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ドM王子が婚約破棄してくれないのですが!

6(アシュレイ視点)

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 お茶会はまずかったか。
 アイネ嬢との中を深めたくても、普通の令嬢と同じように接すると失敗する。
 前回の失敗を活かし、今度は練習試合をお願いすることにしよう。

「誰か! ベルベット公爵家に遣いを送れ! さらに、騎士団に通達。練習試合をするぞ! 走れ、時間との勝負だ!」

 騎士団を連れてベルベット公爵家に行ったとき、みんなアイネ嬢の剣を見て刺激を受けていた。
 団長が言うには、俺と一緒に見学した騎士たちの気迫と練習の質が変わったらしい。

 アイネ嬢は、剣術を極めようと人生を捧げるほどの武人。練習試合という形ではあるが、今の実力を測れる機会というのは嬉しいのではないか。
 双方にとって得がある素晴らしい提案だろう。

 アイネ嬢のことを考え続け、何も手につかぬまま数日が過ぎ、ついに練習試合の当日となった。

「アイネ嬢、よく来てくれたな。今日は君の剣技を騎士たちにも見せてやってくれ」
「承知しました。それでは、お見せいたしましょう」

 王国では、美人といえば艶やかな長い髪から覗く整った顔立ちはもちろんのこと、柔らかな白い肌に、出るところが出たスタイルが重要だ。
 しかし、俺も剣術を学び始めたから分かるのだが、アイネ嬢の鍛え抜かれた体は、剣を振るために無駄が削ぎ落とされている。
 歩くとわずかに揺れるくらいに短く切り揃えられた髪。遠目からは華奢に見えるのだが、日に焼けた体のおかげで筋肉の形がよく分かり、剣のために引き締まった究極の造形美に映る。
 こんなことを令嬢相手に直接言うのは失礼だが、あの顔が素晴らしい。すっと伸びた鼻筋に、血色のいい唇。……そして、あの瞳だ。あの銀の瞳に、私の心は吸い込まれてしまう。
 レイピアのように切れ長の双眸そうぼう。流すような横目でキッと見つめられると、心臓に刃を突き刺されたかのように……おっと、そろそろ始まるみたいだな。

 今回、アイネ嬢の相手を務めるのは、仕事などの都合で俺とともに見学に行けなかった者たち。
 ベルベット公爵家に行った周りの仲間がメキメキと実力を上げている事実を受け、是非やらせてくれと懇願してくるほどに気合いが入っている。
 彼らは王国騎士団の一員だ。実力は申し分ない。

「ぐああああぁ!」
「参りました!」

 だが、次から次に倒れていく。
 誰一人として、アイネ嬢の涼しげな表情すら変えられる者はいなかった。

「アイネ嬢、どうか私に剣を教えてくれないか? 実は、アイネ嬢の動きを参考にしつつ、王国剣術を学んでいるのだが、何かが足りない気がするのだ。気づいたことがあれば教えて欲しい」

 俺はまだ、剣術を学び始めて日が浅い。
 何もかもが足りていないのは分かっている。
 王族として生まれ持った膨大な魔力に任せて、アイネ嬢の動きを習ってはいるのだが、彼女のように風を切り裂くあの音を一度たりとも聞いたことがない。
 身体を強化した状態であれば、騎士団のほとんどの者よりも、単純な力だけなら上だと思うのだが。

「なるほど、そういうことであれば拝見いたします」

 これで断られたらどうしようかと思ったが、アイネ嬢に了承してもらうことができた。
 今の俺を見て欲しい。……あの、身震いするほど恐ろしい目で。

「――ハッ!」

 全力の剣を振る。
 限界まで出し切った。練習よりもいい動きができたと思う。

「素振りも大事ですが、王子の場合は何かに剣を当てるといいかもしれません。蹴り足の力が逃げていますので、一つ一つの動作で蹴り足の力を増幅させることこそ上達に繋がりますから」

 アイネ嬢から、俺に足りないことを教わった。
 言われて気付くことは多い。まだまだ先は長そうだ。
 
「なるほど、そういうことか。謎が解けた。俺に足りないと感じていたのはそれか。木人を使った訓練も取り入れてみよう。……それで、最後にアイネ嬢の全力の突きを見せてもらえないだろうか? 私に向けて放って欲しい」

 一番近くで、目標とする剣を見たい。
 アイネ嬢の体の動かし方、筋肉の使い方、何もかもをこの目に焼き付けたい。

 アイネ嬢が、腰を落として低く構える。
 俺は、皿に残ったスープをパンですくいとるような気持ちで瞬きを禁じ、両の目を見開く。

 なのに、一瞬で接近されてしまう。
 ……これが、アイネ嬢の突き。
 自分に迫る剣先を視界に捉えながら、脳が死を予感した。

 そのとき、世界が止まる。
 いや、驚くほどゆっくりと時間が流れていく。

 アイネ嬢のレイピアは、俺の体のどこを狙っているのだろうか。
 なるほど、右肩のようだ。
 あんな突きを食らったら、腕ごと持っていかれるかもしれない。

 来る。
 いいぞ、そのまま突き刺せ!
 アイネ嬢の剣で、俺の肩を貫いてくれ!
 ……っ!
 駄目か、寸止めか。

「ほあぁ……」

 でも、なぜだかすごく気持ちがいい。
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