美織と蓮は同じマンションの隣同士に住んでいた。蓮に誘われて二人は一緒にご飯を食べながら話をするようになり、蓮からある意外な悩み相談をされる。 顔良し、性格良し、誰からも慕われるそんな完璧男子の蓮の悩みとは……!?

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...