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4章 星夜の過去

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 成瀬は実家で両親と三人で暮らしている。姉は既に結婚して家を出ていた。彰吾と同じ独身だが、長男で一人息子のため、結婚圧力は感じていて、そろそろ潮時かなと考え始めている。その点彰吾は次男で気楽だよなと、うらやむ気持ちもあった。
「ただいま、あれ、母さんこれから出かけるの」
 帰ると、母親が外出の出で立ちだ。もう既に夕方に近い。
「ええ、これから能楽鑑賞なのよ。夕食はお父さんと済ませてね」
 そう言って、これから行く能楽のパンフレットを見せる。受け取って見ると、出し物は『二人静』。演者は男性ばかり。
「そうか、能も男性ばかりか」
「女性もいるけど、少ないわね。元々男性のみの世界だから、今も男性中心ではあるわね」
 母親の言葉を聞きながら、能、歌舞伎等女性の役を男性が演じる。それがなんとなく星夜に結び付いた。彼は、単に上品なだけでなく、所作の美しさを感じた。何か、普通とは違う佇まい。
 確信は持てないが、そこに取っ掛かりがありそうだ。そんな気がする。
 親友の頼みに引き受けたものの、正直かなり難しいと思った。もしかしたらこれが糸口になりそうな勘がする。

 その後、成瀬は己の勘を信じて能役者、そして歌舞伎役者を片端から調べた。誰か、該当人物がいないか。
 結果、顔写真が公開されている役者に該当人物は見つからなかった。未だ若いから修行中の身か? それにしては、身の回りの世話係いただろう事に矛盾する。その待遇でその他大勢はないだろう。言葉は明らかに関東の言葉だった。つまり関西の人間ではない。
 俺の勘は当たらなかったか……光が見えない。
 かなりの上流階級の人間。ひょっとしたら趣味で、能楽をかじっていた……だから所作も美しい。そうだったら、探すのは物凄い困難だ。
 完全に行き詰ってしまった。彰吾のためにも何とかしてやりたいが、これは難しいなあ……。結局星夜本人に問いただす以外ないのか……。

 成瀬は今一度母に聞いてみることにする。母は能楽などの日本の伝統芸能が好きで、鑑賞することが趣味という人だ。何かヒントをくれないかと思った。
「母さん、能楽や歌舞伎以外に男性が女性役したりするものってあるかな?」
「ああ、踊りもあるわよ」
「踊り?」
「日本舞踊よ。日舞は能とか歌舞伎から派生したものだから。宗家も男性が多いわよ」
 そうか、日舞もあるのか。
「日舞って流派があるんだよね。多いのかな?」
「五大流派があって、あとその分派とか色々あるのよ。まあ、小さいところも含めればかなりの流派があるでしょうね。ただ、大きくて有名なのが五大流派よ」
「そうか、なるほど。ありがとう」
「あなたが伝統芸能に興味を持つなんて、珍しいわね。今までは私の趣味にまるで無関心だったのに」
「ちょっとクライアントがらみでね」
 そう言うと母はそれ以上追求しない。クライアントがらみなら守秘義務がある。故に追求することはご法度、それは長年弁護士の妻として身に付いているのだ。
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