上 下
14 / 15

14

しおりを挟む
「あらあら、無能がどうやってこんなところに来れたのかしら? この店も落ちたものね」

 トイレを出て、アグナバル家のもとに戻ろうとしたところで、見覚えはあるけれど名前が思いだせない女性に肩を掴まれた。

「馬車で来れました。失礼します」

 軽くあしらって、その場を後にしようとしたのだが、強い力で引っ張られてしまう。

「あなた、このワタクシを馬鹿にしているの? ゴミリアのくせに? あなたみたいな底辺が、恥ずかしげもなく外をうろついているのはどうしてかと聞いているんだけど」

 私の右肩を掴む彼女の手がめり込んでいく。
 爪が刺さって痛い。

「ワタクシと言われましても、私には貴族に友人はおりませんし、あなたがどこのどなたか存じあげませんので。そろそろ離してくださらない? あまり長く席を立っては、心配をかけてしまいますし。それに、あなたもレディでしょう? 長くトイレに行っていたら……ねぇ?」
「ふざけてるのかしらこの子……。いつも悪口を言われて、黙って下を向いてるだけのゴミが、このワタクシに口答えを……もう許さない」

 名前も知らない女性が、クルクルと巻かれた長い赤髪を揺らしながら、恐ろしい表情で私の体を押す。
 勢いをつけられては抗えず、壁に背中を強く打ち付けてしまう。

「出来損ないのくせによくも! あんたなんか!」

 ついには両肩を掴まれ、牙を剥き出しにした女に何度も何度も壁に叩きつけられた。

「あ、あの、何を……」

 か細い声が聞こえたと思ったら、女の動きが止まる。
 まずいものを見られたかのような表情を浮かべながら、後退りしていく。

「ち、違うのですレオン様! ご存知でしょう? この女はアレと呼ばれるほどに蔑まれ、出涸らしだと馬鹿にされるほどの無能です。そのゴミリアが、このワタクシを……!」
「お、落ち着いて欲しい。えっと……ハモンズ伯爵家のロゼッタ嬢だよね? 僕のつ……妻が、何かしたのかな? だとしたら、代わりに謝罪するけど」
「えぇ、やられましたわ! この無能が、ワタクシを軽くあしらおうと……妻?」
「……はぁ。分かった。言い方を変えよう。将来、僕の妻になる女性に、ハモンズ伯爵家の次女ごときが何をしてるのかって、聞いてるの」
「そんな……嘘よ……。だってアレは……」
「数日後に、婚約披露パーティーがあるんだ。まあ、君と会うことはなさそうだけど。そろそろ失礼するよ」

 レオン様……すごい迫力だった。
 最初はいつもどおりの喋り方と優しい顔で始まったのに、だんだんと格上の貴族らしい圧を感じるようになって……恐ろしさで私がレオン様に謝るところだった。
 これって、私を助けてくださったってことよね?
 今まで見捨てられてばかりで、初めての経験だから、頭が混乱している。
 こういうときは、お礼を言うべきなのかどうなのかすら分からない。
 私がお礼を述べると怒られることもあるし……でも、言うべきよね。

「エ、エミリア嬢! 遅くなって……も、申し訳ない! 様子を見てこいと、お母様に言われるまで僕は……気づけなくて……」
「い、いえ。ありがとうございますレオン様。よくあることなので、気にしないでください」

 下を向いたレオン様に手を引かれ、席に戻るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。

青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。 婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。 王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。

安息を求めた婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。 そして新たな婚約者は私の妹。 衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。 そう全ては計画通り。 これで全てから解放される。 ……けれども事はそう上手くいかなくて。 そんな令嬢のとあるお話です。 ※なろうでも投稿しております。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3
恋愛
私は先日婚約者に裏切られた。昔の頃から婚約者だった彼とは、心が通じ合っていると思っていたのに、裏切られた私はもの凄いショックを受けた。 「婚約者様のことでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」 執事の一言で、気分転換も兼ねて奴隷が売っている市場に行ってみることに。すると、そこに居たのはーー 「マルクス?」 昔の頃からよく一緒に居た、元婚約者でした。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

私を婚約破棄後、すぐに破滅してしまわれた旦那様のお話

新野乃花(大舟)
恋愛
ルミアとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したロッド。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

処理中です...