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三章 おとぎの夢
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――夢を見た。
そこはおとぎ話のような世界。
この景色を見るのは何度目だろう。
ユメナはここでいつも魔女のおばあさんから選択を迫られる。
『右のりんごと左のりんご、どちらを選ぶ?』
ユメナは迷った末に、左のりんごにそっと手を伸ばす。
手を伸ばしたその時、突然左のりんごがバチンと派手な音を立てて弾け、中から黒い液体がどろりと流れ出た。
「ひゃあっ!?」
ドレスの裾を持ち上げながら後ずさると、ユメナは体のバランスを崩す。すると背後にいた誰かに優しく受け止められた。
「大丈夫?」
それは何度もテレビの中で聞いたことのあるハスキーな声。振り向くとそこには金の刺繍がほどこされた白いタキシードに身を包んだセナの姿があった。そのあまりの美しさに声も出せず、こくこくと首をたてに振る。
「毒りんごを爆破させたのはぼくなんだけどなー」
声がした方に顔を向けると、黒を基調とした中世貴族のような装いに身を包んだヨミが立っていた。ヨミの黒いタキシードにもセナと同様に上品な金の刺繍がほどこされており、二人が並ぶとまさに白の王子と黒の王子だ。
装いが違うだけで雰囲気もがらりと変わる二人をまじまじと見つめていると、ヨミは気恥ずかしそうにユメナから目を逸らした。
「この夢の中では衣装の縛りに抗えないみたいでね。こんな服装、キャラじゃないけど」
「いや、似合ってるよ。かっこいい」
「……え?」
ユメナがなんの気もなしに発言した言葉で、ヨミは分かりやすく赤面した。その反応を見て、ユメナも遅れて顔を赤らめる。
「あっ、いや! その! 衣装! 衣装がね! かっこいいの!」
あわてふためくユメナを見てヨミは「ははっ」と小さく笑った。いつものようなイジワルな笑顔ではなく、自然な笑顔だった。
「ユメナもそのドレス似合ってるよ。可愛い」
「へっ」
ストレートな言葉に耳まで真っ赤に染めるユメナ。二人の様子を傍で見ていたセナが自分の存在を示すようにごほんと咳ばらいをした。
「じゃあ早速ユメナの悪夢をいただこうか……と言いたいところだけど」
ヨミは両手をパンッと叩き、ユメナの夢の世界をぐるりと一周見渡した。
「森の中、目の前の魔女、選択するりんご、この悪夢の舞台はおそらく童話の『白雪姫』。でもおかしいな。夢の中には大抵敵が潜んでいるはずなのに気配すら感じない」
「敵? 目の前にいる魔女のおばあさんなんじゃないの?」
ユメナが問いかけるとヨミは魔女に近付き、体をこんこんと叩いた。中は空洞なのか、プラスチックのような軽い音が響く。
「これは模型だよ。よく出来てる」
「うそ! 模型!? 気付かなかった……」
ユメナは魔女をまじまじと見つめる。顔のシワも、時折するまばたきもリアルでこの十二日間模型であることに全く気が付かなかった。
「まあ、まだ夜明けまで時間は充分あるし少し考えよう。その間に敵がひょこっと現れるかもしれないしね」
ヨミはネコのように背筋をぐっと伸ばすと、不安そうな顔で立ちつくすユメナを見て笑った。
「そんな顔しないで」
「でも……」
「十三日目だから慎重になってるだけ。夢の世界では出てきた敵を討伐する方がユメクイにとっても悪夢を見る側にとっても楽なんだよ。こないだみたいにあめ玉サイズになってくれるから」
あめ玉と聞き、つい先日の出来事を思い出す。黒夢ヘビを倒したことでユメナの悪夢はあめ玉サイズにまで小さくなり、ユメクイであるヨミがそれを……
「……~っ!」
「どうしたの? 顔が赤いけど」
「だっ、大丈夫! なんでもない!」
ユメナは両手で顔を覆い、背を向けた。
ヨミとセナは顔を見合わせてふしぎそうに首をかしげる。
「まあ敵が現れなくても……こういう物語タイプの夢はシナリオを忠実に進めて結末までたどり着くことで悪夢の種が消失することもある」
セナの言葉にユメナは「へぇ」と呟く。
「そうだね。クリアまでの手立ては何通りかあるから心配しなくていい」
ヨミは自信満々に頷くと懐から丸メガネを取り出した。そしてユメナの背後でうごめく悪夢をじっくり観察し、またメガネを外す。
「ずっと気になってたんだけどそのメガネは……?」
「ん? ああ、説明してなかったっけ。これは悪夢の大きさや濃度を確認するためのメガネ。今確認した感じだと、まだぼくが食べられるレベルの大きさだから最悪そのままいただくよ。ちょっと痛いかもだけど」
「なっ……! あのサイズの悪夢を食べられるのか!?」
セナは信じられないといったように口をはくはくと開く。そんなセナに、ヨミは「余裕」とVサインを作ってみせた。
「私の悪夢、そんなにでかいの?」
ユメナがセナにおずおずと問うと、セナは無言で何度も頷いた。
「ああ……自動販売機二台分くらいある」
「例えが絶妙に分かりづらい……」
ユメナは深呼吸をし、一度自分を落ち着かせると夢の空間をぐるっと見渡した。いつも悪夢のりんごを選ばないことに必死で、この世界をじっくりと見たことがなかったのだ。
そこはおとぎ話のような世界。
この景色を見るのは何度目だろう。
ユメナはここでいつも魔女のおばあさんから選択を迫られる。
『右のりんごと左のりんご、どちらを選ぶ?』
ユメナは迷った末に、左のりんごにそっと手を伸ばす。
手を伸ばしたその時、突然左のりんごがバチンと派手な音を立てて弾け、中から黒い液体がどろりと流れ出た。
「ひゃあっ!?」
ドレスの裾を持ち上げながら後ずさると、ユメナは体のバランスを崩す。すると背後にいた誰かに優しく受け止められた。
「大丈夫?」
それは何度もテレビの中で聞いたことのあるハスキーな声。振り向くとそこには金の刺繍がほどこされた白いタキシードに身を包んだセナの姿があった。そのあまりの美しさに声も出せず、こくこくと首をたてに振る。
「毒りんごを爆破させたのはぼくなんだけどなー」
声がした方に顔を向けると、黒を基調とした中世貴族のような装いに身を包んだヨミが立っていた。ヨミの黒いタキシードにもセナと同様に上品な金の刺繍がほどこされており、二人が並ぶとまさに白の王子と黒の王子だ。
装いが違うだけで雰囲気もがらりと変わる二人をまじまじと見つめていると、ヨミは気恥ずかしそうにユメナから目を逸らした。
「この夢の中では衣装の縛りに抗えないみたいでね。こんな服装、キャラじゃないけど」
「いや、似合ってるよ。かっこいい」
「……え?」
ユメナがなんの気もなしに発言した言葉で、ヨミは分かりやすく赤面した。その反応を見て、ユメナも遅れて顔を赤らめる。
「あっ、いや! その! 衣装! 衣装がね! かっこいいの!」
あわてふためくユメナを見てヨミは「ははっ」と小さく笑った。いつものようなイジワルな笑顔ではなく、自然な笑顔だった。
「ユメナもそのドレス似合ってるよ。可愛い」
「へっ」
ストレートな言葉に耳まで真っ赤に染めるユメナ。二人の様子を傍で見ていたセナが自分の存在を示すようにごほんと咳ばらいをした。
「じゃあ早速ユメナの悪夢をいただこうか……と言いたいところだけど」
ヨミは両手をパンッと叩き、ユメナの夢の世界をぐるりと一周見渡した。
「森の中、目の前の魔女、選択するりんご、この悪夢の舞台はおそらく童話の『白雪姫』。でもおかしいな。夢の中には大抵敵が潜んでいるはずなのに気配すら感じない」
「敵? 目の前にいる魔女のおばあさんなんじゃないの?」
ユメナが問いかけるとヨミは魔女に近付き、体をこんこんと叩いた。中は空洞なのか、プラスチックのような軽い音が響く。
「これは模型だよ。よく出来てる」
「うそ! 模型!? 気付かなかった……」
ユメナは魔女をまじまじと見つめる。顔のシワも、時折するまばたきもリアルでこの十二日間模型であることに全く気が付かなかった。
「まあ、まだ夜明けまで時間は充分あるし少し考えよう。その間に敵がひょこっと現れるかもしれないしね」
ヨミはネコのように背筋をぐっと伸ばすと、不安そうな顔で立ちつくすユメナを見て笑った。
「そんな顔しないで」
「でも……」
「十三日目だから慎重になってるだけ。夢の世界では出てきた敵を討伐する方がユメクイにとっても悪夢を見る側にとっても楽なんだよ。こないだみたいにあめ玉サイズになってくれるから」
あめ玉と聞き、つい先日の出来事を思い出す。黒夢ヘビを倒したことでユメナの悪夢はあめ玉サイズにまで小さくなり、ユメクイであるヨミがそれを……
「……~っ!」
「どうしたの? 顔が赤いけど」
「だっ、大丈夫! なんでもない!」
ユメナは両手で顔を覆い、背を向けた。
ヨミとセナは顔を見合わせてふしぎそうに首をかしげる。
「まあ敵が現れなくても……こういう物語タイプの夢はシナリオを忠実に進めて結末までたどり着くことで悪夢の種が消失することもある」
セナの言葉にユメナは「へぇ」と呟く。
「そうだね。クリアまでの手立ては何通りかあるから心配しなくていい」
ヨミは自信満々に頷くと懐から丸メガネを取り出した。そしてユメナの背後でうごめく悪夢をじっくり観察し、またメガネを外す。
「ずっと気になってたんだけどそのメガネは……?」
「ん? ああ、説明してなかったっけ。これは悪夢の大きさや濃度を確認するためのメガネ。今確認した感じだと、まだぼくが食べられるレベルの大きさだから最悪そのままいただくよ。ちょっと痛いかもだけど」
「なっ……! あのサイズの悪夢を食べられるのか!?」
セナは信じられないといったように口をはくはくと開く。そんなセナに、ヨミは「余裕」とVサインを作ってみせた。
「私の悪夢、そんなにでかいの?」
ユメナがセナにおずおずと問うと、セナは無言で何度も頷いた。
「ああ……自動販売機二台分くらいある」
「例えが絶妙に分かりづらい……」
ユメナは深呼吸をし、一度自分を落ち着かせると夢の空間をぐるっと見渡した。いつも悪夢のりんごを選ばないことに必死で、この世界をじっくりと見たことがなかったのだ。
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