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武神女帝編

ep441 タケゾー「嫁の叔母さんと二人で話す羽目になった」

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「ほうほう。武蔵殿はそんな昔から隼を好いておったのか。それに長年気づかぬとは、隼も罪な女よな」
「ええ、まあ……。俺も告白のタイミングを逃したってのはありますが……」
「ハハハ! しかして幸運であったな。隼ほどの容姿と気概があれば、寄ってくる男も多かったであろう?」
「……あいつ、周囲の好意にはありえないほど無頓着だったんで」

 隼がフェリアの訪問に向かった後、俺はクジャクさんと二人きりになってしまう。
 この人は隼の叔母さんだ。しかも二十年間交流できなかった反動なのか、かなり溺愛している面が見える。
 それはまあ仕方ないとしよう。隼にとっても母親のような人ではある。俺もそこに口を挟む気はさらさらない。

 ――だが、こうやって一人で話をすることになった俺は地味に辛い。一国の権力者が身内になる日が来るなんて、俺も俺で大概数奇な運命を歩んでいる気はする。

「それにしても、隼の婿殿が武蔵殿で私も快く思うぞ。長年に渡って隼を見守ってくれたその方ならば、私よりも傍にいるに相応しい」
「そ、それはありがたい話ですが……クジャクさんだって隼にとっては大切な人ですし……」
「とはいえ、隼は最終的に私ではなく武蔵殿を選んだということであろう? 謙遜など必要ない。……むしろ、私の方が嫉妬すべきか? ハハハ!」

 とはいえ、クジャクさん自身も俺のことは婿として認めてくれている。
 豪気な態度をとりながらも、カラッとした笑いでこちらの背中をバンバン叩く姿は、どことなく隼を思わせる。
 つくづくこの人が隼の叔母さんであることに納得できる。どれだけ距離も期間も離れていようと、血は争えないということか。



「おっ? ソラッチャンは不在かな? いるのはアカッチャンとクジャク様だけってことね。かえって好都合か」
「あれ? フクロウさん? どうしてここに?」



 なんだかんだで新たな身内と交流を深めていると、フクロウさんがノックしながら部屋へと入ってきた。
 いや、せめてノック後の返事を確認してから入ってきてほしい。入りながらノックをされても遅すぎる。
 ここは俺と隼の客室なんだし……大丈夫だったとはいえ、配慮はしてほしかった。

「ほう、フクロウ殿か。その方は隼と武蔵殿の夫婦とも交流が盛んと聞いている。よければそちらの話も聞きたく思うぞ」
「そいつはオレッチとしてもやりたいとこだけど、今は優先すべき別件があってね。さっきフロストの旦那から将軍艦隊ジェネラルフリート全体に指令が下り、オレッチももうじき出撃準備に入る。ただ、その前に話しておきたいことがあってね」

 全く遠慮なしにどこか急ぎ足でフクロウさんは話を振ってくるが、いよいよ時間が迫っていることを実感してくる。
 フロスト博士達による作戦も固まったようで、後は実行に移すだけか。俺もいったんは談笑をやめ、気を引き締め直す必要がありそうだ。
 ただ、フクロウさんが俺達にしたい話題はそれとは別のように聞こえる。いったい、このタイミングで何を話すというのだろうか?



「……アカッチャンは妙だと思わない? 今回の騒動は天鐘の野望から始まってるけど、後手に回ったはずのこっちが今や優勢だ。……まるで『あらかじめそうなるシナリオだった』みたいにさ」



 話というのは、フクロウさんが抱いていた疑問。その見解を俺にも求めたいらしく、目を細めながら尋ねてきた。
 正直、俺も疑問に思ってなかったわけじゃない。こちらが優勢というのはありがたい話だが、いささか話ができすぎている気はしていた。思い返せば、不審な点も多い。

 天鐘が野望のために内紛を起こしたことは、フロスト博士のようにウォリアール上層部の人間なら予想できたのではなかろうか?
 あいつの動き自体は露骨だったし、いくら裏で画策していても観測しようと思えばできたはずだ。

 洗居さんを人質にとってフェリアを動かしたまでは良かったが、その策略も失敗。
 逆にフェリアの逆鱗に触れてしまい、ここまで天鐘が劣勢となる要因にもなった。

 その後の動きについても、裏をかかれた形なのに異様に的確な場面が多い。
 ラルカさんと牙島が裏切ったのに、フロスト博士はそれさえ軽く流して冷静に現状分析を続けていた。
 そのおかげで対処できたとも言えるし、それこそがフロスト博士の手腕とも言える。だが、仮にも部下に裏切られてここまで冷静に作戦を進められるものだろうか?

 天鐘の陣営についてもそうだ。空中戦艦コメットノアやGT細胞アポカリプスを手中に収め、一時はクジャクさんどころか隼さえも支配下に置いていた。
 それが今ではこちらにつき、むしろ打倒天鐘に燃えている。おまけに本来の護衛役だった元五艦将コンビも、寝返ったラルカさんの手で消されてしまう始末。
 明らかに向こうの歯車がかみ合っておらず、杜撰と言わざるを得ない。天鐘の手腕が甘いと言えばそれまでだが、それ以外の何かも見え隠れする。

 ――総じて言えるのは、こちらにとって『都合が良すぎる』ということだ。

「ふむ……確かに振り返ってみれば、フクロウ殿が懸念する気持ちも分かる。だが、今はフロスト艦橋将の手腕を信じることこそ最善だ。私がこちらの陣営についたことにしても、言うならば巡り合わせのようなものだ」
「その巡り合わせにしたって、クジャク様は『最初からどこかのタイミングで寝返るつもり』だったんじゃない? オレッチもおおよその事情は聞き及んでるもんでね」
「まあ……あながち間違ってはいないな。私自身の身の振りは隼の希望次第ではあった。万一あの子が王族に戻ること受け入れるのであれば、逆に天鐘を強く説得もしたであろう」

 クジャクさんも交えて話を進めるが、フクロウさんの言い分にも一理ある。ウォリアールの内情に詳しい人間ならば、クジャクさんの行動を読めていた可能性も否定できない。
 そうなってくると、これまでの前提さえ覆る可能性がある。もし仮にこれらの全てを予測できていたら、もっと早い段階で対策が打てたはずだ。



 ――だが、もしも『事前対策を打たないこと』さえも計画の内に含まれていたら?



「……クジャクさんは今回の騒動において、フロスト博士と何か特別な話はしましたか?」
「特別な話? いや、しておらぬな。話したことなど『隼をウォリアールに招きたい』ぐらいだ。その後については、私が個人的に行ったにすぎぬ」
「……クジャクさんが最初、隼に『ウォリアール王族に戻ってほしい』と話すことも、フロスト博士には話を通してないと?」
「ああ、その通りだ。だが、フロスト艦橋将もそのことは予測できていたはずだ。フェリアの父――ウォリアール国王も予測自体は容易にできる」
「……つまり、フロスト博士の行動は『あくまでウォリアール国王の意志に従うもの』って認識でいいですよね?」
「そこは私も王族分家当主として保証しよう。いかにマッドサイエンティストと呼称されようとも、フロスト艦橋将にできるのはあくまで『現国王の意志に従う』までだ」

 一つの仮説が頭の中で描かれ、疑心が膨れ上がっていく。決戦前だというのに、こんな惑いがよくないのは分かってもだ。
 俺の読みが正しければ、フロスト博士は天鐘の野望とはもっと別の絵を描いている。しかもクジャクさんまでをも欺いたうえで。
 ただ、その果てに見るのはあくまでウォリアールの未来であり、天鐘打倒という共通の目的が存在する。あの人自身の個人的野望で絵を描いてるわけじゃない。

 ならば、フロスト博士が目指しているものは――



「まさか……!? そういうことなのか……!?」



 ――今の状況を振り返ることで、俺にも少し答えが見えてきた。
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