運命の息吹

梅川 ノン

文字の大きさ
上 下
33 / 39
15章

ナセルの壁画

しおりを挟む
 国王の元を辞去した二人は、ともに公爵邸へと急いだ。待っているルシアとルイーズに早く知らせたいと、心が逸った。
 馬車が公爵邸に着き、二人が降りるとそれを察したルイーズが、転がるような勢いで邸内から出てきた。
「あなた、啓示は降りましたの?」
 深く頷いた公爵に、ルイーズは抱きついた。「良かった……」夫に抱きつき涙を流す妻を、公爵も固く抱きしめた。
 そんな二人を喜びの眼で見ていたアレクシーは、ルシアは? と思うと、ルシアが戸惑ったような姿を見せる。
 アレクシーが、「ルシア!」と言って駆け寄り抱きしめる。ルシアもアレクシーの背に手をやるが、何かまだ実感できないというか、三人の興奮が理解できないでいた。
 冷めた目とも違う、とても自分の事とは思えない、それがルシアの正直な思いだった。
「一番大きな山は越えたが、これからもまだまだ大変だ。先ずは、婚約の儀を滞りなく済ませねばならぬ」
「ええそうですわね、色々と準備が大変ですわね。」
「申し訳ございません……」ルシアは、申し訳なくて消え入るように呟く。
「心配しなくて大丈夫よ。私たちが全て整えてあげるから」
 それが申し訳ないのだが……と、思っているとアレクシーがそうだ! とばかりに言う。
「既に壁画の啓示の事は瞬く間に伝わるはずだ。壁画の王妃は、私の妃になる人だと皆が思っている。明日にはルシアの事も伝わるだろう」
「そうですね、一気に注目の人になるのは間違いない。それも考えておかねばならない。そしてルイーズ、婚約の儀が終われば、王宮でのお妃教育が始まるが、それまでのルシアの教育は君に任せるよ」
「ええ、私が責任を持って教えるわ。様子を見ながら、社交界にも連れていって重要な方達には紹介するとよろしいわね。」
「そこは姉上にお任せすれば安心ですね。どうかよろしくお願いします。」
 その後も三人は、今後の事をあれこれと決めていく。三人共やる気に満ちていた。一人ルシアは、いまだ戸惑いを隠せないでいた。自分の思いの外で、話がどんどん進むことに恐れも抱く。だが、ルシア一人この流れに逆らうことは無理だった。

 ルシアのお妃教育のための、予備教育がルイーズによって始まった。以外にと言うべきか、ルイーズの教育は厳しく、アルマ公爵がそれをフォローすると言う図式で進んだ。ルイーズの厳しさは熱心さゆえの事ではあった。
 ルシアも最初の頃は戸惑いを見せたが、従来真面目な気質ゆえ真摯に取り組んだ。忙しくしていると、先への不安に囚われないということもあった。
 ルイーズと公爵に伴われ、社交界にもデビューした。オメガでありながら王太子の次期婚約者。皆がルシアをおとぎ話の主人公のようにもてはやした。実際にルシアも、これが他人の話ならそう思うだろう。しかし、自分の身に起こったこととして、捉え切れないでいた。
 結果的に、ルシアの戸惑いは控えめな印象を与え、好印象となった。社交界の歴々も、最初はオメガのルシアを好奇の眼差しで見た。しかし、その端正な美貌、それでいてはにかんだ笑顔は可愛らしく魅了された。誰もがルシアと話したがり、ルシアの周りは人で溢れ、ルイーズや公爵は大いに満足した。
 ルシアは、王太子の次期婚約者として、社交界は勿論国民からも好意的に迎えられた。誰しもが将来の壁画の王妃に期待した。
 ルシアは、期待の大きさ、重さを日々実感しながら、少しずつ強くなっていく。戸惑いや、不安を克服し、覚悟を決めていく。それは、ルシアの持って生まれたもの、壁画の王妃になるべくして生まれた故といえた。ルシアの中の王妃たる資質は確実に成長していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

愛孫と婚約破棄して性奴隷にするだと?!

克全
BL
婚約者だった王女に愛孫がオメガ性奴隷とされると言われた公爵が、王国をぶっ壊して愛孫を救う物語

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...