春風の香

梅川 ノン

文字の大きさ
上 下
12 / 54
4章 蒼の家

しおりを挟む
 夕方高久が、ケーキを土産に帰宅した。
「うわあーうまそうだ! ふふっ、全部同じのだな」
「ああ、二人とも蒼君と同じものがいいだろうと思ってね」
 彰久は無論、尚久も蒼と同じじゃないと収まらないのが常だった。
「結果はどうだったかって、聞くまでもないかな。不安そうな顔じゃないな」
「いや、不安はあります。あき君やなお君と遊んでたら気が紛れて」
「もう終わったんだから、その方がいい。で、いつ越してくるんだい」
「あっ、お部屋見ました。あんな、立派なお部屋建ててくださって、本当にありがとうございます」
 雪哉には既に言ったが、高久にも改めてお礼を言う。
「気に入ってくれたなら良かったよ。試験が終わったんだから、引越しは早い方がいいんじゃないのか」
「僕もそう思うよ。合格発表が終わると、入学まで何かと忙しくなる。今のうちに越してきて落ち着いた方がいい。彰久の入学を控えているから、僕も助かるし」
「早速、書生の仕事させようって腹だな」
「まあ、そうなんだけど、蒼君がいてくれると助かるんだよ」
「僕がお役に立てるなら嬉しいです。引っ越しは家に帰って、父に話してから早急に決めます。僕も早く来たいので」
「うん、決まったら連絡して。引っ越し業者は手配してあるから、君は心配しなくていいからね」
 あっ、そうだった。引っ越し業者のことなんて全然考えていなかった。蒼は、申し訳なくて、遠慮の虫が出そうになる。
「遠慮はいらないよ。こういう事は、受け入れる側がするってのが常識だから。それと、荷物は持ってきたいものは全部持ってきていいからね。本とかもね」
「あおくん、いつこしてくるの?」彰久が会話に割り込んできた。
「まだ決まってないけど、なるべく早く来るよ。それでね、あき君、引っ越しの準備とかあるから、今日は帰るね」
「えーっ! 帰っちゃうの!」
 当然泊まると思っていた彰久が不満の声を上げると、尚久まで、「えーっ!」と言う。
「全く、お前たちは。いいかい、あお君今日は帰った方が、それだけ早く越してこられるんだぞ。今日は我慢したほうがいいと思うぞ」
 雪哉の説得に、幼い二人は渋々頷く。
「よしっ、蒼君夕飯食べてから帰りなさい。送っていくから」
「そうだね、じゃあぼちぼち夕飯の支度をするか、今日はデザートが楽しみだな」
 雪哉の言葉に、尚久は「ケーキだあ!」と喜んでいるが、彰久の顔色はいまいちさえない。
「あおくん、こしてきたらあそびにきてもいい」
「もちろんいいよ」
「いっしょにねてもいい」
「あき! 毎日はだめだぞ!」すかさず雪哉が言うと、「ママにきいてないもん」ポツリと言う。雪哉には聞こえてないが、蒼には聞こえた。蒼は彰久の頭を優しく撫でてやった。

 蒼は、三日後には越してきた。引き止められない事を幸いに、さっさと事を進めた結果だった。
「いいか、二人とも今日は蒼君の引っ越しだ」
 雪哉の言葉に、飛び跳ねて喜ぶ彰久と尚久。
「お前たちがうろちょろすると、邪魔になるし、危ない。引っ越しが終わるまでは蒼君のおうちにはいかない事! いいな!」
 しっかりと釘を刺された二人は、神妙に頷く。普段は優しいが、この断固とした口調に逆らうと怖いのは知っていた。
「なおくん、にーにとブロックしよ」
 彰久は、気になってしょうがないが、弟と遊びながら、待つことにする。だけど、気になるから、時折尚久の手を引いて、蒼のおうちをそーっと見に行く。何人かの人が出入りしていたが、その人たちは帰ったみたいだ。彰久は心躍らせて、雪哉に聞いた。
「ママ、おじさんたち帰ったけど、おひっこしおわったの?」
「粗方終わったよ。後は蒼君が細々片付けてる。あと少しだよ。終わって蒼君が出てくるまで、もうちょっとの辛抱だ」
 もうちょっとの辛抱か……彰久はソワソワして落ち着かない。蒼の家の近くで、あおくん、早く出てこないかなあと、歩き回る。しばらく、そうしていると、大好きな蒼が出てきた。彰久は、ぱーっと顔を輝かせて、蒼に走り寄り、抱きついた。
「あき君!」
「あおくん! おひっこしおわった」
「おわったよ、中見てみる」
 蒼は、彰久と、遅れて抱きついた尚久の二人を中に招いた。
「うわあーここがあおくんのおうちなんだね」
 空っぽの時見たのとは、様子が違っていた。なんだか、よりあおくんのおうちって感じがする。彰久は寝室を見ると「ぼく、きょうここでねたいな」と甘えてくる。その目はきらきらして、蒼は抗えないものを感じる。
「そうだね、ママのお許しが出たらいいよ」
 結局雪哉には、今日は特別と釘を刺されたが、了解をもらうことになる。

 この日の北畠家の夕食は、蒼の歓迎の食卓となった。蒼は、食べきれないほどのご馳走に、心からの歓迎を感じた。そして何より彰久と、尚久の喜びようが嬉しい。書生となった蒼にとって、結惟も入れて子供三人は、主家の子供になる。心を込めてお世話しようと心に誓った。
「あおくんおいしいね、いっぱいたべたね」
「うん、美味しいから一杯食べたよ。あき君も沢山食べて偉いね」
 蒼は彰久の頭を撫でてやる。最初の頃は、口の周りを拭いてやっていたが、今では自分で拭いている。大きくなったなあと思う。
「ママ、デザートあるの?」
「勿論あるよ。今日は特別な日だからね、パパが買って来てくれたよ」
「わあーい!」
 彰久と尚久が歓声を上げる。蒼も声こそ上げないが、嬉しくて顔がほころぶ。ほんとに幸せだと思いながら、デザートのゼリーを食べる。プルンとして瑞々しくて美味しかった。

 デザートが済むと楽しい食事も終わった。次はお風呂へ入ることになるのだが、雪哉が結惟を入れて自分も入る。次に高久が尚久と入る。最後に蒼と彰久が入る事に決まる。
「結局泊まりに来てた今まで通りだね。蒼君の部屋にもお風呂あるから、一人でゆっくり入りたいだろう」
「いいえ、そんなことないです。あき君と入ると楽しいし、僕書生ですし」
「あははっ、早速書生さんかあ、じゃあお願いするね」
「しょせい……?」
「蒼君のことだよ。お前たちのお世話をしてくれたり、そうだ! 彰久は小学校へ入学するから、勉強も教えてもらえる」
「そうなの? あおくんがおしえてくれるの?」
「ああ、おうちではな、だから、蒼君のゆうことちゃんと聞かないとだめだぞ」
「きくよ、ちゃんときくよ。ぼく、あおくんだいすきだもん!」

 お風呂から出ると彰久はいつ寝てもいいようにパジャマを着る。これは北畠家の子供たちの習慣。
「ママーあおくんのおうちにいってもいいんだよね」
「蒼君いいかな? 毎日入り浸りにはさせないから」
「大丈夫ですよ、勉強が忙しくなればあれだけど、そうじゃない時はいいですよ」
「こういう事は最初が肝心だ。今日は特別、これからも休日限定にしよう。それでいいかい」
 高久の言葉に蒼と雪哉は頷く。続いて、高久は彰久にも言って聞かせると、彰久も渋々ながら頷いた。

「あき君、いったんお外に出るから上着を着ないと寒いよ」
 蒼が彰久に上着を着せる。僅かな間だが、外気に当たる。三月初旬夜の外気は冷たいから、風邪を引かせたくない。上着だけでなく、マフラーまで巻いてもらった彰久は、蒼と手を繋いで出かけていく。
 見送る雪哉は、なんだか感慨深い思いを抱き、いやいや、いつもの客室が離れに代わっただけだと思い直す。なにか、外へ外泊に出かける雰囲気だが、あくまでも同じ敷地にある離れなのだから。

 蒼の部屋に入った彰久はウキウキ気分で、寝室に入る。
「あき君、もう眠たい? お休みする?」
「まだだけど、おふとんでおはなしする」
「そうだね、そうしようか」
 蒼は、彰久のマフラーを取り、上着も脱がせてやると、彰久は自分で布団に入る。蒼も彰久の横に寝ると、ぎゅーっと抱きついてきた。
「あおくんとねるのひさしぶり」
「そうだね、試験があったからお泊りも来てなかったもんね」
「うん、ぼくねさびしかったけどがまんしたよ。ママがねいまがまんしたら、あおくんずーっといっしょにいられるようになるって」
「うん、そうだよ。これからは、ずーっと一緒だよ。僕のうちはここになったから」
 そう言うと、更に抱きついてくる。小さいけどその力は強くて、もう絶対に離さないという意思を感じる。蒼は心の底から愛おしさが沸き、自分もぎゅっと抱きしめたくなるが、小さい彰久が壊れないように、そっと抱きしめて頭を撫でてやる。
 二人はそのままの姿勢で、彰久が一生懸命に話すのを、蒼が聞いてやる。すると、段々と彰久の口調がゆっくりになり、目をしょぼつかせる。あーっ眠たいんだなあと、思っているとそのうちすーっと目を閉じる。あっという間にすやすやと眠る彰久。蒼も、朝からの忙しさに眠気がきていたので、自分も目を閉じて眠った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

婚約者様、勝手に婚約破棄させていただきますが、妹とお幸せにどうぞ?

青杉春香
恋愛
フラメル家の長男であるライダと婚約をしていたアマンダは、今までの数々ののライダからの仕打ちに嫌気がさし、ついに婚約破棄を持ちかける。 各話、500文字ほどの更新です。 更新頻度が遅くてすみませんorz

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

悪役令嬢と噂されているので、全力で逃げることにしました!〜できれば静かに暮らしたい〜

矢野りと
恋愛
『ほら、ご覧なさって。あそこにいるのが噂の公爵令嬢ですわよ』 『噂通りのかたで、悪役令嬢という感じですわね』 公爵令嬢であるハナミア・マーズのほうを見ながら、楽しそうに囀っている令嬢達。  悪役令嬢??どうして私が…… ハナミアは幼い頃から病弱で、静養のためにずっと領地で過ごしていた。つまり公爵家の駒として役に立たないから、両親から放置されていたのだ。 ――あっ、でもグレたりはしていませんよ。自分でも言うのもなんですが、田舎で真っ直ぐに育ちましたから。 病弱ゆえに社交界に出るのも今回が初めて。だから悪役令嬢になる機会もなかったはずなのに、なぜか悪役になっているハナミア。 立派な両親と優秀な弟妹達はハナミアを庇うことはない。 家族のこういう態度には慣れているので、全然平気である。 ただ平凡で、病弱で、時々吐血することがあるハナミアには、悪役令嬢は少しだけ荷が重い。 ――なんか天に召される気がするわ…… なのでこっそりと逃げようと思います! これは自称平凡な公爵令嬢が自分の身の丈(病弱?)に合わせて、生きようと奮闘するお話です。 もちろん周囲はそんな彼女を放ってはおきません。なぜなら平凡は自称ですから…。 ⚠ヒーローは優しいだけじゃありません、一癖も二癖もあります。 ⚠主人公は病弱を通り越し死にかけることもありますが、本人は明るく元気ですのでご安心?を。 ※設定はゆるいです。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...