上 下
9 / 10

第八集 帰る場所

しおりを挟む
 さて、永嘉えいかの乱にて洛陽らくよう長安ちょうあんを立て続けに落とし、しんを事実上壊滅させた匈奴漢きょうどかんであったが、そこに至って漢帝・劉聡りゅうそうはすっかりと慢心し、酒と女にうつつを抜かすようになってしまった。
 都である平陽へいように豪華な宮殿を造営しようとした際、父帝・劉淵りゅうえんの頃からの配下であった陳元達ちんげんたつに諫められた。天下は未だ収まっておらず、民は貧困に喘いでいると。
 しかし劉聡はこれに激怒。

「余は皇帝になったというのに、宮殿のひとつも建ててはならぬのか? 貴様如き老耄おいぼれネズミに、何故いちいち指図されねばならぬ!」

 そうして老臣・陳元達は処刑された。この後も建国に功のあった忠臣たちがたびたび諫めたが、劉聡の反応は同じような物ばかりで、一向に態度を改めようとはしなかった。
 こうしていつしか諫言する者はいなくなり、劉聡の周囲には機嫌を取る佞臣ねいしんばかりが侍る事となってしまったのである。
 中でも娘を劉聡に嫁がせた外戚の靳準きんじゅんが着々とその派閥を広げており、そう遠くない内に都周辺は実質的に靳準が牛耳るであろう事は誰の目にも明らかであった。



 そうした漢の内部の乱れを察知し、中原ちゅうげんを任され青州せいしゅうにいた王弥おうびは、先の永嘉の乱以来、皇族の劉曜りゅうようと険悪になったままだった事もあり、自立を考えるようになった。そして冀州きしゅうにいる石勒せきろくに接近する事になる。
 だが石勒の方は、王弥が自分を利用しようとしている事を察し、酒宴の席で自ら王弥を殺害した。酒杯を傾け豪快に笑う王弥の脳天に対し、石勒の巨大な手斧がおもむろに振り下ろされたのである。
 反乱軍の頭領として晋朝を乱した王弥は、こうして断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、血飛沫を上げて肉塊と化した。
 王弥の率いていた青州兵は、そのまま石勒が吸収。河北一帯から中原にかけて広範囲の土地を有した匈奴漢最強の将は、いつしか本国すらも凌駕する国力を手にしていたのである。

 こうした石勒の動向を耳にしても、漢帝・劉聡は何も咎めようとしなかった。
 劉聡自身も王弥を始末しようと考えていたからなのか、膨れ上がった石勒の勢力を前に何も言えなくなっていたのか、それとも本当に政治に興味を失って気にも留めなかったのか、その心は分からぬままである。



 そんな最中、漢によって拉致されていた晋帝・司馬しばしょくが、劉聡によって処刑される事になる。当初は手元に置いて利用しようとしていた劉聡であったが、投降した晋の将たちが司馬熾を担いで内乱を計画している事を察知し、その首謀者もろとも見せしめに処刑したという流れであった。
 未だに抵抗勢力が残っていた関中では、司馬熾が処刑された事に憤り、亡き司馬模しばもの息子・司馬保しばぼが挙兵して長安を奪還。晋の初代皇帝・司馬しばえんの直系の孫である秦王しんおう司馬しばぎょうを第四代晋帝として擁立し、匈奴漢に対して徹底抗戦の構えを見せていた。
 これに対し関中の統治を任されていた劉曜は再び長安に出兵し、一進一退の攻防を繰り広げていたのである。
 前線で戦い続ける劉曜も、都での劉聡の堕落ぶりは耳にしていた。だがその生まれついての奇異な容姿のせいで幼い頃より周囲から迫害を受けていた劉曜は、そんな彼をずっと庇《かば》い続けてくれていた族兄を信じ続けていたかった。むしろ国の命運を、劉聡の分まで自分で背負い込んでしまっていた向きもある。



 こうして匈奴漢は、酒と女におぼれた劉聡とその取り巻きの靳準が領土の真ん中に控え、王弥の軍を吸収して本国を超える広範囲の領土と軍事力を保持した東の石勒。そして忠誠心の高い前線部隊を率いて関中平定に精を出す西の劉曜。
 そんな三つの内部勢力へと分かれてしまっていたわけだ。



「晋も大概だったが、ここも駄目かもな……」

 北宮純ほくきゅうじゅんは思わずそう呟いた。
 下邽にて匈奴漢に投降した彼は、命を取られる事は無かった。だが彼の存在を危険視した劉聡は、尚書しょうしょ(文書管理官)の役職に就けると、生かさず殺さず、まさに飼い殺しのような形で都である平陽に置いていたのである。

 別に晋朝への忠義があるわけでもない北宮純は、先の司馬熾擁立の反乱計画には加担しておらず、また劉聡が堕落していく様を諫める義理もない。ただ情勢の流れを冷静な目で傍観していた。
 それゆえに都での政争には距離を取り、また何もかもを忘れて戦場を駆ける事すら封じられた状況の中、尚書の職を淡々とこなしていた。
 そうなると自分の人生を嫌でも振り返って深く考えてしまう。己の身の振り方に最も悩んでいた時期であると言える。
 涼州刺史・張軌ちょうきの事は気に入っているが、もう年齢も年齢であり、先年に病に倒れてもいる。恐らく長くはないだろう。そうなると彼の息子たちの代になるわけだが、北宮純と良好な関係にあるのはあくまでも張軌個人であって、息子たちからは好かれているわけではない。
 結局は涼州に戻った所で、漢人特有の儒教的礼節に縛られた中に身を置く事になり、前と変わらず邪魔者扱いされるだろう。
 また彼はもうずっと独りで家族もない。
 故郷である涼州にも、晋にも、漢にも、どこにも彼の祖国は無かったのである。

「北宮尚書ですか?」

 そう声をかけられ、北宮純は声の主へと振り向いた。
 着古した農民のような服に、砂除けの外套マントを羽織った旅人のような風体。年齢は恐らく三十前後で北宮純と同世代。細身だがよく鍛えられている事が服の上からでも分かる、武人然とした男である。だが何よりも重要なのは、漢語ではなくきょう語で話しかけられた事であった。
 北宮純が誰何すいかすると、相手は笑みを浮かべて名乗る。

姚柯迴ようかかいの息子、姚弋仲ようよくちゅうと言います」

 羌族の部族のひとつ、姚一族の族長・姚柯迴は、元々は秦州しんしゅうに住んでいたのだが、そこは漢の劉曜軍と涼州の張軌軍が激突する場所となった。
 戦乱を避けて一族郎党を引き連れ、関中の北方にある安定あんていの辺りに移り住んだが、戦いの帰趨が漢に傾いた事を知ると、漢の内情を探る為に息子を情報収集に送ったという事だった。あるいは匈奴漢に降るべきかどうか検討しているという。
 その話を聞いた北宮純は苦笑しながら即答する。

「やめとけ。今降ったら余計な争いに巻き込まれる」

 酒と女に溺れている漢帝・劉聡は、既に体を壊して寝込む事も増えてきた。そう遠くない内に崩御するだろう。そうなれば、靳準、石勒、劉曜の三つの派閥に別れて内乱が起こるだろうと北宮純は踏んでいた。
 降るのなら、その内乱の結果を見極めてからでも遅くはない。北宮純は姚弋仲の肩を叩いてそう諭した。
 そんな北宮純の助言に感謝の言葉を述べ、父にそう伝えると言った姚弋仲は、次いで北宮純に言う。

「あなたはここに満足していないとお見受けしましたが、もしその時が来たら、我らの所に来てはくださいませぬか?」

 北宮純にとって、それは予想もしていなかった言葉であり、目を丸くしたまま反応に苦慮していた。姚弋仲は笑顔で続ける。

「あなたの活躍は、我らの所にも聞こえております。同じ羌族として誇らしいと父も言っておりますし、幼い息子たちもあなたの武勇伝に聞きほれています。何よりも、共にくつわを並べられるなら、これ以上に心強い味方はおりません」

 その言葉には何の偏見や嫌味もない。そんな言葉をかけてくれた者は、少年時代に親兄弟を亡くして以来、北宮純の人生にほとんどいなかった。
 嬉しいという感情があったのは間違いないのだが、その感情の表出に全く慣れていなかった北宮純は、どう答えたらいいか迷った。そして一言だけ返す。

「もし内乱が収束して、その時に生きていたら……、是非に」
「その日が来るのを、我らも楽しみにしておりますぞ」

 そうして同族とのやりとりを終えた北宮純は、先の見えなかった闇の中に、小さな光を見つけたような気がした。いつか自分が帰る場所が見つかったような暖かな気持ち。
 それはもう何年も忘れていた心持ちであった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屍山血河の国

水城洋臣
歴史・時代
恨みを抱いた死体が蘇って人を襲う。恐ろしくも悲しい歴史伝奇ホラー  複数の胡人(北方騎馬民族)が中華に進出し覇を競った五胡十六国時代の事。  漢人至上主義の下に起こった胡人大虐殺により、数十万人が殺され、その遺体は荒野に打ち捨てられた。  そんな虐殺が起きて間もない冀州・曲梁県で起こった恐ろしくも悲しい事件の顛末とは。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

春恋ひにてし~戦国初恋草紙~

橘 ゆず
歴史・時代
以前にアップした『夕映え~武田勝頼の妻~』というお話の姉妹作品です。 勝頼公とその継室、佐奈姫の出逢いを描いたお話です。

瓦礫の国の王~破燕~

松井暁彦
歴史・時代
時は戦国時代。 舞台は北朔の国、燕。 燕は極北の国故に、他の国から野蛮人の国として誹りを受け続け、南東に位置する大国、斉からは朝貢を幾度なく要求され、屈辱に耐えながら国土を守り続けていた。 だが、嫡流から外れた庶子の一人でありながら、燕を大国へと変えた英雄王がいる。 姓名は姫平《きへい》。後の昭王《しょうおう》である。 燕国に伝わりし王の徴《しるし》と呼ばれる、宝剣【護国の剣】に選ばれた姫平は、国内に騒擾を齎し、王位を簒奪した奸臣子之《しし》から王位と国を奪り戻し、やがて宿敵である斉へと軍勢へ差し向け、無二の一戦に挑む。 史記に於いて語られることのなかった英雄王の前半生を描いた物語である。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

御懐妊

戸沢一平
歴史・時代
 戦国時代の末期、出羽の国における白鳥氏と最上氏によるこの地方の覇権をめぐる物語である。  白鳥十郎長久は、最上義光の娘布姫を正室に迎えており最上氏とは表面上は良好な関係であったが、最上氏に先んじて出羽国の領主となるべく虎視淡々と準備を進めていた。そして、天下の情勢は織田信長に勢いがあると見るや、名馬白雲雀を献上して、信長に出羽国領主と認めてもらおうとする。  信長からは更に鷹を献上するよう要望されたことから、出羽一の鷹と評判の逸物を手に入れようとするが持ち主は白鳥氏に恨みを持つ者だった。鷹は譲れないという。  そんな中、布姫が懐妊する。めでたい事ではあるが、生まれてくる子は最上義光の孫でもあり、白鳥にとっては相応の対応が必要となった。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

処理中です...