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16 背を打つ声……
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俺たち三人の間に暫しの沈黙があった。
ややあって師匠は心底わからないと言いたげに目を眇める。
傍らのメイヤーさんは「よく言った。誘惑に負けないその心こそ真の男の姿だ!」なんて俺を称賛してくれているけど、何だかなあ。師匠は彼の言葉は綺麗さっぱりスルーだった。
「……どうしてだい? 欲しい物が手に入るんだよ?」
「タダより怖い物はないって俺の祖母ちゃんがよく言っていて、理由もなくそういうのを貰うんじゃないって教えられてるんです。俺祖母ちゃんには逆らえません」
その時はさも善意のようでいて、後で恩着せがましく無理難題を吹っかけて来る輩も世の中にはいるからなあ。
「それを言うならタダより高いじゃ……」
変な所で常識人な師匠は適切な突っ込みをくれた。高いだと返礼に費やす分かえって損をするって趣旨になる。まあどっちにしろ貰ったら割を食うって話だ。
それはさておき、こっちが一方的に知っているせいもあるだろうけど、物怖じせずにきっぱり言い切った俺を師匠はしげしげと見つめてくる。
「君は不思議な子だなあ。本当に見た目通りの子供なのか疑ってしまうよ」
ぎくっ!
鋭いな師匠!
何かを見透かすような金の虹彩を真っ向から受け止め、しかし俺は動揺をおくびにも出さない。
実際に見た目通りの子供じゃないからできた芸当だ。
「お? お宅もそう思うか? 奇遇だな。実はわしもエイドは随分と大人びているとよく感じるんだよ。彼は祖母との二人暮らしだから自然と言動も大人になるのかもなあ」
「えっちょっ何で頭ぐしゃぐしゃにするんですか!」
メイヤーさんがからからと笑いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫で回せば、師匠は眼差しの奥から俺への疑念のような色を消した。
彼の邪気のない行動と一般人的な感想が師匠の直感と俺の真実との間の思考のクッションになって、何だ単にすご~く大人な子供なのかって所に落ち着いたらしかった。
俺は皮の厚い武骨な手から逃れると、手櫛で髪を整えながら「全くもう」とわざと子供っぽく拗ねてみせてから気を取り直した。
だけどナイスだメイヤーさん、助かった。撫で回しの件は大目に見よう。
「こほん、えー、名もなき放浪者さん、無償は嫌ですけど、もしも落札権を放棄してもらえるのなら、俺はその権利を喜んで頂きます」
師匠は依然ジッと俺を見つめてくる。
「君は、二千万ファンは払えないから降りたわけではなかったんだね」
「そう、ですね……」
正直あれ以上の値が付けば俺でも冗談抜きに手を引かざるを得なかった。けどあの時は相手が師匠あなたで、あなたならきっと俺よりも有効活用できるんだろうなって思ったからだ。
「俺に権利を譲ってくれますか?」
予想外の出費にはなる。懐はかなり寂しくなるだろう。まあそうなったらなったでまた討伐した魔物のレアな残留物や素材を売って稼ぐか。
逆行して目覚めてから今日までの期間より短い期間で同額を稼げるだろう。
強くなった分稼げる魔物を相手にもできるし、素材なり残留物なりを相場でスムーズに換金できる店にも伝手がある。店を探す段階から始める手間ももうない。
師匠はどこか中性的な細い顎を少し俯け、伏し目で悩んだようにした。
そうするとさらりと揺れる長めの白い前髪の切れ間に珍しい金瞳が見え隠れして、神秘さが増して憂える美人のようだった。
これで彼が長髪だったなら、彼を見た人の半分以上が女性だと判断するだろうな。……いくら美人でも俺は男にときめく趣味はないけど。
「やっぱり良くないね。私の感覚はどうも世上とは乖離しているらしくてね。価格を跳ね上げたのも私独特の金銭感覚のせいだ。きっと私が参加していなければ君は多くても百万ファン以内で余裕で落札できたはずだよ」
「そこは公正なオークションの場ですから、仕方がないと思ってます」
「公正……ねえ」
師匠は俺に向けて声を潜めた。
「それを判断基準とするのなら、私は本来ここに居るべき者ではないのだけれどね」
あーはいその点は大体わかってましたー。
でも、俺に正直に言ってくれるのか。
誠実さを感じ……いや、もうオークションも終わったし今更バレた所で抓み出される心配もないからかもしれない。一度落札者として決まったし額も額だから主催者側でも反故にはしないだろうって打算もあるのかもしれない。善良でもありしたたかでもある師匠のことだからその点も踏まえての暴露かもな。
「だから君に大金を支払わせるつもりはない」
ああやっぱりこうなった……。
変な所で紳士で律儀なんだもんなあこの人。
彼のこの決断は俺がどう説得した所で覆らないだろう。結構頑固な面もあるからさ。
だけど俺だって何と言うか、プライドがある。
弟子でもないのに恵んでもらうつもりはない。
「わかりました。無理を言ってしまってすみませんでした。でももしも売っても良いと心変わりしたら、その時は教えて下さい。俺はエイド・ワーナーと言います。今はシーハイの大きな通り沿いにある祖母ちゃんのパン屋で…」
「ああ! 君の家の前にあるお店だよね。そこなら知っているよ!」
店はともかく、どうして俺の家を知っている?
不意に「変態ストーカーだわ!」って断言するノエルの声が耳奥に甦った。
「え……え?」
「実を言うと私ね、ここ一月の間ずっと君を観察していたんだよ。君の修行姿もこの目で見ていた」
えっ……えー……。
あの視線は師匠だったのかよ。
でもこれで、今日ここで感じた視線との辻褄は合う。
我知らず半笑いを浮かべていたけど、師匠は俺の表情に引っ掛かる所は何もなさそうで、上機嫌も上機嫌に言葉を続けた。
「それにさ、ずっとあのお店のパンが気になって気になって気になって仕方がなかったんだよね。外まで漂ってくる香ばしい香りの何と良き事か……! けれどお店に行けば君に色々と察知されそうで近付けなかったんだよ。私の視線には早々に気付いていたようだからね。だろう?」
「あー、まあ」
ハハハ母さんの家庭の味じゃなく今度は祖母ちゃんの調理パンに目を付けたのか。ある意味家庭の味と言えなくもないけど、お目が高い。
ああ、だから昼食の時やたらと視線の圧を感じたのか。
けどさあ、そこまで食べたかったなら普通に客として買いに来れば良かったのに。俺だってたとえ視線の奴かって気付いても売り上げに貢献してくれる分には歓迎したと思うしね。
それ以前に、うおおっ師匠じゃんって興奮して視線主だって気付けなかっただろうけど。
「でも、どうして俺を……?」
「たまたま見掛けたから」
「あーはは、そうですか、はは」
縁がある。
なーんて呑気にも思っていたら、師匠はまるで畳みかけるように俺の方にずいっと近付いて、やや腰を折って正面の至近距離から俺の両目を覗き込んでくる。あたかもそこに一点の曇りも濁りもないのを確かめるように。
「え、ええと?」
あの~、師匠~~~~?
俺もさすがに口元が引き攣った。
いくら美人でも野郎にこんな至近距離から長々と見つめられる趣味はない。
「見た所、君はまるで何かに追われるように強くなろうとしているよね」
「……ッ」
話を聞いていたメイヤーさんもチラと気がかりそうな目で俺を見た。
「それを悪いとは言わない。君はその歳で鍛錬修練というものをよくわかっているようだ。強くなるよ、保証する」
「……ありがとうございます」
これも一巡目での師匠の特訓のおかげだ。今の彼は知る由もないだろうけどな。
「私があの品に目を付けたのは、いつか私の弟子にあれに見合う者が現れるかもしれないと思ったからなんだ」
「へ? 自分で使うわけじゃないんですか?」
「人には向き不向き、合う合わないがあるからね」
「はーなるほど」
確かにその通りで、俺は同感だと小さく頷いた。そんな俺を見てどう思ったのか、師匠はやっぱりずいっとご尊顔を近付けてくる。
目の奥に魂の色でも見えるとか? ……なわけないか。
「な、何ですか?」
「と、いうわけでどうかな? ちょっと考え直してみてさ、もらってくれない?」
「……遠慮しておきます」
それちょっと考え直すって言わないだろ。真逆だ。
「えー残念だなあ。君ならきっと……」
と、ここで、彼が皆まで言う前に、受け渡しが順調なのか主催者側の人間がメイヤーさんを呼びに来た。
「それじゃあこの話はここまでで」
師匠は途中だった台詞を大人しく引っ込めて自らで会話に幕を引く。
えっあの俺が何ですって?
続きを聞きたかったけど、メイヤーさんも呼ばれているしわざわざ話を戻すのも藪蛇になりかねなかったから諦めた。
「あのっ、もしも気が変わったらいつでもパン屋までどうぞ」
「そうだね。その時は店の味もたっぷり堪能させて頂こうかな」
パンだけなら普通に買いに来てくれて良いんだけど。まあ師匠には師匠の都合があるか。
「はい、その時は是非」
折を見たメイヤーさんが師匠に軽く会釈して係の者に続いて歩き出した所で、
「――エイドくーん」
何か聞いてはいけない者の声が聞こえて来た。
ん? あれれ~? この声はアイラ姫かなあ??
…………だあああ~ッそうだよ彼女ら一番初めの組だから早々と受け渡しが終わってんだよ!
今までは他の誰かと話をしていたからこっちに来なかっただけだ。おそらくは一緒に来た商人から彼の同業者を紹介されていたりしたんだろう。
どうしてそこまで気が回らなかった俺……!
急激に顔が強張った俺に気付いた師匠が怪訝そうに首を傾げる。
「どうかしたのかい?」
師匠の声にメイヤーさんも肩越しに振り返る。
「エイド?」
最早アイラ姫が恐怖の対象のようにも思える俺は顔面蒼白になりながらも、二人へと取り繕った笑みを浮かべた。
「いいいっいや何でもないです。それじゃ俺たちはこれにて失礼をば! 呼ばれてますし、ですよねメイヤーさん!」
俺は錯乱の魔法を掛けられた者みたいなぐるぐるした両目でメイヤーさんに訴えかける。
だって冗談じゃなくアイラ姫にはこれ以上関わりたくないんだよ。
三十六計逃げるが勝ちだ。
受け渡し時は許可なく関係のない人間は部屋に入れないのが普通だし、さすがに部屋に押し入ってはこないだろう。そう願う!
メイヤーさんは俺の逼迫度に気付いたのか、ちょっと驚いたように瞬きしてから「そうだな」と鷹揚に頷いてくれた。
さっさと落札額を主催者サイドに支払って品を受け取って、アイラ姫からトンズラだ~!
「そ、それでは師匠また何か御縁があれば!」
俺はメイヤーさんをぐいぐいと押して急いで会場脇の別室へと向かう。
師匠呼びしていた自覚もないまま必死に足を動かした。
途中、メイヤーさんが声を落とした。
「わかったわかった急ぐから押すな。でも我慢できるか? ――トイレ」
「違いますよ!」
一方、自分自身の順番を待つためか空いていた手近な席へと腰を下ろした師匠が、
「あはは、師匠か。……中々に良き気分だの」
なんてどこか面白がるように一人小さく呟いた声なんぞ、聞こえるよしもなかった。
メイヤーさんの支払いと受け渡しはすぐに済んだ。
後は会場に出るのとは別のドアから通路に出て早い所船を降りたい。
とある御方のせいで長居は無用だからな。
それに何より、海龍の瞳いやいや海龍のフンの件で噴き出しそうになるかもしれないし。
うん、むしろ同情して涙ぐむかも!
そういうわけで、緊張しつつ通路に出た。
きっとまだアイラ姫たちは会場にいて……。
「あ、エイド君!」
「んなああああ!?」
背後のちょっと離れた位置から彼女の声が飛んできた。
冷汗を浮かべて肩越しに振り返れば、案の定通路の向こうに一人の子供仮面と二人の大人仮面が佇んでいる。
でもラッキーにも間には他に人がいた。これは絶好の逃げるチャンス。俺は彼女の再度の呼び掛けを皆まで聞かないうちに素早く駆け出した。因みに聞こえたのは「エイドく」までだ。メイヤーさんは風に靡く凧のように俺の手に引っ張られている。
「えっ、なっななな何故逃げるのですかあ~ッ!?」
「は? え? 何だ何だ何だあああ!? おおおおい坊主!?」
二人の困惑の叫びも必死な俺の耳には入らない。
依然メイヤーさんを引っ張って……というか途中から担いで、来た道を逆に辿って脱兎の如く通路を走って角を曲がって上へと通じている階段を五段抜かしくらいで上がって最終的に甲板に出た。
「はあ、はあ、はあ……っ、ここまでこればきっと諦めて……」
激しい揺れで船酔いならぬ担がれ酔いを来したらしいメイヤーさんを下ろして大きく肩で息をしていると、船内から「エイド君待って下さい~」って叫び声が聞こえてきた。
ぎゃーっ追いかけて来てるうううーーーーっ!
ホラーか何かにでも遭遇した人みたいな顔色で俺は船の手摺に駆け寄って身を乗り出した。
ここでようやく気付く。
「ええええ!? この船出港してんのおおおおーーーー!?」
「おい危ねえって!」
「陸はまだかーーーーっ!」
恐慌を来し自分でも馬鹿な台詞を叫んでいる自覚のある俺は、てっきり街中で開催じゃあ目立つからあえて船内に会場を設けているだけで、オークションの間も船は港に停泊したままかと思っていた。だけど違った。
岸からはやや距離がある。
そっかだから中座したと思った人たちが程なく会場に戻ってきたりしていたわけか。そりゃ大波小波の上じゃ下船は無理だよな。自力で泳ぐなら別だけど。
警備上の観点からそうしているのかもしれない。
「おっ? 何だ今日は沖に出たのか。初めてだな」
「初めて!? じゃあやっぱりいつもは停泊したままなんですか?」
「ああ。オークションをするだけだから余計な燃料を消費する必要はないだろ」
「それは確かにそうですよね」
じゃあどうして今回に限って?
エイドくーん、と声が確実に近付く。
そうだよ、アイラ姫。彼女がこの船に乗ってるんだよ。彼女のために王家の力で出港させたのか?
あり得るな。身の安全のためだ。王女様なんていつ何時良からぬ輩に狙われるかわからないしな。昼の海上なら不審な船が近付けばすぐにわかる。
……決して、貴き誰かさんが裏で権力を行使して俺を袋の鼠にするつもりだった、とは考えない。
考えないっ……!!
事実パン屋までは来たし、万一そうだったら怖いから考えたくないんだよおおお~~~~ッッ!!!!
ああもうどうして平穏から遠ざかる方に俺の日常は転がっていくんだあああ!
これはあれか? サードライフの試練なのか?
それともどうにか過去たちを回避してのんびりライフを得てみろっていう神様からの挑戦状なのか?
ああもしもそうなら、癪だけど受けて立つよ。
俺は絶対にこの人生での平穏を諦めない!
ややあって師匠は心底わからないと言いたげに目を眇める。
傍らのメイヤーさんは「よく言った。誘惑に負けないその心こそ真の男の姿だ!」なんて俺を称賛してくれているけど、何だかなあ。師匠は彼の言葉は綺麗さっぱりスルーだった。
「……どうしてだい? 欲しい物が手に入るんだよ?」
「タダより怖い物はないって俺の祖母ちゃんがよく言っていて、理由もなくそういうのを貰うんじゃないって教えられてるんです。俺祖母ちゃんには逆らえません」
その時はさも善意のようでいて、後で恩着せがましく無理難題を吹っかけて来る輩も世の中にはいるからなあ。
「それを言うならタダより高いじゃ……」
変な所で常識人な師匠は適切な突っ込みをくれた。高いだと返礼に費やす分かえって損をするって趣旨になる。まあどっちにしろ貰ったら割を食うって話だ。
それはさておき、こっちが一方的に知っているせいもあるだろうけど、物怖じせずにきっぱり言い切った俺を師匠はしげしげと見つめてくる。
「君は不思議な子だなあ。本当に見た目通りの子供なのか疑ってしまうよ」
ぎくっ!
鋭いな師匠!
何かを見透かすような金の虹彩を真っ向から受け止め、しかし俺は動揺をおくびにも出さない。
実際に見た目通りの子供じゃないからできた芸当だ。
「お? お宅もそう思うか? 奇遇だな。実はわしもエイドは随分と大人びているとよく感じるんだよ。彼は祖母との二人暮らしだから自然と言動も大人になるのかもなあ」
「えっちょっ何で頭ぐしゃぐしゃにするんですか!」
メイヤーさんがからからと笑いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫で回せば、師匠は眼差しの奥から俺への疑念のような色を消した。
彼の邪気のない行動と一般人的な感想が師匠の直感と俺の真実との間の思考のクッションになって、何だ単にすご~く大人な子供なのかって所に落ち着いたらしかった。
俺は皮の厚い武骨な手から逃れると、手櫛で髪を整えながら「全くもう」とわざと子供っぽく拗ねてみせてから気を取り直した。
だけどナイスだメイヤーさん、助かった。撫で回しの件は大目に見よう。
「こほん、えー、名もなき放浪者さん、無償は嫌ですけど、もしも落札権を放棄してもらえるのなら、俺はその権利を喜んで頂きます」
師匠は依然ジッと俺を見つめてくる。
「君は、二千万ファンは払えないから降りたわけではなかったんだね」
「そう、ですね……」
正直あれ以上の値が付けば俺でも冗談抜きに手を引かざるを得なかった。けどあの時は相手が師匠あなたで、あなたならきっと俺よりも有効活用できるんだろうなって思ったからだ。
「俺に権利を譲ってくれますか?」
予想外の出費にはなる。懐はかなり寂しくなるだろう。まあそうなったらなったでまた討伐した魔物のレアな残留物や素材を売って稼ぐか。
逆行して目覚めてから今日までの期間より短い期間で同額を稼げるだろう。
強くなった分稼げる魔物を相手にもできるし、素材なり残留物なりを相場でスムーズに換金できる店にも伝手がある。店を探す段階から始める手間ももうない。
師匠はどこか中性的な細い顎を少し俯け、伏し目で悩んだようにした。
そうするとさらりと揺れる長めの白い前髪の切れ間に珍しい金瞳が見え隠れして、神秘さが増して憂える美人のようだった。
これで彼が長髪だったなら、彼を見た人の半分以上が女性だと判断するだろうな。……いくら美人でも俺は男にときめく趣味はないけど。
「やっぱり良くないね。私の感覚はどうも世上とは乖離しているらしくてね。価格を跳ね上げたのも私独特の金銭感覚のせいだ。きっと私が参加していなければ君は多くても百万ファン以内で余裕で落札できたはずだよ」
「そこは公正なオークションの場ですから、仕方がないと思ってます」
「公正……ねえ」
師匠は俺に向けて声を潜めた。
「それを判断基準とするのなら、私は本来ここに居るべき者ではないのだけれどね」
あーはいその点は大体わかってましたー。
でも、俺に正直に言ってくれるのか。
誠実さを感じ……いや、もうオークションも終わったし今更バレた所で抓み出される心配もないからかもしれない。一度落札者として決まったし額も額だから主催者側でも反故にはしないだろうって打算もあるのかもしれない。善良でもありしたたかでもある師匠のことだからその点も踏まえての暴露かもな。
「だから君に大金を支払わせるつもりはない」
ああやっぱりこうなった……。
変な所で紳士で律儀なんだもんなあこの人。
彼のこの決断は俺がどう説得した所で覆らないだろう。結構頑固な面もあるからさ。
だけど俺だって何と言うか、プライドがある。
弟子でもないのに恵んでもらうつもりはない。
「わかりました。無理を言ってしまってすみませんでした。でももしも売っても良いと心変わりしたら、その時は教えて下さい。俺はエイド・ワーナーと言います。今はシーハイの大きな通り沿いにある祖母ちゃんのパン屋で…」
「ああ! 君の家の前にあるお店だよね。そこなら知っているよ!」
店はともかく、どうして俺の家を知っている?
不意に「変態ストーカーだわ!」って断言するノエルの声が耳奥に甦った。
「え……え?」
「実を言うと私ね、ここ一月の間ずっと君を観察していたんだよ。君の修行姿もこの目で見ていた」
えっ……えー……。
あの視線は師匠だったのかよ。
でもこれで、今日ここで感じた視線との辻褄は合う。
我知らず半笑いを浮かべていたけど、師匠は俺の表情に引っ掛かる所は何もなさそうで、上機嫌も上機嫌に言葉を続けた。
「それにさ、ずっとあのお店のパンが気になって気になって気になって仕方がなかったんだよね。外まで漂ってくる香ばしい香りの何と良き事か……! けれどお店に行けば君に色々と察知されそうで近付けなかったんだよ。私の視線には早々に気付いていたようだからね。だろう?」
「あー、まあ」
ハハハ母さんの家庭の味じゃなく今度は祖母ちゃんの調理パンに目を付けたのか。ある意味家庭の味と言えなくもないけど、お目が高い。
ああ、だから昼食の時やたらと視線の圧を感じたのか。
けどさあ、そこまで食べたかったなら普通に客として買いに来れば良かったのに。俺だってたとえ視線の奴かって気付いても売り上げに貢献してくれる分には歓迎したと思うしね。
それ以前に、うおおっ師匠じゃんって興奮して視線主だって気付けなかっただろうけど。
「でも、どうして俺を……?」
「たまたま見掛けたから」
「あーはは、そうですか、はは」
縁がある。
なーんて呑気にも思っていたら、師匠はまるで畳みかけるように俺の方にずいっと近付いて、やや腰を折って正面の至近距離から俺の両目を覗き込んでくる。あたかもそこに一点の曇りも濁りもないのを確かめるように。
「え、ええと?」
あの~、師匠~~~~?
俺もさすがに口元が引き攣った。
いくら美人でも野郎にこんな至近距離から長々と見つめられる趣味はない。
「見た所、君はまるで何かに追われるように強くなろうとしているよね」
「……ッ」
話を聞いていたメイヤーさんもチラと気がかりそうな目で俺を見た。
「それを悪いとは言わない。君はその歳で鍛錬修練というものをよくわかっているようだ。強くなるよ、保証する」
「……ありがとうございます」
これも一巡目での師匠の特訓のおかげだ。今の彼は知る由もないだろうけどな。
「私があの品に目を付けたのは、いつか私の弟子にあれに見合う者が現れるかもしれないと思ったからなんだ」
「へ? 自分で使うわけじゃないんですか?」
「人には向き不向き、合う合わないがあるからね」
「はーなるほど」
確かにその通りで、俺は同感だと小さく頷いた。そんな俺を見てどう思ったのか、師匠はやっぱりずいっとご尊顔を近付けてくる。
目の奥に魂の色でも見えるとか? ……なわけないか。
「な、何ですか?」
「と、いうわけでどうかな? ちょっと考え直してみてさ、もらってくれない?」
「……遠慮しておきます」
それちょっと考え直すって言わないだろ。真逆だ。
「えー残念だなあ。君ならきっと……」
と、ここで、彼が皆まで言う前に、受け渡しが順調なのか主催者側の人間がメイヤーさんを呼びに来た。
「それじゃあこの話はここまでで」
師匠は途中だった台詞を大人しく引っ込めて自らで会話に幕を引く。
えっあの俺が何ですって?
続きを聞きたかったけど、メイヤーさんも呼ばれているしわざわざ話を戻すのも藪蛇になりかねなかったから諦めた。
「あのっ、もしも気が変わったらいつでもパン屋までどうぞ」
「そうだね。その時は店の味もたっぷり堪能させて頂こうかな」
パンだけなら普通に買いに来てくれて良いんだけど。まあ師匠には師匠の都合があるか。
「はい、その時は是非」
折を見たメイヤーさんが師匠に軽く会釈して係の者に続いて歩き出した所で、
「――エイドくーん」
何か聞いてはいけない者の声が聞こえて来た。
ん? あれれ~? この声はアイラ姫かなあ??
…………だあああ~ッそうだよ彼女ら一番初めの組だから早々と受け渡しが終わってんだよ!
今までは他の誰かと話をしていたからこっちに来なかっただけだ。おそらくは一緒に来た商人から彼の同業者を紹介されていたりしたんだろう。
どうしてそこまで気が回らなかった俺……!
急激に顔が強張った俺に気付いた師匠が怪訝そうに首を傾げる。
「どうかしたのかい?」
師匠の声にメイヤーさんも肩越しに振り返る。
「エイド?」
最早アイラ姫が恐怖の対象のようにも思える俺は顔面蒼白になりながらも、二人へと取り繕った笑みを浮かべた。
「いいいっいや何でもないです。それじゃ俺たちはこれにて失礼をば! 呼ばれてますし、ですよねメイヤーさん!」
俺は錯乱の魔法を掛けられた者みたいなぐるぐるした両目でメイヤーさんに訴えかける。
だって冗談じゃなくアイラ姫にはこれ以上関わりたくないんだよ。
三十六計逃げるが勝ちだ。
受け渡し時は許可なく関係のない人間は部屋に入れないのが普通だし、さすがに部屋に押し入ってはこないだろう。そう願う!
メイヤーさんは俺の逼迫度に気付いたのか、ちょっと驚いたように瞬きしてから「そうだな」と鷹揚に頷いてくれた。
さっさと落札額を主催者サイドに支払って品を受け取って、アイラ姫からトンズラだ~!
「そ、それでは師匠また何か御縁があれば!」
俺はメイヤーさんをぐいぐいと押して急いで会場脇の別室へと向かう。
師匠呼びしていた自覚もないまま必死に足を動かした。
途中、メイヤーさんが声を落とした。
「わかったわかった急ぐから押すな。でも我慢できるか? ――トイレ」
「違いますよ!」
一方、自分自身の順番を待つためか空いていた手近な席へと腰を下ろした師匠が、
「あはは、師匠か。……中々に良き気分だの」
なんてどこか面白がるように一人小さく呟いた声なんぞ、聞こえるよしもなかった。
メイヤーさんの支払いと受け渡しはすぐに済んだ。
後は会場に出るのとは別のドアから通路に出て早い所船を降りたい。
とある御方のせいで長居は無用だからな。
それに何より、海龍の瞳いやいや海龍のフンの件で噴き出しそうになるかもしれないし。
うん、むしろ同情して涙ぐむかも!
そういうわけで、緊張しつつ通路に出た。
きっとまだアイラ姫たちは会場にいて……。
「あ、エイド君!」
「んなああああ!?」
背後のちょっと離れた位置から彼女の声が飛んできた。
冷汗を浮かべて肩越しに振り返れば、案の定通路の向こうに一人の子供仮面と二人の大人仮面が佇んでいる。
でもラッキーにも間には他に人がいた。これは絶好の逃げるチャンス。俺は彼女の再度の呼び掛けを皆まで聞かないうちに素早く駆け出した。因みに聞こえたのは「エイドく」までだ。メイヤーさんは風に靡く凧のように俺の手に引っ張られている。
「えっ、なっななな何故逃げるのですかあ~ッ!?」
「は? え? 何だ何だ何だあああ!? おおおおい坊主!?」
二人の困惑の叫びも必死な俺の耳には入らない。
依然メイヤーさんを引っ張って……というか途中から担いで、来た道を逆に辿って脱兎の如く通路を走って角を曲がって上へと通じている階段を五段抜かしくらいで上がって最終的に甲板に出た。
「はあ、はあ、はあ……っ、ここまでこればきっと諦めて……」
激しい揺れで船酔いならぬ担がれ酔いを来したらしいメイヤーさんを下ろして大きく肩で息をしていると、船内から「エイド君待って下さい~」って叫び声が聞こえてきた。
ぎゃーっ追いかけて来てるうううーーーーっ!
ホラーか何かにでも遭遇した人みたいな顔色で俺は船の手摺に駆け寄って身を乗り出した。
ここでようやく気付く。
「ええええ!? この船出港してんのおおおおーーーー!?」
「おい危ねえって!」
「陸はまだかーーーーっ!」
恐慌を来し自分でも馬鹿な台詞を叫んでいる自覚のある俺は、てっきり街中で開催じゃあ目立つからあえて船内に会場を設けているだけで、オークションの間も船は港に停泊したままかと思っていた。だけど違った。
岸からはやや距離がある。
そっかだから中座したと思った人たちが程なく会場に戻ってきたりしていたわけか。そりゃ大波小波の上じゃ下船は無理だよな。自力で泳ぐなら別だけど。
警備上の観点からそうしているのかもしれない。
「おっ? 何だ今日は沖に出たのか。初めてだな」
「初めて!? じゃあやっぱりいつもは停泊したままなんですか?」
「ああ。オークションをするだけだから余計な燃料を消費する必要はないだろ」
「それは確かにそうですよね」
じゃあどうして今回に限って?
エイドくーん、と声が確実に近付く。
そうだよ、アイラ姫。彼女がこの船に乗ってるんだよ。彼女のために王家の力で出港させたのか?
あり得るな。身の安全のためだ。王女様なんていつ何時良からぬ輩に狙われるかわからないしな。昼の海上なら不審な船が近付けばすぐにわかる。
……決して、貴き誰かさんが裏で権力を行使して俺を袋の鼠にするつもりだった、とは考えない。
考えないっ……!!
事実パン屋までは来たし、万一そうだったら怖いから考えたくないんだよおおお~~~~ッッ!!!!
ああもうどうして平穏から遠ざかる方に俺の日常は転がっていくんだあああ!
これはあれか? サードライフの試練なのか?
それともどうにか過去たちを回避してのんびりライフを得てみろっていう神様からの挑戦状なのか?
ああもしもそうなら、癪だけど受けて立つよ。
俺は絶対にこの人生での平穏を諦めない!
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えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
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カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
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スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
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ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
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去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
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