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魔女と街のさらなる日常編

ep366 超一流の清掃用務員は本当に超一流だった。

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「オレも『超一流の清掃用務員』って話を部下から聞かされて興味本位で頼んだんだ時、会ったことがある。あるんだがよォ……」
「何? その思い出話からまだ何か不穏な話が続きそうなニュアンスは……?」

 アタシも話の最中に思い出したんだけど、そういや洗居さんと最初に会った時にこんなことを言ってたっけ。『首相官邸もお掃除したことがある』とか何とか。
 まさか、首相ご本人から確認をとれるとは思わなんだ。本当にあの人、掃除のためならばどこであろうと現れてたのね。

 ――ヤクザの組事務所や反社のフロント企業とかも混ざってたし、掃除に関しての洗居さんは想像の斜め上を天元突破する。

「テメェとあの洗居って女はどういう関係だァ?」
「アタシ、今は表で清掃業をしてるのよね。洗居さんはその上司」
「確かにあの超一流の清掃用務員の部下ともなれば、テメェみてェなヒーロークラスじゃねェと務まらねェかァ……」
「……なんでそこで妙な納得をしちゃうの? てか、その当時に何があったの?」

 固厳首相は思い出を語りながらも、どこか洗居さんに妙な評価を抱いている。
 首相官邸を掃除した時に何かあったらしいけど、評価自体は高そうな気がする。
 あの固厳首相を唸らせるなんて、一体洗居さんはアタシの知らないところで何をしたのだろうか?



「あの清掃用務員……。丁度やって来てた他国の首脳陣の目に留まって、そっちの官邸の掃除まで請け負いやがったんだァ……」
「……何してんの、あの人? 掃除のために国外進出?」
「おまけにそこでの評価も高くて、以前に国際的な会議では『国境を超える清掃コネクション』なんて提案まで出てくる始末でよォ……」
「洗居さんって、掃除で世界平和でも成し遂げるつもりなの? 絶対に違うだろうけど」



 固厳首相も頭を抱えながら語るのは、アタシも知らなかった洗居さんのさらなる清掃エリア。あの人、国内だけじゃ収まらずに国外にまで羽根を伸ばしてたのか。
 やってることのスケールが意味不明だよ。いずれは宇宙に行ってスペースデプリの回収までやるんじゃないかな?
 もっとも、あの人は詰まるところ『掃除するべき場所に行ってるだけ』って感じなんだろうけどね。何か特別なことを考えてるとは思えない。

「それにしても、あの清掃用務員とウォリアールがどう関係するんだァ? まさか、ウォリアールにまで掃除しに行ってるのかァ?」
「固厳首相がそう考えるの仕方ないだろうけど、掃除は一切関係ないんだよね。ここだけの話なんだけど、実は洗居さん、ウォリアールの王子様と婚約することになってさ」
「ウォリアールの王子殿下とだとォ!? ……しかしまァ、あの女ほどの器量じゃねェと、ウォリアールの王族入りは釣り合わねェかァ」
「……さっきから洗居さんに対するその妙な信頼は何? いや、もうこの話も終わりにしたい」

 なんだかおかしな方向に話が逸れちゃったけど、固厳首相も洗居さんのウォリアール王族入りには肯定的だ。
 この人は自分が認めた相手にならばある意味一途であり、洗居さんもその中に含まれてはいる。そう考えれば信頼感も増すかな。

 ――むしろそうしておかないと、この話の着地点が見えてこない。

「しっかしこうなってくると、ウォリアールは一荒れしそうだなァ。現王子殿下に婚約者ができりゃァ、次の跡取りもほぼ確定だァ。別筋の王族が黙って見てるかどうか……」
「別筋の王族となると……クジャクさんのこと?」
「そこはテメェも知ってたかァ。ウォリアールトップの座を掴めるもう一つの血筋こそ、本家とは違う血筋を継ぐクジャク・スクリードの存在だァ。といっても、あっちの家系に世継ぎはいなかったはずだがなァ」

 今度はウォリアールの王族に関する話題が出てくるけど、これに関しては考えたところでどうにもならない。
 アタシもお世話になったクジャクさんの存在も話題に出てくるけど、お国全体の事情についてはノータッチが一番だろう。

「別に荒れることはないと思うよ? フェリアさんだって、洗居さんを陰謀に巻き込む真似はしないだろうし。そもそもクジャクさんって自由奔放で、トップに立って人を引っ張るタイプじゃないし」
「たとえ当事者がそう考えてても、どうにもならねェ時があるのが国ってもんだァ。まァ、オレも少し話し過ぎたかなァ。テメェの要望は頭の片隅入れといてやるから、もうさっさと帰りやがれェ」

 気が付けば結構話し込んでしまったものだ。いきなり首相官邸にお邪魔してしまったわけだし、アタシもここは素直に言葉通り退散としましょうか。
 もし仮にウォリアールで騒動があったとしても、それは行ってから考えるぐらいでいいや。
 それで本当に洗居さんの身に危険が迫るなら、その時こそアタシの出番だ。そういう意味ではアタシが一度ウォリアールに向かって様子を伺うのは合理的かもしれない。

「忙しいところありがとね、固厳首相。あー、アタシがいない間にまた暴力的民主主義思想を推し進めるのはなしで」
「それは当然だァ。やるにしたって、テメェがいる時に正々堂々と――ん? 電話かァ?」

 アタシも忍び込んだ窓からデバイスロッドで飛び去ろうとすると、固厳首相の執務机にあった電話が鳴り始めた。
 内閣総理大臣なんだから、色々と取り次ぐ必要もあって大変なんだろうね。
 中途半端なお別れの挨拶になっちゃったけど、ここは変に待たずにさっさと退散――



「ああァ!? 野党が予算案にケチつけてるだァ!? しかもそれに対してコメントした与党議員のSNSが炎上してるだとォ!? いつもいつも大して力にもならねェ連中のくせに、問題だけは一丁前に起こしやがるなァ! おい、関係者を今日の夜中にこっちへ呼び集めろォ! 一度オレが直々に説教してやるよォオ!!」



 ――するのが正解だってことはすぐに理解できた。アタシも深くは聞いてないけど、そもそも深く聞かない方がいい内容だ。
 執務室に鳴り響くのは固厳首相の怒鳴り声。わずかに読み取れる内容は政治のいざこざ。
 アタシも一国民ではあるけど、なんだか関わるような話ではない。関われそうに思えない。
 とりあえず、固厳首相に任せるのが一番だとは思う。

 ――与野党関係なく『説教する』とか言い出した姿は見なかったことにしよう。

「内閣総理大臣ってのも大変だねぇ……」

 こう言っては何だが、アタシは本当に固厳首相の望むトップの椅子というものに座らなくてよかったとつくづく思う。
 国のトップだなんて、やっぱりアタシには務まらない。今だって街の人々にアタシ不在の間のお願いをして回ってるのにさ。
 アタシは街のヒーロー、空色の魔女。座るべき椅子があるならばそれだけでいい。



 ――洗居さんもウォリアール王族になったら、こんな苦労をするのかな? ちょっと心配。
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