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紅い闇編

ep417 空より闇に堕ちた紅魔鳥:クリムゾンウィッチⅡ

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「え……? じゅ、隼? まさか、正気に戻ったのか……?」
「しょ、正気ってどういうこと……? い、いや、そもそもアタシは何をやってて……?」

 ヘルメットが外れた俺の素顔を見たからか、隼の目はわずかに正気の色を取り戻す。
 正直、心のどこかで嬉しくなってくる。記憶も奪われてただ能力の限りに暴れていたと思っていたが、俺の顔を見れば思い出してくれた。

 ――臭い話だが『愛の力』なんて言いたくなる。

「ね、ねえ? アタシ、何か酷いこと――あぐぅ!?」
「隼!? おい、隼!? どうしたんだ!?」
「あ、熱い……! 痛い……! く、首筋が……!」

 だが、現実はそんな想いがどうこうでうまくは行かない。突如隼は自身の後ろ首を抑え込んで呻き始める。
 顔を覗き込んでみると分かるのは、大量に冷や汗をかきながら浮かべる苦しそうな表情。記憶が戻って安泰なんて安易な結末にはならない。
 俺も気になってその個所を見てみると――



「これか!? 外部デバイスってのは!?」
「く、苦しい……! タケゾー……ア、アタシから……離れて……!」



 ――そこにあったのは、フロスト博士も言っていた隼を狂わせる元凶。GT細胞を体内へと送り込む外部デバイスだ。
 注射器のようなものがそのまま隼の首筋深く、脊椎の辺りまで突き刺さっているように見える。
 これを抜き取ることができれば、隼を元に戻せるはずだ。

「あ、赤原! 空鳥に埋め込まれた外部デバイスが見つかったのか!?」
「ああ! だが、本当にこれを抜き取っても大丈夫なのか!? かなり深く刺さってるから、下手をすれば命に支障も……!?」
「ヘルメットの通信機を使え! フロストと連絡を取るんだ!」

 だが、実際に目にすると問題も見えてくる。フェリアも近づいて様子を確認するが、これは俺達だけで判断できるものではない。
 すぐさまフェリアが拾ってくれたヘルメットをかぶり直し、フロスト博士との通信を再開する。
 こんな未知のものを前にして、素人判断は危険すぎる。

【一度通信が途絶えたみてーだが、クリムゾンウィッチの方はうまくいったのか?】
「フロスト博士! 今、隼の首筋に外部デバイスが突き刺さってるのを見つけました! 注射器のようなものがかなり深く突き刺さってますが、本当にこれを抜けばいいんですか!?」
【注射器のようなものがかなり深く……か。どーにも、かなり脊椎に干渉するレベルみてーだな。そのまま抜き取るのは流石に危険ってーことか。だが、悠長なことも言ってられねーな】

 フロスト博士に状況を説明すると、やはり俺も危惧した可能性が浮上してくる。
 専門家らしく分析してくれるが、同時に時間がないこともフロスト博士は瞬時に理解してくれたようだ。
 このままでは隼が苦しみ続けるし、また正気を失って襲い掛かってくる恐れさえある。
 できることならば、すぐにでも対処したいが――



【……よし、赤原。予定通り、オメーがその外部デバイスを抜き取れ。ただし、素早く鋭く真っ直ぐにだ。少しでも遅かったり角度がズレちまうと、脊椎を傷つけて後遺症――最悪、死の危険さえある。そこを考慮した上で抜き取れ。今はオメーとジェットアーマーの機能に託すしかねーな】



 ――その方法がかなり難しいことは、俺でもすぐに理解できた。
 隼を一切傷つけることなく、正確に素早く外部デバイスを抜き取るなんて、思わず怖気そうになる話だ。
 だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。今この時しか、隼を救う機会はない。

「……素人に随分と無茶な要求をしてくれますね」
【それでもやるしかねーだろが。オメーで言い始めたことなのに、今更怖気づいたってーのか?】
「むしろ逆ですよ。この展開には覚えがありますし、今度は俺が隼を助けるのにはおあつらえ向きですかね」

 それでも、俺はここで怖気づくわけにはいかないし、むしろ頭が冴えわたってくる。
 思えば今のこの状況は、隼が俺をジェットアーマーの暴走から救ってくれた時の逆だ。そう考えると妙な話だが、俺の中で湧き上がるものを感じる。

 ――あの時と同じく、悔しい結末なんて望まない。

「ダ、ダメ……タケゾー……! 早くアタシから……逃げて……! また……襲っちゃう……!」
「逃げるわけないだろ。俺だって惚れた女の一人や二人も助け出せないほど、腐っちゃいないさ」

 隼は今でも必死に自分を抑え、俺に逃げるよう催促してくる。もちろん、そんな話を呑めるはずがない。
 身に覚えのある言葉を返しながら、俺は隼の首筋に埋め込まれた外部デバイスを指で摘まむ。
 隼の脊椎と深く繋がっている以上、ほんの少しでも間違えれば大事に至ってしまう。

「……隼、今は俺を信じてくれ。本当にもう少しの辛抱だ」
「タ……タケゾー……」

 できる限り隼にも優しく語り掛けて不安をほぐし、俺は意識を指もとに集中させる。
 勝負は一瞬だ。隼の脊椎に負担をかけず、なおかつ一瞬で外部デバイスを取り除く必要がある。

 ――迷うわけにはいかない。この一瞬で決める。



「フンッ!」


 ――ピンッ


「ううぅ……!?」



 俺にとって、可能な限りの精度とスピード。ジェットアーマーの持つ機能を最大限に活かし、外部デバイス自体は綺麗に抜き取れた。
 だが、問題はこの後だ。

「隼! しっかりしろ! 俺のことが分かるか!? おい!」

 外部デバイスが抜き取られた影響か、髪の色は元の黒髪へと戻っていき、隼の体は一気に脱力してしまう。
 俺が支えて必死に呼びかけるも、わずかに苦しそうな声をあげた後の反応が返ってこない。

 ――本当に頼む。頼むから戻ってきてくれ。
 あの時の俺と同じように、もう一度名前を呼んで――



「タ、タケゾー……? アタシ、無事なの……?」
「隼……! 隼!!」



 ――その願いが通じたかのように、隼は薄っすらと目を開きながら俺の名前を呼んでくれた。
 今のところ、記憶に乱れもなさそうだ。まだ体に力は入らないようだが、本当に良かった。
 俺の時は助かって、隼はダメだったなんて結末だけは認められない。

 ――今はただ、その結末を回避できたことだけが嬉しい。思わず涙がこぼれ、隼に抱き着いてしまう。

「み、みっともないよ……。いい男が簡単に涙なんか見せてさ……」
「『そういうのは惚れた女の前でしろ』とでも言いたいんだろ? ……だからこうしてるんだよ」
「……ニシシ~。本当に愛情が深いことで。でも、今はこの腕の中が心地いいや……」

 お互いに普段の軽口を言い合える。こうなってしまった元凶のことなど、今だけはどうでもいい。
 できることならば、この幸福感をいつまでも味わって――


 ガラララァァア!


「な、なんだ!? 足場が不安定に!?」

 ――いる余裕さえも、今の俺達には許されていなかった。
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