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第一部

54,カレン先生の物語〔1〕

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 最初、カレン先生はためらいがちだった。
 いつもならば落ち着いている表情だったのだが、どこか様子がおかしい。
 だから思い切って事情を訊いてみることにした。

「カレン先生、もしかして王都へはあまり良い思い出がないのですか?」
「…………はい、そうなのです」

 何らかの過去があるのだろう。

「それはどのような?」

 カレン先生は伏し目がちだったが、やがて顔を上げて言った。 

「……バカラ様におかれましては、少々私への見方が変わると思いますが、馬鹿な人間の昔話に付き合っていただけますか?」
「ああ、それならもちろん」

 語られたことは、カレン先生の過去の話だった。

 先生はこの国の出身ではなく、他国の一貴族の娘だった。
 あまり良い親子関係ではなかったらしいが、カレン先生は学問を究めたいと思って、縁を切られることが前提でこのバラード学園の一般コースに入った。そして実際に縁は切られた。
 その国よりもまともな教育機関だったのがまさかのあのバラード学園であるとは信じられない思いである。

 一般コースには、多額の入学金や寄付金を払うとたいてい入学できるが、そうでない庶民は特別枠を獲得する必要がある。
 要はすこぶる優秀な人間しか入れない。カレン先生はその枠である。
 そこでは貴族たちからの嫌がらせが例に漏れず起きていたらしく、しかもカレン先生は優秀な生徒だったから目を付けられたのは火を見るよりも明らかだ。

 その嫌がらせの時間をどうして無学の自分の勉学にあてないのか、愚者の行動には推測が追いつかない。

 当時、カレン先生が卒業する次の年度から学園の講師採用があったらしい。

 学園の講師は一応王立の研究員という身分が与えられ、いわば日本でいう大学の教員のような待遇になる。相手をする学生は高校生なので、高等専門学校の教員に近いのかもしれない。

 カレン先生が在学当時にはまともな一般コースの講師もいたらしく、採用に関しての推薦状なども世話になり、3年間の成績も追随ついずいを一切許さないほどに常にぶっちぎりだったこともあって、これは間違いないと思われたのだった。
 すなわち、卒業と同時にその学園で働くというわけである。

 そんなある日のことだった。

「学園を卒業する数日前でした。その日、私を推薦してくださった先生の部屋に呼ばれました。先生が一枚の紙を見せてきました。そこには先生の懲戒解雇が宣言されていました」

「まさか、懲戒免職通知ですか? どうして? その理由は?」

「はい。それが、私という特定の個人に特別に便宜を図って、公平であるべき身分にそぐわず、学園の風紀を乱し、到底見過ごせない多大なる悪影響を与えたと書かれてありました。でも、そんなことはありえないんです。先生は私だけではなく、いえ、私以上に目をかけて世話をしていた学生がたくさんいたんですから。私以外にも他の就職先をお世話してくださったり、ご尽力されていました。私がいた時よりもずっと前からです。私のような立場の学生たちはみんな先生を敬愛していました。先生を悪く言う人など、限られています」
 
 世も末である。なんとも胸くその悪い話だ。やはり10年以上前から学園は腐りきっていたわけだ。そりゃ悪鬼が跋扈ばっこするはずである。
 バカラの中に魔法使いコースの頃の記憶はあって、カレン先生とはぎりぎり重なっていないが、バカラ自身にはその手の嫌がらせはない。おそらく公爵家の人間であることや先代が生きていたからである。だから、学園の腐敗にも違和感を抱きつつも気づけなかった節がある。

 そのカレン先生の恩師は先生と同じく、一般コースの特別枠に通った学生たちを世話していたようだ。

「その数日後、私に学園から不採用の通知が届けられました」
「それで、貴族の子弟に教えることになったと?」
「はい」

 それからの十年は本当に辛い生活を送っていたようだ。
 その後、評判を聞いたバカラがカーティスとアリーシャのために招聘しょうへいしたという流れとなる。
 この話はどうやらカレン先生はバカラにはしていない。
 一方の、カレン先生の恩師の話が続いた。

「先生は、部屋で解雇の通知書を私に見せてくれた後、笑ったんです」

 そう続けたカレン先生の目から一筋の涙が静かに頬を伝う。かまわず話は続いていく。

「『カレン、君のせいじゃない。それに私は自分が最後まで正しいことをしたと思っているし、一切の後悔はない。自分で褒めたいくらいさ。それよりも、若い君たちに苦労をかけることを強いた私たちを許してほしい。そして、決して腐らないでほしい』、先生はそうおっしゃいました。そして、間もなくして先生は学園を去りました。その後、いくつかの家に教えに行くことになりましたが、やはり誰かから妨害を受けていました。教えている家から『もう来ないでくれ』と断られたことも度々ありました。そして最後にはお亡くなりになりました。胸にご病気があったそうです」

 酷い。酷すぎる話である。
 その妨害というのもカレン先生に嫌がらせしていた連中たちのことなのだろう。
 そして、その恩師の死を知り、カレン先生は貴族の子弟を教えながら真っ当な子たちを育てる気持ちを強くもった、そういうことなんだろう。

「それで、カレン先生はその先生の遺志を継がれようとされたんですね」

 それを聞くとカレン先生が首を振りながら笑った。

「……いえ、違うんですよ、そんなに綺麗な話じゃないんです」

 この発言はした方がよかったのか、するのではなかったのかと後に深く悔やむことになる。
 考えなしに表面的な慰めをした浅ましい私に罰が下った。
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