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 三年の月日が流れた。

 その三年間、アシュレイ王子からの婚約の申し込みは数え切れないほど続いた。あれほど分かりやすく断ったのにも関わらずだ。

 私は様々な理由でその申し出を退けてきた。
 時には、「二度と同じことを話すつもりはありません」……とか。
 時には、「剣士として己を確立する前に、婚姻などは考えられません」……とか。
 とにかく冷たく言い放ってきた。
 そのたびに、貴族としての役割を一つ放棄していると自身でも分かっているため罪悪感を覚えるが、剣士としての自負に従って王子の申し出を突き返すことにためらいはない。

 そして十八歳を迎えた春、王国に緊迫した空気が走った。
 隣国との国境付近で突如勃発した戦争が、私を王国の剣として前線に送り出すことを決定づけたのだ。

 出陣の日、私は白銀の鎧に身を包み、腰にはベルベット家の家紋が刻まれた細剣を佩いた。
 公爵家を意味する白い鎧は、戦場で己を守るためのものでもあるが、同時に誇りを象徴している。
 自分がこの国のために戦う覚悟は、もう何度も確かめてきたものだが、初めての実戦とはこうも緊張するものなのか。
 鎧の光沢に映る自分の姿を見つめ、私は深く息を吸う。

 戦場に赴くと、そこで待ち受けていたのは、数え切れないほどの敵兵たち。
 私はすぐに最前線に駆け出し、敵の隙間を縫うように白い鎧と細剣を閃かせた。
 細剣は正確無比な軌道を描き、ひと突きで敵を仕留めていく。
 数多の敵を前にしながらも、私の心は冷静で、剣は一度も乱れることなく動き続けていた。
 騎士たちが私の戦いぶりを見て、「まるで宙を舞う鳥のようだ!」と叫ぶほどに。

 戦が終わり、私は勝利の報告を持ってガルランド王国へと戻った。
 すると、すぐに王城へと呼ばれることになる。今回は王子ではなく、ランドスター・ガルランド国王陛下からの呼び出しだ。
 敵兵の包囲を何度も突破し、数え切れない修羅場を駆け抜けた功績が讃えられ、『白鳥しらとりの騎士』の称号を与えることが決まったらしい。

 当日、謁見の間でその称号を受けるとき、王は感慨深そうに私の戦いぶりについて語った。

「白い鎧に身を包み、まるで舞うように敵を討つその姿は、まさに白鳥のごとし。アイネよ、これからも国の誇りとして剣の道を歩み続けてほしい」

 王の言葉に、私は深く頭を下げた。
 それは名誉ある称号であり、私のこれまでの努力が認められた証でもあった。

 謁見の後、私はすぐに王城を出て自宅へと戻るつもりだったのだが、城の廊下でアシュレイ王子が待ち構えていた。
 ……またか。
 王子は月に最低でも一度は婚約を持ちかけてくる。
 そろそろ終わりしよう。そう思った私は、王子の瞳をしっかりと見据え、先手を打つことにしたのだが。

「王子、これで最後にしましょう。私の決意は変わりません。他のお相手を見つけるべきです」
「そうか、奇遇だな。俺もアイネ嬢に婚約を申し込むのはこれで最後にしようと思っていた。今から試合をしてくれないか? 全力で構わない。もし俺が勝てば、君は俺の妻になる……どうだろうか? ちなみに俺は、アイネ嬢に参ったと言わせるつもりだ」

 アシュレイ王子は、普段の柔和な表情ではなく、どこか真剣で、決意を宿した眼差しを返してきた。
 これまで何度も断り続けてきた婚約の申し出を、彼はこうして再び持ちかけてきたけれど、今回はいつもと違う。
 ……私に勝つと?
 今や私の剣は、お父様に匹敵する。
 剣術を始めてまだ五年かそこらのアシュレイ王子に負けるはずがないのだ。
 しばらく王子の目を見つめ、深く息をつく。
 試合の申し出を受けるかどうか、迷いはない。

「……分かりました。それが王子の決意であるならば、お受けします」

 私たちは訓練場に向かった。
 ……少し認識を改める必要があるかもしれない。
 剣を握った瞬間、王子の雰囲気が変わったのだ。
 すでに剣士としての技量を高め、鍛錬に励んだ者だけが持つ確かな気迫があった。

「いくぞ、アイネ嬢!」
「どこからでも!」

 試合が始まると、王子は鋭い踏み込みと見事な体捌きで、私に次々と攻撃を繰り出す。
 その動きには迷いがなく、私が知る以前の王子とは違い、力強さと正確さが際立っている。
 私は彼の成長に驚きながらも、剣士として全力で応じた。

「アイネ嬢、すまないがそろそろ勝たせてもらう。君の剣は、君だけのものだ。今や右に出るものはいない。しかし俺の剣は、アイネ嬢の技術と、俺が自分で学んだ二人分の力がある。……これが俺の思いだ! 受け取ってくれ!」

 試合の終盤、王子の剣が私の肩に届いた。
 私の姿を投影しつつも全く違う、見事な突きだ。
 ……敗北を認めざるを得ない。

「俺の勝ちだな、アイネ嬢!」

 息を切らしながらも、王子の顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
 彼がどれほど努力を重ね、この日のために自分を鍛えてきたかが、その表情からひしひしと伝わってきた。
 私は剣を収め、彼に向かって静かに礼をした。

「参りました。私の夫は、強くなったのですね」
「ア、アイネ嬢……いや、アイネ! いいのか?」

 悔しいが、どこか嬉しさを感じている。
 そして、自分が王国一の剣士だと勘違いしていた恥ずかしさも。

 王子の問いに、私は優しく微笑みを返した。

 ―完―
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