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番外編 (4)微笑みの青
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夕暮になると涼みを帯びた風が吹き抜ける。西の空が赤く染まり、その向こうには闇の気配が含まれていた。
商店の並ぶ通りも閉店準備をする店や、この時間から酒や食事を扱う店が開店準備をしていたり、こちらも昼と夜が交じり合う。
カグラは月に何度かこの街にやってくる。それは長年守ってきた主に会うためだ。
現在は都に籍を置き、主に政に携わっているため多忙を極める身になったが、それでも主はアマネだけだと心に決めているのは変わらなかった。
宵闇の瞳が雑然とした通りを眺める。しかしその心中はアマネのことばかりだ。
きちんと食事を摂れているのだろうか。困ったことはないだろうか。夜は眠れているだろうか。
そんなことを考えながら、ふと神経質そうな瞳が自嘲的な笑みに変わる。
もうそんな心配は不要だったことを思い出したからだ。アマネのそばには、今アマネを理解し支えようとしてくれる存在がいた。亜麻色の髪と瞳、優し気な空気を纏った亜人。
ソウがいてくれるから、一切の杞憂などない。
そんなソウと出会った時のことを思い出しながら、カグラは通りを歩いた。
あの当時、アマネの家に他人がいることなど想像もできなかったから、振り返ったソウを見て心底驚いた。透明度の高い亜麻色の瞳に、まるで天使のような顔立ち。もちろん今も変わらないが、初めて見たときはそのあまりの美しさにカグラでさえ息をのんだくらいだ。
感情を押し殺すことに慣れてしまっていたカグラだから、ソウの目にはとてもそんな風には見えなかったかもしれないが、見とれてしまったことをカグラは今でも鮮明に覚えている。
ソウが亜人であることを最初は知らなかった。繊細な青年は、押された烙印を隠すように、その獣の耳を隠して生活をしていたからだ。
そしてカグラは亜人に対して偏見を持っていたから、ソウの獣の耳を受け入れることができなかった。
「俺も丸くなったものだ……」
ソウの内面を知り、亜人に対して持っていた偏見に気づき、そしてアマネがソウを大切に思うことで、カグラの考えにも変化ができた。
物事を新しい局面で知ることは悪くない。むしろ今回は良かったのだと、カグラは思っている。この国で亜人に対する差別はなくなっていないけれど、煌花コウファの街はそれを解放する方向に向かっている。
その街で、アマネとソウは暮らしていくのだから、自分もそれを受け入れるべきだ。
そんな風に思うようになって、この街が好きになった。
雑多な雰囲気の中でカグラはともに協力し合い働いている人間と亜人を見る。
ほんのわずかな容姿の違いだけで、内面は同じ。屈託のない笑顔で話している人間と亜人に、宵闇の瞳がわずかに微笑んだ。
その瞳の端にふと、青い何かが入り込んできた。
そこは食器を扱う店だった。庶民的な値段から少し値の張るものが店先に並んでいる。店主は人間で、閉店の準備をしているようだ。
カグラの視線の先にあったのは、薄青いグラスだ。すらりとしたステムとふっくらとしたボウルが印象的で、何よりその美しい青い色彩に思い出した――ソウを。
清廉としていて愛らしいその様子を見て、カグラは店主に声をかけた。
「これをもらおう。二つ」
ソウはどんな顔をするだろう。アマネは喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら、丁寧に包まれたグラスを受け取り、カグラはまた歩き出したーーその口もとが柔らかく弧を描いている。
男はそのまま大切な主と、その主が愛する亜人の住む家を目指した。
商店の並ぶ通りも閉店準備をする店や、この時間から酒や食事を扱う店が開店準備をしていたり、こちらも昼と夜が交じり合う。
カグラは月に何度かこの街にやってくる。それは長年守ってきた主に会うためだ。
現在は都に籍を置き、主に政に携わっているため多忙を極める身になったが、それでも主はアマネだけだと心に決めているのは変わらなかった。
宵闇の瞳が雑然とした通りを眺める。しかしその心中はアマネのことばかりだ。
きちんと食事を摂れているのだろうか。困ったことはないだろうか。夜は眠れているだろうか。
そんなことを考えながら、ふと神経質そうな瞳が自嘲的な笑みに変わる。
もうそんな心配は不要だったことを思い出したからだ。アマネのそばには、今アマネを理解し支えようとしてくれる存在がいた。亜麻色の髪と瞳、優し気な空気を纏った亜人。
ソウがいてくれるから、一切の杞憂などない。
そんなソウと出会った時のことを思い出しながら、カグラは通りを歩いた。
あの当時、アマネの家に他人がいることなど想像もできなかったから、振り返ったソウを見て心底驚いた。透明度の高い亜麻色の瞳に、まるで天使のような顔立ち。もちろん今も変わらないが、初めて見たときはそのあまりの美しさにカグラでさえ息をのんだくらいだ。
感情を押し殺すことに慣れてしまっていたカグラだから、ソウの目にはとてもそんな風には見えなかったかもしれないが、見とれてしまったことをカグラは今でも鮮明に覚えている。
ソウが亜人であることを最初は知らなかった。繊細な青年は、押された烙印を隠すように、その獣の耳を隠して生活をしていたからだ。
そしてカグラは亜人に対して偏見を持っていたから、ソウの獣の耳を受け入れることができなかった。
「俺も丸くなったものだ……」
ソウの内面を知り、亜人に対して持っていた偏見に気づき、そしてアマネがソウを大切に思うことで、カグラの考えにも変化ができた。
物事を新しい局面で知ることは悪くない。むしろ今回は良かったのだと、カグラは思っている。この国で亜人に対する差別はなくなっていないけれど、煌花コウファの街はそれを解放する方向に向かっている。
その街で、アマネとソウは暮らしていくのだから、自分もそれを受け入れるべきだ。
そんな風に思うようになって、この街が好きになった。
雑多な雰囲気の中でカグラはともに協力し合い働いている人間と亜人を見る。
ほんのわずかな容姿の違いだけで、内面は同じ。屈託のない笑顔で話している人間と亜人に、宵闇の瞳がわずかに微笑んだ。
その瞳の端にふと、青い何かが入り込んできた。
そこは食器を扱う店だった。庶民的な値段から少し値の張るものが店先に並んでいる。店主は人間で、閉店の準備をしているようだ。
カグラの視線の先にあったのは、薄青いグラスだ。すらりとしたステムとふっくらとしたボウルが印象的で、何よりその美しい青い色彩に思い出した――ソウを。
清廉としていて愛らしいその様子を見て、カグラは店主に声をかけた。
「これをもらおう。二つ」
ソウはどんな顔をするだろう。アマネは喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら、丁寧に包まれたグラスを受け取り、カグラはまた歩き出したーーその口もとが柔らかく弧を描いている。
男はそのまま大切な主と、その主が愛する亜人の住む家を目指した。
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