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第一章

18 ルゥルゥ、クッパになる

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「そなたの優しさに免じて今回は特別見逃してやるつもりではいる。私の気が変わらないうちにそのナマモノをさっさと放り出すんだ」

 セオ様は人も羨む長い脚で窓に近寄って彼自らの手で開け放った。
 はい監督からOK出ましたー! 言い方は冷たいしぶっちゃけ時々ややイラッとくるけど戦闘にならないのが一番よね。

「ありがとうございますセオドア陛下!」

 彼の気が変わらないうちにルゥルゥを促そうとしたら、何故かルゥルゥがあたしの背中にのしっとまた乗っかってきた。あははまたコアラな親子になっちゃった。腕をあたしの首に回して甘えて抱きついてくる。きっと仲間の所に帰れるって彼も安心したんだわ。お別れしたくない~って惜しんでくれているのかもしれない。よしよしって思わず頭を撫でちゃった。ホント何回触っても髪の毛さらっさら。
 魔物に触るなって言われたばかりだけど、触っただけで何がどうなるってものでもないとあたしは思う。

「良かったわねルゥルゥ。ほら行っていいのよ」

 だけどまだあたしにおぶさるコアラルゥルゥは予想と違ってふるふると頭を横に振った。どうしたのかな。

「ぼくはまだアリエルといっしょにいるぞ」
「え? でも……」

 魔物が王宮にいるなんてまずいでしょ。しかも成竜ともなれば城くらいに大きいのもいるって言われている竜が。この子の現在の大きさも将来的な大きさもわからないけど少なくとも小さくはないでしょ。竜の姿に戻ったら混乱を招くのは間違いない。それにたとえあたしがよくても周りがまず承知しない。

「アリエルはぼくといるのいやか?」

 ルゥルゥはあたしをよくわかっているのか究極の迷い子みたいな目を向けてくる。はうっ、おねーさんその目には勝てないっ。もっもういっそ森の奥とかで密かに一緒に暮らしちゃう? 聖女仕事はリモートで受け付けて森から現場に直行するのもありちゃう? ちゃうちゃう?

「可愛い子ちゃんと暮らせて嫌なわけないでしょーよ!」
「そうか、やった!」

 煩悩爆発の超力説にルゥルゥはぱあっと表情を明るくした。あっ、猫被りを失念していた。周囲の反応は……見ないようにする。

「だけどね、ここでは無理かな。戦いにでもなったらあなたにも王宮の兵士にも良い事ないもの」
「ぼくおとなしくするぞ! そもそもな、なかまがいまどこにいるかわからない。てがかりをてにいれてからさがしたいのだ」
「ルゥルゥ……」
「それに、むりやりここにとじこめられておんしんふつうになったのだ。もうぼくはいないものとおもわれているだろうな。なにしろせんねんもここにいた」

 えっ。

「せ、千年!? ルゥルゥあなたって骨董卵だったの!?」
「いや骨董卵って言い方……」

 セオ様が的確なツッコミをしてきたけど、あたしはそれどころじゃない。小説じゃ大雑把に長年そこにあったとは書いてあったけど、改めて詳しく知って千年ってその年数にはびっくりだった。しかも閉じ込められていたってのは封印されていたって言い換えてもいいのよね。
 ルゥルゥを千年ものって知らなかった皆もとっても驚いている。冷静なツッコミをくれたけど多分セオ様も。当然よね、人間からすると千年は永遠にも等しい長さだから。
 司書長なんて珍獣中の珍獣を見るみたいにマジマジとルゥルゥを凝視している。
 ここであたしはある可能性に思い至って愕然とした。

「ね、ねえルゥルゥ、竜族は長生きっていうのは知ってるけど、あなたみたいに卵で千年もいたら、生まれた後は短命だったりするの……?」

 時間スケールは違うけど土から出てきた後の蝉なんかそうでしょ。だとしたら彼の願いを無下にしたくない。詳しい事情は知らないけど意に反して封印されていた挙げ句、やっと自由を得てみたら儚い命でしたなんて可哀想過ぎる。

「それはいきかたによるな。えいようあるものをたくさんたべればもうせんねんはよゆうでながいきするのだ」
「魔物的に栄養があるものって……。ル、ルゥルゥはやっぱり人間がごはんなの?」

 あたしはセオ様がごはんよ!って思ったら本人から咳払いされた。
 うーんでもそれだと冗談抜きにどうあっても王宮というか王都自体に居住は無理じゃない? 羊の群れに狼を放つようなものだもの。
 あたしの青い顔色を見て懸念を察したみたい。ルゥルゥってば大きく赤い目を見開いて慌てふためいた。

「ちちちがうのだアリエル! ぼくたちゴールデンドラゴンはにんげんはたべない! たたかいでかみついたりはしても、ちにくなんてたべないぞ! えいようあるものっていうのはマセキとかだ!」
「あ、何だあ、良かった」

 ならこの子と暮らせるかもしれない。少なくとも今もこっちをめっちゃ睨んでいるセオ様は許可しないだろうから王宮を出る必要はあるけど。きゃわゆいルゥルゥとのめくるめくほのぼのライフを思い描きながら希望を胸に膨らませていると、セオ様があたしの方に進み出た。
 何だろうと思っていたら、彼は何とルゥルゥの首根っこをむんずと掴んで窓から放り投げた。

「きゃーっルゥルゥーーーー! なっ、陛下っ、何でそんなっ!」
「これ以上魔物に関わるな。そなたは我が国の聖女であって竜ベビーシッターじゃない。殺さず放逐する許可を出したんだ。どうしてすぐに実行しないんだよ」

 非難を含んだ声音は低い。目付きも鋭いというか超絶不機嫌。
 心配で窓の外を覗いたら、ルゥルゥはふわふわと飛んで怪我もなく戻ってきた。良かった。

「おいにんげん、おうぼうなおとこはきらわれるぞ! アリエル~、そいつがいじめた~!」

 ルゥルゥってば低くした子供声でセオ様を威嚇したかと思えば、コロリと泣きべそ顔になってあたしの胸に飛び込んできた。
 おおよしよし。嘘泣きなのはバレバレだけど可愛いからよし!
 何故かじとーっと半眼でこっちを見てくるセオ様の零下の視線圧から逃れるようにルゥルゥを慰めながら、あたしは軽く咳払いして姿勢を正した。
 この子は話してわかる相手だし、さっきも思ったようにせめて仲間の手掛かりが得られるまでどこか人里離れた森の中で面倒をみよう。うんそうしよう!

「あの、セオドア陛下」
「却下」
「え? あのまだ何も言ってないですけど」
「認められない」
「え、えーと……?」
「土台無理だ」
「……」

 あたしの思考への返答なのは間違いない。取り付く島もない。
 気まずい思いでいると、陛下は苛立ちを消して諭すような真剣な眼差しになった。いつもの冷静な彼だ。

「アリエル。ほだされるな。そなたはこの国の聖女として魔物を排除すべきじゃないのか? 一体これまでの歴史でどれ程の者が魔物の犠牲になったと思っているんだ」
「そ、それはそうですけど……ルゥルゥは直接関与していません。孵ったばかりのこの子は無垢です、無罪です」
「無垢、か。ならばそなたの言う無垢なうちに人間社会から離れてもらうのがベストだとは思わないか? 当然そなたからも。私はそれがもしここで人を襲えば本当に見逃すつもりはないからな。面倒を見る云々なんて馬鹿な考えは捨ててさっさと突き放すなり言い聞かせるなりするべきだろ」

 彼の言葉は正しいのかもしれない。
 何らかの被害が出てからじゃ取り返しが付かないもの。
 でも、ルゥルゥはそんな事をしないってあたしの心が叫んでる。

 本来の設定じゃ怒れる暴れ竜だったはずなのに、どうしたわけか変わってしまったこのキャラはどこかあたしと同じであり、あたしの希望でもあるから。

 この子が王宮を破壊しないで人間の領域を離れるなら、まだ見ぬ未来でも主人公達に討伐されないはずで、それはあたしも本編の役回りなんて吹き飛ばして悠々自適に生きていけるんだって前例になって希望が持てる。よーし頑張って生きていくぞーって勇気になる。モチベーションが保てるわ。

 だからこそ、まだほんの短い付き合いなのにこの子に甘いのかもしれない。

 残るにしろ、去るにしろ、あたしはこの子の味方でありたい。

「セオドア陛下、どうかどうか、お願いします。この子の全責任はわたくしアリエル・ベルが負います」

 ざわっと夜の図書館内がどよめいた。
 あたしが、聖女が、床に両膝を突いて土下座したからだわね。

「何をやっているアリエル! 立つんだ」
「嫌です。この子の面倒を見る許可を下さい」
「少しは聖女としての体裁とか立場を考えろ。過去から現在までの聖女達の顔に泥を塗るつもりか?」
「な、なら森に住みます」
「それは断じて認めない。そなたは王宮から出られるなどと思わない事だ」

 きゃーんこんな台詞平素の時だったらダイレクトに心臓にきてきゅん死にしてたわよ。だけど今はもどかしさしかない。ずっと森の人するつもりじゃないんだし、この子が仲間の所に戻れるってなるまでなのに。

「なら王宮で面倒を見させて下さい」
「駄目だ」

 頑固陛下!
 その頑固陛下はあたしの二の腕を掴んで引っ張って立たせた。

「それを置いておく利点が全く微塵も見当たらないからな。犬や猫などのペットとは違って国の者達を頷かせるだけの理由がなければ、魔物でなくともおいそれとは飼えない」
「じゃあ魔物でも益になれば置いてもいいと?」
「そうだ。まあそんな魔物はいないだろうがな」

 ぐぬぬぬ、ルゥルゥの利点かあ。何か、何かないかしら。あ、多分マイナスイオン出してるでしょ……って庭園の木々があるから代用可能か。マイナスイオンなんて通じないし。えーとえーと何か何かあ~。
 眉根を寄せて悩み出したあたしを見たルゥルゥが何かを決意した目をした。

「ふん、むりなんだいでアリエルをこまらせるなんてとんだイジワルキングだな。いわれなくともぼくはアリエルといられないならこんなところにようはないぞ。すぐにでもでてってやるのだ。アリエルといっしょにな!」

 踵がふわりと浮いた。驚いて見ればルゥルゥのルピー色の目が底光りしている。あたしは彼の魔法で浮いているみたい。

「アリエル!」

 セオ様が叫んで「聖女様」って他の皆も口々に叫んだ。
 そう言えばいつの間にか聖女アリエルからアリエル呼びになっている。いつからだっけ? 堅苦しさがなくなって良かったけども。
 
「え、ちょっとルゥルゥ!?」
「アリエルはぼくといくのだ!」

 ピーターパンが子供達を連れて窓から飛び出すようにあたしはあっという間に窓の外に連れ出されて夜の空に浮いていた。ピーターパンならぬ黄金竜の子と手を繋いで。
 ああ何て事、この子ってば強硬手段に出ちゃったあああーっ! これじゃあ事態が悪化するのは避けられない。
 それにこんな流れは悪い魔物にさらわれるお姫様の図でしょ。あたしピーチ姫って柄じゃないわよーっ!

「周囲を照らせ! 聖女を奪還する!」

 あたしを追って窓から外に出たセオ様の命令に従って魔法で辺りが照らされる。世話役達も王宮兵士達に負けじとあたしを追ってきた。

「聖女様今そいつを止めてお助け致します!」

 普段は泣きべそなイザークに至ってはあんた誰って感じのやけにシリアス顔になって水系の魔法を発動させる。メロンくらいの水の球が幾つも出現した。
 は!? いや待ってイザークどうして水球を更に凍らせるの? 投げてくる気!? 確かに単なる水球じゃ足止めには弱いかもだけど、いやーっ当たったらヤバいからそれ!
 あたしの心の悲鳴が聞こえるまでもなく、見るからに無謀なイザークをメイとモカが「聖女様に当たったらどうする気よこのバカ上司!」「考えなしのポンコツ!」ってボカスカ殴って何とか止めてくれた。ああ、あれがあたし付きの筆頭神父だなんて……世も末。黙っていれば見た目も秀麗で能力的にも優秀なのに何て残念な男なんだろ……。教会で初めて会った時はうっわイケメンって実は少しドキッとしたのに。

 目的地があるのかないのか、飛ぶルゥルゥは駄々を捏ねる子供そのものって表情だ。うん、アリエル、キュートって萌えている場合じゃないわよ。

「ルゥルゥこれは駄目よ! 今ならまだ間に合うから下ろして!」
「いやなのだ! そうしたらアリエルはぼくをきらいになるんだろ!」
「何でっ、ならないから!」

 卵から孵って初めて見たあたしを母親……だとはさすがに思ってないだろうけど、一緒に居るって刷り込みみたいな感情が彼にはあるのかもしれない。
 セオ様達はよく鍛えられた身体能力と強化魔法なんかを駆使して、巧みに枝や屋根の上までを走って跳んで離れず追いかけてきている。

「止まってってばルゥルゥ! 説得するから!」
「ぼくはアリエルとはなれたくないのだあああー!」

 過度に興奮してか、刹那ルゥルゥは本来の竜姿に変じた。
 暗くても黄金の鱗がキラキラと輝いているのがわかる。毛卵の大きさからしてもルゥルゥの本性の姿が象より大きいのは想像に難くなかったとは言え、圧巻の雄姿。こんな状況じゃなければ素直にきゃー素敵カッチョいいーって誉めちぎっていたわね。

 あたしはそんな黄金竜の頭の上に乗っかって飛んでいる。

 いやいや何でここっ!? ファンタジーの男主人公の位置でしょこういうのは!

 まあ鋭い爪のある手に掴まれているよりは良かったけど、ぐらぐらして不安定で風も強くて落ちそうなんですけどーっ!
 この子から離れようと思えばそうできそうだけど、王宮の庭の木よりも高いここで強引に離れたら間違いなくただじゃ済まない。聖女お得意の魔法で自分を治すのもありだけど正直痛い思いなんてしたくない。でもどこかで降りないと、そうでないと庇えない。

 最善を模索して焦るあたしの目に夜風にさざなみを立てる王宮の池が近付くのが映る。

 すぐに池の上に差し掛かった。

 セオ様達が追って来れないって考えてのルートなのかもしれない。
 ふふ、けどねルゥルゥ、裏目に出たわよそれ。あたし、下が水ならどうにかできそう。

「ねえルゥルゥ、もう少し低く飛べない? あんまり高いと怖いから」
「んーむむ、わかった」

 やった。高度が下がって身の危険度もガクンと減った。落下高度が過ぎれば水面は硬い地面も同じだもの。

「ルゥルゥ、ごめんね?」
「うむ?」

 あたしは聖女の奇跡たる治癒魔法を使った。この子は魔物だからあたしの治癒魔法は攻撃も同然。

「うわっち!?」

 案の定ルゥルゥは痛さで油断し、あたしはその隙に池へと飛び込んだ。

「アリエルッ!」

 なるべく落水時の面積を小さくするのを意識した。
 ドボーンと、夜の池に派手な飛沫が上がった。
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