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将軍艦隊編・序

ep293 タケゾー「必要なのは大勢の声だ」

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「……二人とも、来てくれたか。俺が何を言いたいのか……分かるな?」
「あ、赤原……? い、いつになく顔が怖いぞ……?」
「ま、まあ……。私達がやったことを考えれば、当然だよね……」

 宇神とVRワールドでの話も終え、俺は隼を助けるために動き出す。
 そのためにまず会ったのは、空色の魔女批判にも加担していた中学同級生インフルエンサーカップル。
 SNSで『以前の喫茶店に来い。逃げるな』とメッセージを送り、半ば脅迫気味に呼び寄せた。

「俺も以前、お前達二人に一方的な頼み事をした立場だ。そっちの考えが変わっても、強く言える立場じゃない。だが、どうしてここまで逆転した行動をとったのか……教えてもらわないと、納得できないんだが?」

 宇神が言うには、この二人が空色の魔女批判に走ったのはVRゲームが原因だ。
 その影響がどこまで及んでいるのかは想像できないが、直接会った二人の様子を見る限り、こちらが強気に出ても問題なさそうだ。

「大ファンである空色の魔女が批判されて、隼はすっかり気を落としてる。俺にとっては遠回しにでも『隼を傷つけた』という事実が許せない」
「そ、そうだろうな……。俺達だって、空鳥さんを傷つけたかったわけじゃないんだ……」
「信じてもらえないかもしれないけど、私達もどうしてあんな批判投稿を始めちゃったのか、自分自身でも理解できなくて……」

 俺が睨みながら隼の話を持ち出すと、二人して申し訳なさそうに言葉を返してくる。
 見た感じ、二人にもどこか戸惑いの色が見える。これがミームの感染というものなのだろうか。
 本当に一種の洗脳を受けていて、今は少し正気に戻っているのを感じ取れる。

「……これは俺の方で入った情報だが、お前達もプレイしていたフルダイブVRゲームのプレイヤーが洗脳され、空色の魔女を批判しているようだ」
「や、やっぱりあのゲームが原因だったのか……!? 言い訳するわけじゃないが、俺達は赤原達とVRワールドで出会った後も、VRゲームは続けてたんだ……」
「ただ、あの頃からゲーム内で妙な噂が出回るし、プレイしてるとおかしな気持ちが湧き上がってきたのよ……。『空色の魔女は悪だ』って声が頭に響いてきて……」
「それが原因で、空色の魔女への憎しみが膨れがったってことだな?」

 こうして現実世界で俺に問い詰められたためか、二人も自らの行いを振り返れるぐらいには正常だ。
 話の内容についても、宇神から聞いていた通りだ。とりあえず、この二人については説得できるだろう。

「空色の魔女の悪評に根拠はあるのか? お前達だって、最初は空色の魔女に肯定的だったじゃないか? ただ『頭の中で声がする』なんて理由で、寄ってたかって他の連中と同じように批判していいと思ってるのか?」
「……赤原の言う通りだよな。世間がそうなってるからとかゲームの影響とかを理由に、事実無根な噂を広めていい理由にはならないよな……」
「何より、空鳥さんが悲しむことぐらい想像できたよね……。私達、本当になんでこんなことをしたんだろ……?」

 高圧的になりながらも俺が言葉をかければ、二人とも自分達がやってきたことを反省してくれる。
 この二人についてはこれで問題ないだろう。だが、空色の魔女を批判する世論の暴走は、これだけでは止まらない。

「他のプレイヤーとは連絡が取れないのか? 俺はどうしても、この一件を収束させたいんだ」
「連絡については、俺達でも難しいな……。こっちは赤原の話を聞いて我に返ったけど、他のプレイヤーには批判を止める大きな理由がない」

 止めるべき相手では個人ではなく、ミームに先導された集団だ。
 せめてVRゲームのプレイヤーの訴えかけることができれば、このミームを止めることはできる。
 だが、事はそう簡単にはいかない。
 このインフルエンサーカップルと違い、他のプレイヤーには俺達に大きな接点はない。
 仮に連絡が取れたとしても、聞く耳など持ってくれないだろう。

「それでもどうにかしないと、隼が苦しみ続けることに……!」
「ねえ、赤原君? 私、少し気になってたんだけど、どうしてそこまで空色の魔女を庇おうとするの? ファンである空鳥さんのためってのは分かるけど、それにしては執着しすぎというか……」
「……ああ、そのことか。……やっぱり、話しておくべきか」

 俺が色々試行錯誤していると、ある意味当然とも言うべき疑問が投げかけられた。
 隼のために動いているわけだが、俺の目的自体は『空色の魔女の風評被害を止める』ことにある。
 空色の魔女と隼が同一人物であることを知らなければ、ここまで動くことに違和感を感じるものだろう。
 『赤の他人に過ぎない空色の魔女』のために、俺が必死になるのは理由として薄い。

 ――できれば使いたくはなかったが、あらかじめ考えていた手段に出るしかない。

「……二人とも。こっちに耳を寄せて聞いてくれ。そして、今から俺が言うことは誰にも言うんじゃないぞ?」
「あ、ああ。本当に今日の赤原はやけに真剣だな……」
「でも、私達も申し訳ないことはしたからね。秘密があるなら、しっかり守るわ」
「本当に他言無用で頼む。今から言うことは紛れもない事実なんだが――」

 世論を動かすためには、それだけ大勢の声が必要になる。そのために秘密を明かす場面もある。
 デザイアガルダが脱獄して『空色の魔女の肉親』という情報が出回っている以上、いずれ時間の問題も出てくる。
 『隼の叔父さんこそがデザイアガルダ』という事実が晒されれば、隼の正体だってすぐにバレてしまう。
 そのタイミングで世論が空色の魔女を批判するままだったら、それこそ隼は今よりもっと苦しい立場に立たされる。

 ――だから、俺の方が先に動かせてもらう。
 信頼を得る意味でも、ここで語る事実に意味はある。



「空色の魔女の正体……それは俺の嫁、空鳥 隼だ」
「ええぇ!? そ、その話って、本当なのか……!?」
「こ、声を抑えてよね……! でも、本当に本当の話なの……!?」



 俺の言葉を聞いて、インフルエンサーカップルは口元を手で抑えながら驚愕する。
 必死にこみ上げる声を抑えないといけないぐらい、この話が衝撃的だということか。
 俺だって最初に隼から聞かされた時は驚いたものだ。もっとも、あの時は俺がジェットアーマーというヴィランになっていた時の話か。

 あの時、隼は『もうアタシに関わらないで欲しい』と言ってきた。
 それは空色の魔女というヒーローの傍にいる危険性を考え、俺の身を案じてのこと。あいつにとって、自らの存在が周囲を巻き込むことは何よりも辛いのは分かる。

 ――だが、俺が選んだのはヒーローでもある隼の傍にいて、その支えとなる道だ。

「いきなり言われて驚くだろうが、これは本当の話だ。『隼と空色の魔女が同一人物』となれば、俺がどうしてここまで必死になるか……理解してくれるな?」
「あ、ああ……。確かにそれなら、納得できる……」
「でも、私達にバラしてよかったの? その……空色の魔女を――空鳥さんを追い詰めた側の人間だけど?」
「この一件には俺達では想像もつかない敵がバックに控えてる。だからこそ、少しでも空色の魔女に同調してくれる人間が欲しい。そのためにも、俺はお前達にも真実を知っておいて欲しい」

 今の隼は批判で心を折られている。俺がその心を支えずして、誰がやるという話だ。
 独断専行で動いてしまうが、それでも隼を助けるためにはこの手段しかない。
 目には目を、歯には歯をだ。大勢の声を操って隼を追い詰めるなら、こっちはそれ以上の声を集めてみせる。

「お前達二人にとって、空色の魔女は今でもヒーローなのは変わらないな?」
「……ああ。おかしな印象操作をされても、その正体を聞かされても、今は空色の魔女のことを信じられる」
「むしろ、私達だって空鳥さんのことを守りたいわ。一度は否定した身で虫がいい話だけど、私達にできることがあるなら何でも言って」
「……そう言ってくれると信じてた。なら、俺の考えた作戦についてだが――」

 そのために必要となるのが信用。正気に戻った同級生の二人なら、隼に味方してくれると信じていた。
 ここからの作戦についても俺が話していくと、理解を示してくれる。

「ほ、本当にそんなことができるのか?」
「でも、やるしかないってことよね?」
「ああ、やるしかないんだ。全体の動きは俺で何とかする。また報告するから、連絡を待っていてくれ」

 隼のように戦える力があるわけではない。固厳首相のように権力があるわけでもない。
 それでも、俺はやれる限りのことをやり、必ずこの状況をひっくり返してみせる。



 ――愛する者の涙をこれ以上は見たくない。
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