君の瞳が映す華

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34.再会

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 シュリはソウに一層懐くようになった。
 それはシンキからソウを守るように、そして幼いといっていい年齢から親を失ったシュリが家族を求めるように。
 初めて会ったときに見た壮艶なシュリは微塵もなく、あるのはあどけなく笑う年相応な少年の表情だ。黒い瞳にばら色の頬。白い獣の耳が愛らしく見える。よく笑いよく遊ぶ。明るいシュリが一緒だと、ソウも自然に笑顔になる事が増えた。
 ソウは両親の記憶が全くといっていいほどなく、そして兄弟も勿論、いるのかいないのかも分からない人生だった。だから、ソウにとってもシュリの反応は恥ずかしさも戸惑いもあるけれど、嬉しさを感じることが圧倒的だった。
 暇さえあればソウの傍にいて、夜も一つの寝台で眠ることもあった。シュリはソウが嫌がらない範囲でキスをしたり抱き締める延長で肌を触れ合わせることをしてくる。
 性的な目的ではないことを理解しているから怖さもなく、ソウはじゃれ付いてくる少年が可愛くてならにようにそれを受け入れることができていた。
 そしてシンキとは、あれ以来何も無い。快楽を味わって泣いてしまったあの夜以降、金色の髪に深緑の瞳を持つ男は、ソウに家のことをさせることで対価と見なしているようだ。 シュリがソウを守っているからだと思うのだが、はっきりと、
「仕込む手間が面倒な生娘に興味なんかあるか」
 と言われて、ソウは顔から火が出るほど恥ずかしい思いをした。
 だけどシンキがソウに対して怒っているわけもなく、実際ソウにそんな経験がないのも事実だから、それに対して文句を言えるはずもなかった。
 ただ何となく、家族でもない三人がそれなりに上手く過ごしている。そんな日が何週間か過ぎた。
 ソウがここに来た時からも時間は過ぎ、少しづつシンキとシュリに守られながら外に出ることも増えた。一人では決して出てはいけないと二人から口うるさく言われているので、ソウは従順にそれを守っている。年はシンキの次に重ねているのに、扱いは完全に子供だけど、それがくすぐったいほど幸せで、ソウは安定していた。


 雨のあまり降らない気候だが、今日は朝からしっとりとした雨が降っていた。陽射しがない分過ごしやすい。だけどソウは不安そうに窓から降り続く雨を眺めていた。
 居間で過ごすソウは、意外にも、と言ったらシンキが怒りそうだが、読書家の男が所有している本に目を通していた。この国とその近辺で生る植物が書かれた内容のものだった。
 シンキの仕事を手伝うことはできないが使いなどで花を買いに行くこともあったから、少しでも知識がほしいと言ったソウに、シンキが与えてくれた本だ。
 多種多様な花の中には毒にも薬にもなるものがある。ただ美しい染料として使われているのだとばかり思っていたソウはそのことに興味を持ち、もともと字を覚えてから読むことが好きになっていたのもあり、何冊もあるそれらを寝食も忘れるくらい読んでいた。
 だけど今日は、そういう気分にはなれなかった。
「シュリ……」
 誰もいない部屋にソウの言葉が零れる。
 シュリが姿を現さなくなって一週間がたつ。ふらりと「お客さんが来たから行ってくるね」と言って気軽に出かけていったはずなのに、それからシュリはここに来なくなった。
 基本的にシンキとシュリは仲が良くても、シュリがここで生きていくのに選んだ手段に関して、シンキは何も言わないようにしているらしいことは既にソウも知っている。
 少年が身体を使い糧を得ることは、ソウにとっては信じられないことだし、できればしてほしくないことだと思っても、それがこの街でシュリが生きていくために必要ならばソウは何もいえない。
 だけど、帰ってこないと不安になる。ちょっとそこまで、といった感じで極軽くシュリは出かけていったのに、どうして帰ってこないのだろうか。
 シンキが言うには、ソウがここに来るまでこうしたことは何度もあった。シュリには何人かの馴染みの客がついているのだから、何日もその相手と共にいることだってあるらしい。
 ソウが知らないだけで、これもシュリの日常なのだろうか。
「でも……」
 不安が絶え間なくソウの中を過ぎる。何かあったのだろうかという思いが日増しに募る。喉がしめるけられる。シュリのあの笑顔が見たくて仕方がない。
 ソファに腰を下ろして雨を眺めていた亜麻色の瞳が潤みを増した。取り越し苦労であってほしい。そんなことを思いながら、長い睫毛を弱々しく下ろした。
 会えなくなることが怖い。アマネとセンに会えなくなってから、ソウはそれを極端に怖がっている自分がいることに気付いていた。大切に思う相手に会えない辛さを、ソウはこの街で初めて知った。これもまた大切な人から教えてもらった大切な感情だけど、できれば知りたくないものだと思う。ささやかでも大切な人と共にいることが一番幸せなのだから。
 深くため息を零したソウは、ふと玄関の辺りが騒がしいことに気付く。誰かが物凄い剣幕で何かを話している。大きな獣の耳をそばだててみると、それはシンキの声だと分かった。相手は、聞き覚えがないようなあるような、そんな声だった。
「どうしたんだろう」
 口は悪いが感情をそれほど荒立てないシンキにしては珍しいと、ソウは黒い装束を揺らして立ち上がった。相変わらず飾り気のない装束だが、だからこそソウの容姿を一層引き立たせる。肩を覆うくらいの亜麻色の髪を少し邪魔そうにかき上げながら、ソウは居間の扉を開けて玄関に向かった。
「シンキさん? どうしたんです……」
 薄暗い廊下からは、シンキと一緒に誰がいるのか分かりにくかった。穏やかに歩み寄り、それを確認したソウの言葉が途中で途切れた。
 シンキ越しに見えたのは、黒とも藍ともつかない瞳を持った神経質な印象の男。背が高く淡々とした物言いで、表情のあまりない男。黒地に白い流線が踊る装束に身を包んだ男は、両手に軽々と人形のようなものを抱き上げていた。
 ソウが立ち尽くしていると、シンキが振り返り声を投げてきた。
「ソウ。お前の部屋を借りるぞ」
「え……」
 シンキは声こそ先ほどよりは抑えていたが、顔には怒りが滲んでいた。一体何があったのか分からず、また目の前の男に驚き言葉をつまらせたソウにかまわず、深緑の目を持つ男は人形のようなものを男――カグラから受け取る。そのままシンキは長い脚でソウの横を通り過ぎ、そして乱暴に脚で扉を開けてソウが間借りしている部屋の中に入っていった。
 取り残されたソウは、それを呆然と眺めていたが、やがて確認するようにゆっくりと振り返った。
「こんなところにいたとはな……」
 抑揚のない声音でカグラが言った。さすがにカグラも驚いているようだった。宵闇の瞳は変わらぬ美しさでソウを見つめる。ソウも亜麻色の瞳でそれに返した。
「どうして……」
 ここに。聞きたかったが驚きが大きくて、そしてカグラを見れば否応なく思い出される相手がいて、言葉が出なかった。
「それは俺の台詞だ。どうしてお前がここにいる? ……いや、今日の所はまぁいい。シンキも忙しそうだし、今日は失礼する」
「え?」
「ここに来る途中で倒れている亜人を拾った。シンキの知り合いだそうだが、お前も顔見知りではないのか? 怪我をしていた」
 カグラに気を取られていたソウは、その言葉に慌てて部屋を見返した。シンキが慌てるほどの怪我をした相手が、まさかシュリなのだろうかと身が強張った。
「シンキに、また改めて伺うと伝えておいてくれ」
「あ、カグラ様……?」
 カグラがそっけなく言って、傘を広げると雨の中にまぎれて行く。たった数分で雨が強くなったのか、けむるようにその長身の姿を掠めさせていた。
 突然のカグラの訪問、シンキと顔見知りのような気配。それはソウを大いに混乱させた。シンキの交友関係を知っているわけではないが、まさかこんな繋がりがあろうとは思ってもいなかった。もしかしてアマネもシンキのことを知っているのだろうか。そしてカグラは、今日ここにソウがいたことをアマネに話すのだろうか。鼓動が激しく踊り、切なくて甘い感情が巻き起こる。
 思考が突然回転を始め、立ち尽くしたまま俯きがちに囚われかけたソウに、シンキの声が飛んだ。
「ソウ。湯を沸かせ!」
 厳しく投げられたその言葉に、ソウは我に帰る。今は甘い感情に呑まれている場合ではない。
「あ、はいッ」
 身を翻して居間に駆け込み、そこから続いている台所に入り、すぐさま竈に大きな鍋を置きたっぷりと水を入れる。シンキはその間に清潔な布や軟膏を準備したり、二階の調剤した薬を置いている部屋に駆け上がったりと目まぐるしく動いていた。
 ソウが桶に湯を移し変えて、間借りしている部屋に入る。怪我をした亜人が誰なのか、シュリでなければいいと祈りながらであったが、視界にはいった黒髪と白い耳に、希望はふわりと消えていくのを感じた。
 一つの裸身がそこにはあった。黒髪に白い獣の耳。瞼が閉じられているが、それは間違いなくシュリだった。
 白く細い身体には、無数の傷があった。かすり傷から挫傷や切り傷、深さがまちまちのそれらは健全な肌を捜すのが難しいほどにあり、そして赤く腫れあがって化膿している箇所もある。顔だけは無傷だが、かえってそれが痛々しく見える。青ざめたシュリは本物の人形に思えるほどピクリとも動かない。
「しゅ……しゅり……?」
 一週間前、元気に出かけていった少年に何があったのか、ソウは全く分からなかった。震える脚で近づき、寝台に寝かされているシュリを見つめる。
 よく見れば手首や足首に何かを巻きつけられて出来た痕がある。それはかつてソウが自分の身体でよく見ていたものに似ていた。
 拘束されていたのだと、ソウはすぐに分かった。だとすれば、これは過去に何度も自分が経験したことだということも分かる。
 自由を奪われて痛めつけられる。悪夢がソウの背筋を駆け上がり、手にしていた桶を落としそうになって必死に我慢した。
「ど……して……」
 震えるソウの横では、シンキが真剣な顔で傷の確認をしている。シンキにとってもシュリがこれほどの怪我を負って帰ってくるのは初めてらしく、困惑と、シュリに仕打ちをした相手に対する怒りが溢れていた。
「どんな奴の相手してきたんだよ……」
 忌々しく舌打ちをして、シンキは呟いた。そして意識のないシュリの身体をできるだけ優しく横向きにして、シンキは少年の柔らかな背中から、腰や双丘の辺りを確認する。
 薬屋としてのシンキは、医者と変わらない知識を持つ。勿論この国では医術を専門的に学び、認められればそれを生業にできるが、シンキはあくまでも薬屋だと自分のことを言っていた。だけど実際しているのは医者と大差なかった。
 ソウにシュリの身体を支えるように指示し、シンキは表情を変えないままシュリの尻を確認する。深緑の瞳がシュリの本来秘められた箇所に目をやると、思わずのように顰められた。
「どうしたんですか……?」
 シンキと向かう合うようにシュリの身体を横向きにして支えているので、ソウにはそこを見ることはできない。深く眉間に皺を刻んだシンキに、不安そうに亜麻色の瞳が揺れた。
 シンキはソウの言葉に返さず、おもむろにそこに指を挿入した。そして器用に掻きだした物が取れると、シュリの体内から、ごぽ、と何かが溢れてくる音が聞こえた。
「ひ……ッ」
 覗きこんだソウの顔が一瞬で血の気を失うほど、大量の鮮血だった。シーツを瞬く間に赤に染める血の匂いに混じって、濃密な甘さを持った何かの香りもソウとシンキの鼻を掠めた。くらりと、ソウが眩暈を起こしかけ何とか耐える中、シンキはますます眉間に皺を刻んだ。
 シュリはシンキの指の刺激に眉をわずかに揺らした。目を開けることはなかったけれど、確かに眉を揺らす。苦しいのかとソウはシュリの顔を見た。
 蒼白なほど色が悪い少年は、深く落ちている意識を持ち上げることはない。シンキが体内から溢れてくる出血を少しでも止めようと軟膏を中に塗りこめ布をあてがい圧迫する。
 長い指が手当てをするためにシュリの中に入るのだが、意識の殆どないシュリが、その手に反応するように呻くような吐息を漏らした。
 痛いはずなのに、苦痛であるはずなのに、しかしそれは甘いものを含んでいるような、ソウは違和感を感じずにはいられなかった。
 それを感じたシンキがシュリの手当てをしながら淡々と、まるでカグラのように言った。
「媚薬でドロドロにさせられてヤられらんだろう」
「び……媚薬、ですか?」
「あぁ。強力で効果があほみたいに長いやつだ。この匂いだけで酔いそうだ」
 甘い香りが部屋の中に充満しているとシンキは言う。だけどソウには血の匂いのほうが強く感じてそこまでは分からなかった。シンキは呆けているソウについと目を動かし、
「お前しばらく、シュリには近づくな」
 にべもなくそう言った。
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