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1章

19,クリスの稽古

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「ジーノは兵として悪くはないのだが、直情すぎるのが問題でな」
 練習場ではクリスが姿を現すこともあり、そんな日は同じ訓練といっても皆真剣な表情に変わっていく。クリスを視界に入れた瞬間に練習場の空気がガラッと変わるといってもいい。
「直情径行、よくわかります。利点でもありますし、欠点にもなりえますね。私は好きですけどね」
「それに、このような練習でも怪我をする人間が多いことは前々から課題だった。いまでこそこの国は落ち着いているが、いざという時に怪我をして出られませんでは、話にならないからな」
「上に立つ者が頭を悩める問題ですね」
 徒らに言葉を飾らず、ストレートに話をしてくるクリスとの会話は、グレンと同じように吉野は好ましく感じていた。
 クリスの地位は正式に国に雇われて地位が保証されているわけではなく、一時的な雇用関係にある。完全な実力社会というわけにもいかないようである。

 アルム国はマルクスやグレンのように王族との縁のある者は自然と地位が高まるような国である。王制や貴族制を基本とする、というのがこの世界の大半の国家のあり方だった。
(身分とか王様とか、今ひとつピンとこないんだよね)
 吉野はそう思いつつも、人類の過去の歴史の知識と照らし合わせながら自分たちの身の振り方を考える必要があるのだろうとも考えていた。自分たちの無知の行動が、いつ権力者の怒りに触れるかはわからない。このことは橘にも再三注意された。
 理念として民主主義を謳う国で育った吉野と橘は、もちろんそれが人類が獲得してきた一つの制度であることは理解していた。民主主義に問題がないともいえない。はっきりいってしまえば、それまでの制度よりはマシである、という制度に過ぎないかもしれなかった。
(まあ、個人が生まれたまま個として認められる、という価値観は制度を越えて必要だと思うけど)
 聞くところによれば、人権の意識もはっきりとはわからないままだった。奴隷制度はあるようだし、少数民族への迫害というのも起きているようである。牧歌的な世界、というのはそれこそフィクションの中にだけ存在しうる世界なのかもしれない。
(私たちの世界はどうなったのだろう)
 数万年後の人類は何を獲得し、何を失っていったのか。明るい未来ばかりだとは思えなかった。この世界もそうかもしれない。
 グレンから聞いた、「悪魔の夢」からやってくる魔物やこの世界にすでにいる凶悪な魔物と全人類が戦う状況になれば、一丸となる可能性はある、とは信じ切れなかった。たとえそんな状況になっても、人類の中には到底想像もできない行動をとる人たちだって一定数いるんだろう。
(ああ、なんだか思考が暗い方向に行っちゃうな)
 両頬をパチンと叩き、気合いを入れ直す。
「クリスさん、今日もお相手をお願いします」
「手は抜けないが」
「望むところです」
 ジーノとの一戦後、しばらく全体を指揮するだけだったクリスも、吉野に稽古をつける日を持つことが多くなった。周りからすれば信じられないという様子であり、しかしどのように稽古をするのかも気になっていた。クリスは吉野が終われば、他にも見所のありそうな兵に声をかけて指導をしていた。ジーノもその一人だった。
 簡単な型を反復し、技と技とを結びつける連携技、そこからの変化技、仮に武器を持っていたらどのような選択肢があるかなどクリスは吉野に言葉少なに、だが的確に教えていった。
(やはりこの人、群を抜いて強い)
 体格こそジーノと大きく異なるわけではないが、対峙した時に気迫を感じる。負けるとは思ってはいなかったが、勝てるとも思えなかった。声を挙げるわけでも、身体で威嚇するわけでもない。一つだけ感情を挙げるとすれば、怖い、というのが正直な気持ちだった。
 しかし、決して後ろ向きな気持ちにはならない。むしろ、怖い物見たさに似た感覚だろうか。
 クリスとの試合を眺めている橘は、「先生って結構危なげのある性格だよね」とあきれ顔で漏らしていた。
「いつか無茶するんじゃないかって心配ですよ」
 傍から見ているとそういう姿に映るものか、直視したこともなかったが、自分の中にまだ知らぬ自分がいるのかもしれないと吉野は思うのだった。
 クリスとのそんなやりとりの中でも、巴投げを使った時には一瞬クリスは慌てたようであった。もちろん、それも防がれたが一矢報いたという気持ちになった。
「その技だとあなたの背が先に地につくことになる」
 反則負けだ、と言い、自分が少しうろたえたことをさりげなく誤魔化そうとする姿を見て、この人なんか可愛いなと思った。

「ちっ、邪魔者が!」
 突然の罵倒に面食らった。
 吉野と橘が王城の中を歩いていたら、吉野の肩にぶつかってきた女がいた。曲がり角ではなく、さらに吉野たちはその場に立っていただけだったので、完全に故意である。二人が初めて見る顔の女だった。
「あ、ごめんなさい」
 思わず勢いで吉野は謝ってしまったが、これには間髪を容れず橘が言い返した。
「ちょっと、そっちからぶつかったんじゃないですか! 失礼ですよ!」
 一度謝罪をしたにもかかわらず、確かに橘が正しいと吉野には思えてきた。
「貴様らのせいで、グレン様が……ちぃっ!」
 吐き捨てるように言った女は、舌打ちまでしてそのまま去って行った。
「ええっ、一体なんなの!?」
 唖然としてそれ以上の言葉が出てこなかった。

「――ってことがあったんだけど、心当たりある?」
 今日も練習場でジーノと手合わせをしている最中に、吉野は訊いていた。マルクスやグレン、ケルナーに聞いた方が早かったが、ジーノのような立場の方がいらぬ問題が起きないだろうと吉野は思っていた。
「ああ、それはきっとグネリアですね。魔術士ですよ」
 会話中でも手を緩めてこないのがジーノの良いところだと吉野は感じている。
「グネリア? 面識がないんだけど、何か悪いことでもしたのかな……。よっとっ」
 隙を見せたジーノの左腕を巻きこんで倒していく。
「いてて……グレン様一途なんですよ」
「ああ、そういうこと」
 投げた左腕を引いて、ジーノが立ち上がるのを支えていった。
 部屋に戻ったところに橘がやってきたので、ジーノから聞いた話を話した。
「つまり、グレンが僕たちのところに入り浸りだから、嫉妬したってことですかね」
「なにそれ。単なる八つ当たりじゃない。それにグレンくんだって毎日来てるわけじゃないのにね」
「はっ、乙女心ってやつじゃないですかね?」
 ジーノの話によれば、グネリアはジーノよりも年下の19歳、幼い頃から魔術士になるべく努力をしてきて、若いながらも実力は確かなもので、魔術士の中でも上から数えた方が早いほどである。
 ただ、グレンに近づく者には容赦はなく、吉野たちのように被害を受ける人間がいるという話である。
「何にせよ、グレンくんたちには言わない方がいいよね。まあ、転移者だからって色眼鏡で見ない態度には感心するけど」
 吉野と橘が転移者であることは王宮内では周知であり、一部の人間を除けば態度がやはり仰々しいものになることが多く、二人としてはもっと気軽に会話をしたいがほとんど望めなかった。橘が通っている楽隊のメンバーはそういう意識は薄れているようだ。吉野も一緒に訓練をする兵とは徐々に打ち解けるようになってきた。ある程度、吉野や橘のことを知らないと、そういう意識にはならないようだ。
「とんだ色眼鏡だと思いますけどね。確かにマルクスさんたちにも言わない方がいいでしょうね。でも、次に何かあったらこっちも容赦なくやり返しますからね」
 珍しく橘が怒りを覚えているらしかった。
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