秋風の色

梅川 ノン

文字の大きさ
上 下
37 / 78
6章 母への理解

しおりを挟む
 尚希の母の態度に意外な思いを持ったのは、尚久もだった。手術前に病院であった時は、ほんの儀礼的な挨拶しか交わせなかった。寸暇を惜しんで来院したことが見て取れたからだ。
 挨拶はそつなくされたが、余り愛想がいいとは感じなかった。
 あの時の印象と随分違う。帰宅して、気が緩んでいたからか……。どちらにせよ、良かった。自分も好印象だったが、あちらもそうだろうと思われる。
 年長者として、気になっていた挨拶を済ませられた。尚久は、そのことに安堵した。
 年が離れているのは、中々大変だ。同年代だと、使わなくていい気を使う。
 蒼の顔が浮かんだ。遥かに大人の蒼を一心に追いかけた兄も凄いが、蒼の方が大変だったろう。追いかける子供より、受け止める大人の方が、きついものがある。
 いや、自分は追いかけられてもいないかと、自嘲気味な笑いを零す。大学生になって、時折二人で会うことを、どう認識しているのだろう。あいつのことだ。デートなんてこれっぽちも思ってないだろうな。尚久は、薄く笑うのだった。

「こんにちは、お邪魔します」
「尚希君いらっしゃい」
 蒼が笑顔で迎えてくれる。尚希はほんとにこの人の笑顔は好きだなあと改めて思う。
「なっくん、おじゃましていいよ」
 春久もいつもの満面の笑顔で迎えてくれる。春久の笑顔も可愛いくて、大好きだ。
「あの、これ母から……です」
 尚希は、紙の包みをおずおずと差し出す。
「えっ、お母さんから? なあに?」
「お菓子です。皆さんでどうぞと……」
「まあ、そんな気を遣われなくていいのに……でも、せっかくだからありがたくいただね。お母さんにはくれぐれもよろしく伝えてね」
「おかし?」
「尚希君のお母さんに頂いたの。あとから皆でいただこうね」
「わあーいっ! おかしだあーっ!」
 無邪気に喜ぶ春久が可愛い。
「何をはるは喜んでいるんだ?」
 尚久も部屋から出て来た。
「あっ、なお君、尚希君のお母さんからお菓子頂いたの」
「えっ、そうなの……お母さんにはかえって気を遣わせたかな。悪いね」

 実は、そういうところはあった。
 あの後、尚希の母は、尚希が北畠家へ出入りしていることを、初めて知ったのだった。母にとっては、青天の霹靂とまではいかないが、かなりの驚きだった。
『どうして言わないのよ』と言われた。確かに、いつも母のいない間だったので、尚希は一度も話したことが無かったのだ。
『そんなに度々お邪魔して、ご飯までご馳走になって、なんのお礼もしてこなかったなんて……さぞ常識の無い親と思われたでしょうね……』
 それを言われた時は、尚希もちょっと反省した。北畠家の人々の善意に甘えすぎていたし、母の立場も考えていなかったと。やっぱり自分は子供だなあと、改めて思った。
 同時に、母への見方が少し変わった。いつも忙しくて、仕事第一の母、自分のことなど興味がない――そんなふうに思っていた。だから、母が尚久の事や、北畠家の人々の事を聞くのが意外に思った。
 そして昨夜の事だった。
「尚希、明日北畠さんの所へ行くのでしょう?」
「うん、そのつもりだけど」
「これ、皆様でどうぞって、持って行ってちょうだい」
 紙袋に入った品物を差し出す。
「何?」
「フルーツの入った焼き菓子よ。小さい子が食べても大丈夫なように、良い素材を使ってあるから」
 確かに、包装からしてなんだか高級そうな感じがする。
「なんか、高級そうだね」
「院長先生のお宅なんだから、安物は失礼でしょ」
 うん、それはそう。いつも出されるお菓子は凄く美味しい。多分高級品だと思う。これなら大丈夫かなと、尚希も思ったのだった。
 そういう経緯があったので、皆の反応が良かったので、尚希もほっとするのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れのあと先

梅川 ノン
BL
研修医(受)と看護師(攻)の大人のピュアな恋物語

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

真っ白子犬の癒やし方

雨宮くもり
BL
オタク気質な白魔後輩×無鉄砲な剣士先輩。 とある魔術学校。庶民から魔道士を目指す青年たちの寮は『ゴミ箱』と呼ばれていた。 魔道剣士見習いの キイチ は、寮長で悪友の ツゲ に『“子犬”の面倒を見ろ』と言われる。 やってきたのは下級生で白魔道士見習いの テル だった。 肌も髪もまっしろなテルは、自虐的で、魔法陣オタク。おまけに感情が荒ぶると犬耳とふわふわしっぽを出しちゃう特異体質。 同室でのささやかな交流を楽しむ二人だったが、実はテルにはある事情があった。 ※流血や微グロ表現がございますのでご注意 表紙イラスト とわつぎさん

【短編】間違いを犯した僕たちは青い羽根に導かれる ーオメガバースー

cyan
BL
僕(樋口敬人)と、彼(岩倉晴臣)は両親がαというα家系に生まれた幼馴染。 僕も彼も自分がαであることを疑っていなかったし、将来は一緒に会社を盛り上げようという話をしていた。 しかし14歳のある日、僕はヒートを起こし、抗うことができなかった彼と体を重ねた。 そして二人は引き離されることになった。 そう、僕はαではなくΩだったんだ。両親に閉じ込められて過ごす日々の中で僕は青い羽根を拾った。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

with you

あんにん
BL
事故で番を失ったΩが1人のα青年と出会い再び恋をするお話です

処理中です...