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第二部
23,宰相の仕事〔1〕
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宰相になってからの仕事量は、ソーランド公爵領主の比ではなかった。最初の2,3ヶ月の平均睡眠時間はたぶん3、4時間程度だった。
日本でいう首相やいくつかの大臣の仕事を兼ねているようなものである。
だから、あらゆる部署に顔を出す必要があった。
これまでバカラはこの国の土建業関連と農業関連の総責任者という立場だった。
それは多分に土の大精霊との契約者に適していたからなのだろう。ソーランド公爵領だけでなく、この王都に来てからもたくさんの建築物をガンガン建てていけたのはいわばこういうツテがあるからである。
この国には下水処理システムが貫通している。つまり、王都の地下にはそういう施設がある。ソーランド領もそうである。
それは先々代よりも前のソーランド家の人間や土の精霊との契約者たちが中心になって代々作りあげてきたものである。
地球では糞尿で臭かった時代があったが、この国には少なくともそういう臭いはない。さすがにゲームでヒロインがこの国にやってきて臭いというのは致命的だったからでもあるのだろう。
そして、カーサイト公爵家のザマスはこうした下水や汚水をできる限り綺麗にする、そういう仕事を地味にやっている。
もちろん、ザマス本人がわざわざ行っているのではなく、その部下がやっているのだが、それでもザマスは全て丸投げしているわけではない。ザマスは嫌みで皮肉屋だが、最低限の仕事はしていた。
まあ、今さらだが上下水道システムがあっても、人が使用する石けんがないというのは奇妙な話ではある。
先々代になってからは王都のインフラ整備は落ち着いていたのもあったため、バカラが家の中にいて王宮にほとんど行かなくても良かったのはこういう特殊な職にあったからである。まあ、バカラ自身、あまり王宮に行きたくないと考えていたところはある。
それでも日本でもそうだったように、老朽化は免れ得ないわけであり、適度に改修をしている。ただ、物質が異なるせいなのか、耐用年数は地球よりも遙かに長いものが多いような印象を受ける。天変地異がこの大陸では稀なことも要因なのだろう。
一転して宰相の職に就いてからは、経済や軍備や外交、国内の安全保障、魔物対策、各領地からの税金、輸出入の関税、法令、教育、式典等々、範囲が広くて、とても細かいところまでは見ていられなかったが、できる限りより望ましいものになるように進言や決定をした。
どれが効率か非効率かというのはすぐには判断できないものだが、明らかにこれは非効率的であると思われるものには現場の意見を取り入れながらざっくりとメスを入れていった。
あのゲス・バーミヤンがまともに仕事を行っていたとは思えない。
もしかして知らなかっただけで、ゲスは有能だったのか。いや、それは到底考えられない。
そのことと関係があるのか、各部署の責任者はどうも私に対して当たりが強い。
私が根掘り葉掘り訊いたり、「それは却下だ」と言ったり、予算申請もやり直しをさせたりと、簡単にハンコを押さなかったからだろうと思う。もちろん、まだ第一王子派もいたという理由もある。
先日は会議で王都のスラム街対策で一悶着あった。
いろいろな会議があるが、多くの要人が集まる会議は定期的に週1回行われる。参加しない場合は代理人を立てるか、出席する誰かに委任する。
バカラと、そして私がこの世界にやってきてからの数年間は参加しなかったが、マース侯爵家のドナンや他の穏当な人間に委任していた。
時にはカーサイト公爵家のザマスにも頼んでいたこともあったのは意外だが、ゲス・バーミヤンにだけは絶対に委任はしなかった。
さて、王都のスラム街はソーランド領とは比較にならないほど深刻である。
王領があり、その中心部である王都は王城から扇状に広がっていくのだが、近い順に貴族たちの家々が並び、次に住民街や商業地、工業地などが区域毎に分けられているが、これは大まかな区分けであり、実際には混雑している。そして、それらを全体的に囲うように高い塀がある。
これはかつて魔物がやってきた時の名残だと言われていて、立てこもって魔物を追い払ってきたようである。魔物を定期的に間引くことがなかった昔は、しょっちゅう魔物がやってきたという。
王都といっても、この塀に囲まれた場所だけを言うのではなく、実際には王領と呼ぶべきであって、その周辺の街や村なども含んでいるのだが、塀に囲まれた場所を王都と呼ぶ人間も貴賤を問わず多くいる。
これは貴族たち以外の庶民たちも一種の選民思想に染まっているようなところがある。この大陸でバラード王国が盛り上がるとこういう勘違いを助長させることになってしまったのは、なんともいえない気持ちの悪さがある。
周辺の街や村は多くは工業に従事しており、ドジャース商会やアリ商会などの商会の下請けの工場などがある。
ただ、それらの街や村には高い塀はなかった。
「ソーランド公爵様のお手を煩わせることなど、もったいないことです」
「よい。私の仕事だ。それより他に気になるところはないか? 何度も来られることじゃないので一度にやっておきたい」
治安の心配があったので、私がこの王都にやってきた際にはソーランド領で行ったようにそれぞれに土壁を作って外敵からの侵入を防ぐことにしたり、住民たちの声を聞いていくつか不便な場所には手を加えた。
ある意味では技術が集結している場所なので、この地で過ごす際の不安の芽は全て摘み取ってしまいたい。
スラム街はそうした街や村にあるのではなく、みなが王都と呼ぶ場所の中にあり、その数は1000人はくだらないと言われている。
戦災はないが、たとえば親が冒険者や護衛となって命を落とした場合や失業して首が回らなくなったらこういう場所に移り住んでいくことがある。おそらくゲームの中には出てこなかったのだろう。かなり離れた場所に独自の街を作っているかのようである。
今ではもうなくなったがまるで九龍城のような要塞とでも言ってもいい景観だった。それだけ長い年月をかけてここも作られたということなのだろうと思う。
まあ、九龍城ほど人口密度は高くはなさそうだし小さいが、違法建築が横行しているかというとそうでもなさそうである。この世界の建築技術は不思議と高い。
ただ、迷いの森に面した塀近くにあるので、もし森から魔物がやってきて高い塀を乗り越えられたり、壊されたりしたら一番に被害を受けるのはこのスラム街だろうと思う。
そのスラム街が犯罪の温床となっていることは随分前から言われていて、そうまでしなければ生活ができない実態があることは明らかだった。実際の犯罪者が一時的に姿を隠すために住んでいることもあると聞いている。
ここの人々は他の王都民に比べて賃金がべらぼうに安いことも言われていて、不当な扱いを受けているとしか言いようがない。ただ、そのことが政治の場で問題視されることはどうやらなかったようである。
一応、スラム街には元締めではないが、そのような人間がおり、本当に好き勝手をやっているわけでもないようだ。
スラム街対策は国としては特に何もしていない。
税は免除されているようだし、仮に税を取ったとしても微々たるものだと思っているらしかった。
このことについて会議が行われた。スラム街住人の犯罪率の高さが問題となっていた。
「犯罪者どもめ、せっかく住まわせてやってるのに忌々しいことだ」
ゲス・バーミヤンである。
この男は宰相の座を退いても、だいたい最初に意見を言う。
このゲスの意見を先に聞いた他の人間たちがゲスの意向に沿うように忖度して発言をしていくことがこれまで行われてきたことだった。
「窓開けて」とは言わずに「暑いな」と言って、周りの人間が窓を開けるようなものである。
「では、みなはスラム街の民たちにそこで死ねと命じているようなものだな」
「いや、宰相。今の言葉は聞き捨てなりませんぞ」
ゲス・バーミヤンがさっそく私の発言に噛みついてきた。
この男は私が何かを発言する度に逐一「いや」とか「でも」とか反論してくる。いやでもだって、こうした否定的な接続詞を使うのが若者ならまだ理解ができるが、40歳を越えて50歳にもなろうとする人間から発せられると、不快感しかない。
「なぜだ? 王都内に場所だけ与えてただ見ているのだろう。それがそこで死ねということ以外であれば、いったい何を意味するのだ?」
「ふん、場所を与えているだけましじゃないか」
「はは、それでは我々貴族たちの処遇と変わらないじゃないか」
この発言にはみなが不満の色を強くした。第二王子派の人間も嫌な顔をする。
「今の言葉は取り消されよ。陛下の御前でなんたる暴言を吐くのか!」
その国王は、ただ私とゲスのやりとりを聞いているだけである。隣にはアベル王子も臨席している。第一王子はこんな会議に興味などないのだろう。
「では、ゲス殿は我々とスラム街の住人との違いはどこにあるとお考えなのか?」
「私たちはきちんと王へ税を納めている。何も生産性のない人間たちとは違うのだ」
その割にバーミヤン公爵領では税率は高くして、私腹を肥やすことにしか使っていないだろう、とは言わなかった。この男にはそんなことを言っても何も痛みは感じない。
それにしても「生産性」なんて嫌な言葉を吐くものだ。どの口で言うのか。それにお前など何もせずとも勝手に納税されるシステムじゃないか。「生産性」という言葉を生きている人間に対して用いる権力者にまともな人間はいない。
「そうだ。私たちは領地を賜り、それに見合う形でそれぞれが貢献をしている。税という形に限らない。この義務を絶えず果たしているからこそ我々はこの国の貴族であり続けられている。そして、国民もそうだ。だが、スラム街の住人にはそれが一切免除されている」
「それが陛下の御慈悲である。なぜそのことを理解せぬのか」
「御慈悲? それはスラム街の住人から義務を免除することであり、その義務を御慈悲という形で永久的に取り上げているかぎりこの国の住人とは異なるということを意味する。だから、その義務を適切に果たすようにさせることがまずもって必要な処置である」
「論点がズレている。その義務を果たせないからあのような場所にいるのだぞ」
「論点がズレると言えば反論できるとお思いか。何もズレてもぶれてもいない。因果関係が逆だ。あのような場所にいるから義務が果たせないのだ。その義務を果たせないようにしてきたのは、いったい誰だ?」
「義務を果たせたからってあいつらが何の役に立つのだ」
「それでは、あなたは人を見ただけで最初からどのような役に立つのかがわかるのか? はは、なんとも稀有で素晴らしい人相見だ。一度ぜひその力をこの国に役立てるといい。民を『あいつら』呼ばわりするあなたに何が見えようか」
この発言はさすがにゲスの逆鱗に触れたようである。
「この、な、なにを馬鹿なことを申すのだ!!」
「お二人とも、感情でおっしゃいますな。会議の場ですぞ!」
口を挟んだのは騎士団長のドナン・マースだった。
日本でいう首相やいくつかの大臣の仕事を兼ねているようなものである。
だから、あらゆる部署に顔を出す必要があった。
これまでバカラはこの国の土建業関連と農業関連の総責任者という立場だった。
それは多分に土の大精霊との契約者に適していたからなのだろう。ソーランド公爵領だけでなく、この王都に来てからもたくさんの建築物をガンガン建てていけたのはいわばこういうツテがあるからである。
この国には下水処理システムが貫通している。つまり、王都の地下にはそういう施設がある。ソーランド領もそうである。
それは先々代よりも前のソーランド家の人間や土の精霊との契約者たちが中心になって代々作りあげてきたものである。
地球では糞尿で臭かった時代があったが、この国には少なくともそういう臭いはない。さすがにゲームでヒロインがこの国にやってきて臭いというのは致命的だったからでもあるのだろう。
そして、カーサイト公爵家のザマスはこうした下水や汚水をできる限り綺麗にする、そういう仕事を地味にやっている。
もちろん、ザマス本人がわざわざ行っているのではなく、その部下がやっているのだが、それでもザマスは全て丸投げしているわけではない。ザマスは嫌みで皮肉屋だが、最低限の仕事はしていた。
まあ、今さらだが上下水道システムがあっても、人が使用する石けんがないというのは奇妙な話ではある。
先々代になってからは王都のインフラ整備は落ち着いていたのもあったため、バカラが家の中にいて王宮にほとんど行かなくても良かったのはこういう特殊な職にあったからである。まあ、バカラ自身、あまり王宮に行きたくないと考えていたところはある。
それでも日本でもそうだったように、老朽化は免れ得ないわけであり、適度に改修をしている。ただ、物質が異なるせいなのか、耐用年数は地球よりも遙かに長いものが多いような印象を受ける。天変地異がこの大陸では稀なことも要因なのだろう。
一転して宰相の職に就いてからは、経済や軍備や外交、国内の安全保障、魔物対策、各領地からの税金、輸出入の関税、法令、教育、式典等々、範囲が広くて、とても細かいところまでは見ていられなかったが、できる限りより望ましいものになるように進言や決定をした。
どれが効率か非効率かというのはすぐには判断できないものだが、明らかにこれは非効率的であると思われるものには現場の意見を取り入れながらざっくりとメスを入れていった。
あのゲス・バーミヤンがまともに仕事を行っていたとは思えない。
もしかして知らなかっただけで、ゲスは有能だったのか。いや、それは到底考えられない。
そのことと関係があるのか、各部署の責任者はどうも私に対して当たりが強い。
私が根掘り葉掘り訊いたり、「それは却下だ」と言ったり、予算申請もやり直しをさせたりと、簡単にハンコを押さなかったからだろうと思う。もちろん、まだ第一王子派もいたという理由もある。
先日は会議で王都のスラム街対策で一悶着あった。
いろいろな会議があるが、多くの要人が集まる会議は定期的に週1回行われる。参加しない場合は代理人を立てるか、出席する誰かに委任する。
バカラと、そして私がこの世界にやってきてからの数年間は参加しなかったが、マース侯爵家のドナンや他の穏当な人間に委任していた。
時にはカーサイト公爵家のザマスにも頼んでいたこともあったのは意外だが、ゲス・バーミヤンにだけは絶対に委任はしなかった。
さて、王都のスラム街はソーランド領とは比較にならないほど深刻である。
王領があり、その中心部である王都は王城から扇状に広がっていくのだが、近い順に貴族たちの家々が並び、次に住民街や商業地、工業地などが区域毎に分けられているが、これは大まかな区分けであり、実際には混雑している。そして、それらを全体的に囲うように高い塀がある。
これはかつて魔物がやってきた時の名残だと言われていて、立てこもって魔物を追い払ってきたようである。魔物を定期的に間引くことがなかった昔は、しょっちゅう魔物がやってきたという。
王都といっても、この塀に囲まれた場所だけを言うのではなく、実際には王領と呼ぶべきであって、その周辺の街や村なども含んでいるのだが、塀に囲まれた場所を王都と呼ぶ人間も貴賤を問わず多くいる。
これは貴族たち以外の庶民たちも一種の選民思想に染まっているようなところがある。この大陸でバラード王国が盛り上がるとこういう勘違いを助長させることになってしまったのは、なんともいえない気持ちの悪さがある。
周辺の街や村は多くは工業に従事しており、ドジャース商会やアリ商会などの商会の下請けの工場などがある。
ただ、それらの街や村には高い塀はなかった。
「ソーランド公爵様のお手を煩わせることなど、もったいないことです」
「よい。私の仕事だ。それより他に気になるところはないか? 何度も来られることじゃないので一度にやっておきたい」
治安の心配があったので、私がこの王都にやってきた際にはソーランド領で行ったようにそれぞれに土壁を作って外敵からの侵入を防ぐことにしたり、住民たちの声を聞いていくつか不便な場所には手を加えた。
ある意味では技術が集結している場所なので、この地で過ごす際の不安の芽は全て摘み取ってしまいたい。
スラム街はそうした街や村にあるのではなく、みなが王都と呼ぶ場所の中にあり、その数は1000人はくだらないと言われている。
戦災はないが、たとえば親が冒険者や護衛となって命を落とした場合や失業して首が回らなくなったらこういう場所に移り住んでいくことがある。おそらくゲームの中には出てこなかったのだろう。かなり離れた場所に独自の街を作っているかのようである。
今ではもうなくなったがまるで九龍城のような要塞とでも言ってもいい景観だった。それだけ長い年月をかけてここも作られたということなのだろうと思う。
まあ、九龍城ほど人口密度は高くはなさそうだし小さいが、違法建築が横行しているかというとそうでもなさそうである。この世界の建築技術は不思議と高い。
ただ、迷いの森に面した塀近くにあるので、もし森から魔物がやってきて高い塀を乗り越えられたり、壊されたりしたら一番に被害を受けるのはこのスラム街だろうと思う。
そのスラム街が犯罪の温床となっていることは随分前から言われていて、そうまでしなければ生活ができない実態があることは明らかだった。実際の犯罪者が一時的に姿を隠すために住んでいることもあると聞いている。
ここの人々は他の王都民に比べて賃金がべらぼうに安いことも言われていて、不当な扱いを受けているとしか言いようがない。ただ、そのことが政治の場で問題視されることはどうやらなかったようである。
一応、スラム街には元締めではないが、そのような人間がおり、本当に好き勝手をやっているわけでもないようだ。
スラム街対策は国としては特に何もしていない。
税は免除されているようだし、仮に税を取ったとしても微々たるものだと思っているらしかった。
このことについて会議が行われた。スラム街住人の犯罪率の高さが問題となっていた。
「犯罪者どもめ、せっかく住まわせてやってるのに忌々しいことだ」
ゲス・バーミヤンである。
この男は宰相の座を退いても、だいたい最初に意見を言う。
このゲスの意見を先に聞いた他の人間たちがゲスの意向に沿うように忖度して発言をしていくことがこれまで行われてきたことだった。
「窓開けて」とは言わずに「暑いな」と言って、周りの人間が窓を開けるようなものである。
「では、みなはスラム街の民たちにそこで死ねと命じているようなものだな」
「いや、宰相。今の言葉は聞き捨てなりませんぞ」
ゲス・バーミヤンがさっそく私の発言に噛みついてきた。
この男は私が何かを発言する度に逐一「いや」とか「でも」とか反論してくる。いやでもだって、こうした否定的な接続詞を使うのが若者ならまだ理解ができるが、40歳を越えて50歳にもなろうとする人間から発せられると、不快感しかない。
「なぜだ? 王都内に場所だけ与えてただ見ているのだろう。それがそこで死ねということ以外であれば、いったい何を意味するのだ?」
「ふん、場所を与えているだけましじゃないか」
「はは、それでは我々貴族たちの処遇と変わらないじゃないか」
この発言にはみなが不満の色を強くした。第二王子派の人間も嫌な顔をする。
「今の言葉は取り消されよ。陛下の御前でなんたる暴言を吐くのか!」
その国王は、ただ私とゲスのやりとりを聞いているだけである。隣にはアベル王子も臨席している。第一王子はこんな会議に興味などないのだろう。
「では、ゲス殿は我々とスラム街の住人との違いはどこにあるとお考えなのか?」
「私たちはきちんと王へ税を納めている。何も生産性のない人間たちとは違うのだ」
その割にバーミヤン公爵領では税率は高くして、私腹を肥やすことにしか使っていないだろう、とは言わなかった。この男にはそんなことを言っても何も痛みは感じない。
それにしても「生産性」なんて嫌な言葉を吐くものだ。どの口で言うのか。それにお前など何もせずとも勝手に納税されるシステムじゃないか。「生産性」という言葉を生きている人間に対して用いる権力者にまともな人間はいない。
「そうだ。私たちは領地を賜り、それに見合う形でそれぞれが貢献をしている。税という形に限らない。この義務を絶えず果たしているからこそ我々はこの国の貴族であり続けられている。そして、国民もそうだ。だが、スラム街の住人にはそれが一切免除されている」
「それが陛下の御慈悲である。なぜそのことを理解せぬのか」
「御慈悲? それはスラム街の住人から義務を免除することであり、その義務を御慈悲という形で永久的に取り上げているかぎりこの国の住人とは異なるということを意味する。だから、その義務を適切に果たすようにさせることがまずもって必要な処置である」
「論点がズレている。その義務を果たせないからあのような場所にいるのだぞ」
「論点がズレると言えば反論できるとお思いか。何もズレてもぶれてもいない。因果関係が逆だ。あのような場所にいるから義務が果たせないのだ。その義務を果たせないようにしてきたのは、いったい誰だ?」
「義務を果たせたからってあいつらが何の役に立つのだ」
「それでは、あなたは人を見ただけで最初からどのような役に立つのかがわかるのか? はは、なんとも稀有で素晴らしい人相見だ。一度ぜひその力をこの国に役立てるといい。民を『あいつら』呼ばわりするあなたに何が見えようか」
この発言はさすがにゲスの逆鱗に触れたようである。
「この、な、なにを馬鹿なことを申すのだ!!」
「お二人とも、感情でおっしゃいますな。会議の場ですぞ!」
口を挟んだのは騎士団長のドナン・マースだった。
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