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ドM王子が婚約破棄してくれないのですが!
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時が経ち、私は十五歳になった。
鍛錬を積み重ねた日々の証として、手のひらには剣を握り続けた証が何層も重なっている。
少しの迷いもなく剣を振るうことで、私の心も、剣士として確固たるものになったと感じていた。
そんなある日、訓練を終えたばかりで汗に濡れた私のもとに、突然、メイドがやってきた。
「お嬢様、お父上がお呼びです」
父が私を呼ぶのは、剣の技術に関してのみだ。
それ以外でわざわざ呼び出すことなどほとんどない。
剣の腕を見せる機会でも与えられるのかと思いつつ、私は袖口で汗を拭ってから、父の書斎へと向かった。
扉を叩くと、中から父の声が響く。
「入りなさい」
中に入り、静かに父の前へと進み出る。
父、バロム・ベルベットは相変わらずの厳格な面持ちで、机の上には数枚の手紙が広げられている。
少し視線を下ろすと、そこには王家の封印が押された手紙が目に入った。
「何でしょうか父上?」
「うむ、よい知らせがある。いや、お前にとっては悪い知らせか」
お当様は手にしていた一通の手紙を私に見せ、口を開いた。
「アイネ、これはアシュレイ王子から届いた手紙だ。なんと、王子はお前との婚約を希望しているらしい」
思わず、心臓が一瞬だけ跳ねた。
アシュレイ王子が、私との婚約を希望している?
何かの冗談かと思ったが、父の表情はいつも通りに厳しく、そして真剣そのものだ。
「冗談ですよね? 私など、女性としての魅力など欠片もない。それに、結婚をするつもりはありません」
「この件は、すでに陛下の許可も得ているようだ。残念だったな。」
王家の許可まで下りているということは、この話が実現する可能性が高いということだ。
貴族の娘として生まれたからには、家のために婚約話が持ち上がるのも珍しいことではないが、私は今まで剣に生きる道を選んできた。
何度かアシュレイ王子に呼びつけられて剣を教える中で、尊敬すべき一面も見てきたが、異性として意識したことなど一度もない。
父はため息をつき、俯く私にこう続けた。
「この手紙に書かれている内容からして、断るのは難しいだろうな。お前もわかっているだろうが、王家の申し出を無下にはできぬ。なに、剣の道を諦めろという話ではない。公爵家に生まれた女としての役目を果たすだけだ。」
お父様の言葉に、私も何も言えなくなった。
確かに、これは断るには難しい話だ。
しかし、言質は取った。
あとはお前の好きにしろ……その通りにさせてもらう。
「お父様の言葉、しかと受け止めました。私が自分で返事を出します」
父は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻り、静かにうなずいた。
まさか私が素直に受け入れるとは考えていなかったのだろう。
相手が王子でなければ、お前の剣への思いはそこまでかと怒鳴りつけられていたかもしれない。
私にとって、剣の道は何よりも大切なものだ。
それは誰かとの婚姻や、宮廷での生活にさえ代えられないものだと確信している。
どれほどの立場であろうとも、王子に剣士としての誇りを曲げるつもりはなかった。
私はこの身を剣に捧げている。
父の前で深く礼をし、部屋を出た。
その夜、私は自室に戻ると、机に向かって手紙を書き始めた。
王子への返事を書くのに、一瞬の迷いもなかった。
「お断りします」
短く書き終えた手紙をじっと見つめる。
この答えに揺るぎはない。
この返事を送ることで、王子は怒るかもしれないが、何度も私の技を見た王子であれば、この短い内容でも十分伝わるはず。
私は私の道を歩む。
鍛錬を積み重ねた日々の証として、手のひらには剣を握り続けた証が何層も重なっている。
少しの迷いもなく剣を振るうことで、私の心も、剣士として確固たるものになったと感じていた。
そんなある日、訓練を終えたばかりで汗に濡れた私のもとに、突然、メイドがやってきた。
「お嬢様、お父上がお呼びです」
父が私を呼ぶのは、剣の技術に関してのみだ。
それ以外でわざわざ呼び出すことなどほとんどない。
剣の腕を見せる機会でも与えられるのかと思いつつ、私は袖口で汗を拭ってから、父の書斎へと向かった。
扉を叩くと、中から父の声が響く。
「入りなさい」
中に入り、静かに父の前へと進み出る。
父、バロム・ベルベットは相変わらずの厳格な面持ちで、机の上には数枚の手紙が広げられている。
少し視線を下ろすと、そこには王家の封印が押された手紙が目に入った。
「何でしょうか父上?」
「うむ、よい知らせがある。いや、お前にとっては悪い知らせか」
お当様は手にしていた一通の手紙を私に見せ、口を開いた。
「アイネ、これはアシュレイ王子から届いた手紙だ。なんと、王子はお前との婚約を希望しているらしい」
思わず、心臓が一瞬だけ跳ねた。
アシュレイ王子が、私との婚約を希望している?
何かの冗談かと思ったが、父の表情はいつも通りに厳しく、そして真剣そのものだ。
「冗談ですよね? 私など、女性としての魅力など欠片もない。それに、結婚をするつもりはありません」
「この件は、すでに陛下の許可も得ているようだ。残念だったな。」
王家の許可まで下りているということは、この話が実現する可能性が高いということだ。
貴族の娘として生まれたからには、家のために婚約話が持ち上がるのも珍しいことではないが、私は今まで剣に生きる道を選んできた。
何度かアシュレイ王子に呼びつけられて剣を教える中で、尊敬すべき一面も見てきたが、異性として意識したことなど一度もない。
父はため息をつき、俯く私にこう続けた。
「この手紙に書かれている内容からして、断るのは難しいだろうな。お前もわかっているだろうが、王家の申し出を無下にはできぬ。なに、剣の道を諦めろという話ではない。公爵家に生まれた女としての役目を果たすだけだ。」
お父様の言葉に、私も何も言えなくなった。
確かに、これは断るには難しい話だ。
しかし、言質は取った。
あとはお前の好きにしろ……その通りにさせてもらう。
「お父様の言葉、しかと受け止めました。私が自分で返事を出します」
父は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻り、静かにうなずいた。
まさか私が素直に受け入れるとは考えていなかったのだろう。
相手が王子でなければ、お前の剣への思いはそこまでかと怒鳴りつけられていたかもしれない。
私にとって、剣の道は何よりも大切なものだ。
それは誰かとの婚姻や、宮廷での生活にさえ代えられないものだと確信している。
どれほどの立場であろうとも、王子に剣士としての誇りを曲げるつもりはなかった。
私はこの身を剣に捧げている。
父の前で深く礼をし、部屋を出た。
その夜、私は自室に戻ると、机に向かって手紙を書き始めた。
王子への返事を書くのに、一瞬の迷いもなかった。
「お断りします」
短く書き終えた手紙をじっと見つめる。
この答えに揺るぎはない。
この返事を送ることで、王子は怒るかもしれないが、何度も私の技を見た王子であれば、この短い内容でも十分伝わるはず。
私は私の道を歩む。
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