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VRワールド編
ep285 タケゾー「空色の魔女の背中を守りたい」
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「……こうして赤原君に語ってもらえて、僕の中でもだいぶ整理ができてきたよ。どうにも、僕は『こっちが苦労してるのに、苦労せずに頂点に立つ空鳥さんがズルい』なんて考えてたけど、そんなことはなかったってことか……」
「むしろ苦労と言うならば、隼ほど苦労してる人間もいないさ。俺はあいつの苦労を少しでも支えたくて、こうして夫になったんだ」
俺が語る隼の話を聞いて、宇神も納得したように言葉を漏らし始める。
こいつは知らないことだろうが、隼も空色の魔女として脚光を浴びる裏側で、多大な陰をその背に背負っている。
俺の親父を助けられなかったこと。
自身の叔父がヴィランになってしまったこと。
ショーちゃんの前身である佐々吹が亡くなったこと。
星皇社長を助けられなかったこと。
――数え出していけばキリがない。
普段は明るく振る舞う隼であっても、それはある意味背負った陰の裏返しだ。
周囲を守りたくて、日常に陰を落としたくなくて、あいつはずっとその気持ちを隠している部分がある。
だからせめて、俺は『隼自身の日常』を守ってやりたい。その気持ちは結婚当初から変わらない。
「……なんだか、赤原君にまで負けた気分だよ。本当に僕は何も見えていなかったってことか」
「勝ち負けの話でもないさ。ただ、俺は宇神にも隼の奥底で抱えている気持ちを理解して欲しいとは思ってる。俺としても、厚かましく色々と言葉を並べたが、その気持ちだけは本物だ」
「……そうだろうね。つくづく、僕が一人で張り合ってたのが馬鹿らしくなってきたや……」
俺の話を聞き終えると、宇神は脱力しながら椅子に背を預けている。
ある意味、中学時代からずっと心を縛り付けていた鎖から、ようやく解放されたといったところか。
「だから、隼のことを恨んだりだけはしないで欲しい。あいつは断じて、お前を蔑むような人間じゃない。……天然で色々と失礼なことは言うけどさ」
「天然なところも含めて、僕も空鳥さんのことは自分なりに理解できたさ。それに、もう恨みだ何だなんて感情もない。でなければ、こうして僕が調べた情報を君達に伝えることもなかった」
「それもそうだな。その件については本当に感謝してる。……ところで、お前はこれからどうするんだ? こうやってフロスト博士や固厳首相の計画に弓引く形になると、流石に色々と厳しいものがあるだろ?」
宇神との間にあった確執も消え、俺の心の中にあったシコリのようなものもなくなった。
そうなってくると新たに気がかりなのが、宇神の立場について。こうして俺達と接触している動きについても、いつフロスト博士や固厳首相にバレるかは分からない。
もしそうなってしまえば、それこそ宇神が消される可能性も――
「僕の身を心配してくれるのはありがたいが、こちらについては大丈夫だと認識している。……そもそも、固厳首相にしてもフロスト博士にしても、僕の動きはある程度予測しているはずだ」
「えっ……!?」
――などと心配になったが、宇神自身は落ち着いた物腰でその立場を推察している。
こうしてフロスト博士でさえも干渉できないVR空間を用意できるとはいえ、肝心の宇神は現実世界で政府機関の監視下にある。
言われてみれば、ちょっと宇神が行動を起こしたぐらい、あの二人なら簡単に感知できるか。
「あの二人からしてみると、僕の存在なんてそれこそ本当に路傍の石なんだろね。僕のことはヒーロー計画のプロトタイプでしかなく、二人ともさらに先や別の方向に目を向けている」
「その目的についてはまだまだ推し量れない部分もあるが、とりあえずは宇神が狙われる可能性は低いってことだな?」
「一応はね。それに僕もまだ政府公認ヒーローの一人という立場がある。他の二人は政府の計画に今も乗り気だし、僕みたいに考え方を改める様子もない」
「そうなってくると、宇神はこれまでと同じように活動する必要もあるな。ヒーロー計画そのものだって、上の人間は迂闊に止めたくないだろう」
「そういうことさ。僕はあくまで今の立場を貫く必要がある。だから、こっちについては心配無用ってことさ。……それ以上に、僕は空鳥さんの立場を危惧するべきだと考えるね」
宇神の立場については理解できた。フロスト博士や固厳首相の思惑がどうあれ、手中に収めた手駒を簡単に手離す可能性の方が低いと見える。
それに他の戦士や僧侶のヒーローについても、宇神がブレーキ役となることでこれまでのような横暴は抑えられる。そういう意味でも、宇神にはこれからも苦労してもらう必要がありそうだ。
それはそれで俺も心配になるが、宇神は隼のことの方が心配らしい。
「空色の魔女の能力をあの二人が狙っている件も含めて、僕なりにもう一つ考察できたことがある。と言っても、今さっき思いついた話だけどね」
「それが隼の立場に関係する話と?」
「これもあくまで仮説なんだけど、もしかすると空鳥さんの能力を調べたり勧誘したりするのには『空色の魔女の地位を奪い取る』意味があるのかもしれない。ヒーロー制定法が定められる前より活動していた世間への認識度を考えれば、当然の話じゃないかな?」
「空色の魔女の地位を奪う……か」
宇神の抱く懸念は確かに一理ある。フロスト博士にしても固厳首相にしても、空色の魔女への執着は『能力の解析』だけで終わりそうにない。
解析した能力にしても、一体どのように利用するつもりだろうか? 可能性があるとするならば、隼の泣きどころを把握したいといったところか?
もし本当にそうならば、こちらは固厳首相の考えていそうな話だ。技術的な観点にしか興味のないフロスト博士には、隼の地位を奪うメリットがない。
空色の魔女というヒーローの地位を奪うことができれば、固厳首相の制定したヒーロー制定法にはリターンがある。
いまだに世間でヒーロー制定法への関心が薄いのは、空色の魔女の存在が壁になっているからとも言える。
政治的な話をするならば『支持率への障害の排除』と、固厳首相が捉えていてもおかしくない。
「……そのことについては、俺も隼のために動いてみる。長々と話に付き合わせてすまなかったな」
「いや、僕の方こそいい話が聞けたよ。……空鳥さんのことは赤原君といった家族にしか守れない。君はずっと彼女の背中を追いながらも、その横に立つために努めてきた人間だ。僕のように追い越すことを考えていた人間ではなく、そういう人間にしか世間での立場は守れない」
「ああ、分かってる。……最後に一つだけ言わせてくれ。ありがとうな、宇神」
俺も宇神も、隼の背中を追い続けた人間だ。その道筋は違ったが、今はこうして共に行動を起こせる状況にもある。
もう過去のことはお互い水に流して、これから先のために必要ならば手を取りあおう。
――それもまた、隼が望む俺達の在り方だ。
「また何かあったら、赤原君には連絡を入れるようにするよ。この隔離された電脳空間ならば、僕達二人で話し合うこともできる」
「そうだな。それじゃあ、俺もログアウトさせてもらって――いや、待ってくれ。最後にやっぱり、もう一つだけ言いたいことがある」
「僕に感謝の言葉を述べてくれた直後に、まだ何か言うことでもあるのかい?」
今後の方針も決まり、俺もログアウトして現実世界に戻ろうと思ったが、ここで一つだけ俺の頭の中に引っかかってたことがあった。
これまでの話からすると大したことないのだが、宇神は隼のことを『何でもできる完璧超人』と思っている節がある。
その点については、どうしても言いたいことが一つある。
それは――
「隼の奴、料理は壊滅的に下手だし、営業トークも全くできない。あいつに勝つつもりなら、その辺りで勝負しろ」
「そ、それはどうも……。でも、今言うことかな? それ?」
「むしろ苦労と言うならば、隼ほど苦労してる人間もいないさ。俺はあいつの苦労を少しでも支えたくて、こうして夫になったんだ」
俺が語る隼の話を聞いて、宇神も納得したように言葉を漏らし始める。
こいつは知らないことだろうが、隼も空色の魔女として脚光を浴びる裏側で、多大な陰をその背に背負っている。
俺の親父を助けられなかったこと。
自身の叔父がヴィランになってしまったこと。
ショーちゃんの前身である佐々吹が亡くなったこと。
星皇社長を助けられなかったこと。
――数え出していけばキリがない。
普段は明るく振る舞う隼であっても、それはある意味背負った陰の裏返しだ。
周囲を守りたくて、日常に陰を落としたくなくて、あいつはずっとその気持ちを隠している部分がある。
だからせめて、俺は『隼自身の日常』を守ってやりたい。その気持ちは結婚当初から変わらない。
「……なんだか、赤原君にまで負けた気分だよ。本当に僕は何も見えていなかったってことか」
「勝ち負けの話でもないさ。ただ、俺は宇神にも隼の奥底で抱えている気持ちを理解して欲しいとは思ってる。俺としても、厚かましく色々と言葉を並べたが、その気持ちだけは本物だ」
「……そうだろうね。つくづく、僕が一人で張り合ってたのが馬鹿らしくなってきたや……」
俺の話を聞き終えると、宇神は脱力しながら椅子に背を預けている。
ある意味、中学時代からずっと心を縛り付けていた鎖から、ようやく解放されたといったところか。
「だから、隼のことを恨んだりだけはしないで欲しい。あいつは断じて、お前を蔑むような人間じゃない。……天然で色々と失礼なことは言うけどさ」
「天然なところも含めて、僕も空鳥さんのことは自分なりに理解できたさ。それに、もう恨みだ何だなんて感情もない。でなければ、こうして僕が調べた情報を君達に伝えることもなかった」
「それもそうだな。その件については本当に感謝してる。……ところで、お前はこれからどうするんだ? こうやってフロスト博士や固厳首相の計画に弓引く形になると、流石に色々と厳しいものがあるだろ?」
宇神との間にあった確執も消え、俺の心の中にあったシコリのようなものもなくなった。
そうなってくると新たに気がかりなのが、宇神の立場について。こうして俺達と接触している動きについても、いつフロスト博士や固厳首相にバレるかは分からない。
もしそうなってしまえば、それこそ宇神が消される可能性も――
「僕の身を心配してくれるのはありがたいが、こちらについては大丈夫だと認識している。……そもそも、固厳首相にしてもフロスト博士にしても、僕の動きはある程度予測しているはずだ」
「えっ……!?」
――などと心配になったが、宇神自身は落ち着いた物腰でその立場を推察している。
こうしてフロスト博士でさえも干渉できないVR空間を用意できるとはいえ、肝心の宇神は現実世界で政府機関の監視下にある。
言われてみれば、ちょっと宇神が行動を起こしたぐらい、あの二人なら簡単に感知できるか。
「あの二人からしてみると、僕の存在なんてそれこそ本当に路傍の石なんだろね。僕のことはヒーロー計画のプロトタイプでしかなく、二人ともさらに先や別の方向に目を向けている」
「その目的についてはまだまだ推し量れない部分もあるが、とりあえずは宇神が狙われる可能性は低いってことだな?」
「一応はね。それに僕もまだ政府公認ヒーローの一人という立場がある。他の二人は政府の計画に今も乗り気だし、僕みたいに考え方を改める様子もない」
「そうなってくると、宇神はこれまでと同じように活動する必要もあるな。ヒーロー計画そのものだって、上の人間は迂闊に止めたくないだろう」
「そういうことさ。僕はあくまで今の立場を貫く必要がある。だから、こっちについては心配無用ってことさ。……それ以上に、僕は空鳥さんの立場を危惧するべきだと考えるね」
宇神の立場については理解できた。フロスト博士や固厳首相の思惑がどうあれ、手中に収めた手駒を簡単に手離す可能性の方が低いと見える。
それに他の戦士や僧侶のヒーローについても、宇神がブレーキ役となることでこれまでのような横暴は抑えられる。そういう意味でも、宇神にはこれからも苦労してもらう必要がありそうだ。
それはそれで俺も心配になるが、宇神は隼のことの方が心配らしい。
「空色の魔女の能力をあの二人が狙っている件も含めて、僕なりにもう一つ考察できたことがある。と言っても、今さっき思いついた話だけどね」
「それが隼の立場に関係する話と?」
「これもあくまで仮説なんだけど、もしかすると空鳥さんの能力を調べたり勧誘したりするのには『空色の魔女の地位を奪い取る』意味があるのかもしれない。ヒーロー制定法が定められる前より活動していた世間への認識度を考えれば、当然の話じゃないかな?」
「空色の魔女の地位を奪う……か」
宇神の抱く懸念は確かに一理ある。フロスト博士にしても固厳首相にしても、空色の魔女への執着は『能力の解析』だけで終わりそうにない。
解析した能力にしても、一体どのように利用するつもりだろうか? 可能性があるとするならば、隼の泣きどころを把握したいといったところか?
もし本当にそうならば、こちらは固厳首相の考えていそうな話だ。技術的な観点にしか興味のないフロスト博士には、隼の地位を奪うメリットがない。
空色の魔女というヒーローの地位を奪うことができれば、固厳首相の制定したヒーロー制定法にはリターンがある。
いまだに世間でヒーロー制定法への関心が薄いのは、空色の魔女の存在が壁になっているからとも言える。
政治的な話をするならば『支持率への障害の排除』と、固厳首相が捉えていてもおかしくない。
「……そのことについては、俺も隼のために動いてみる。長々と話に付き合わせてすまなかったな」
「いや、僕の方こそいい話が聞けたよ。……空鳥さんのことは赤原君といった家族にしか守れない。君はずっと彼女の背中を追いながらも、その横に立つために努めてきた人間だ。僕のように追い越すことを考えていた人間ではなく、そういう人間にしか世間での立場は守れない」
「ああ、分かってる。……最後に一つだけ言わせてくれ。ありがとうな、宇神」
俺も宇神も、隼の背中を追い続けた人間だ。その道筋は違ったが、今はこうして共に行動を起こせる状況にもある。
もう過去のことはお互い水に流して、これから先のために必要ならば手を取りあおう。
――それもまた、隼が望む俺達の在り方だ。
「また何かあったら、赤原君には連絡を入れるようにするよ。この隔離された電脳空間ならば、僕達二人で話し合うこともできる」
「そうだな。それじゃあ、俺もログアウトさせてもらって――いや、待ってくれ。最後にやっぱり、もう一つだけ言いたいことがある」
「僕に感謝の言葉を述べてくれた直後に、まだ何か言うことでもあるのかい?」
今後の方針も決まり、俺もログアウトして現実世界に戻ろうと思ったが、ここで一つだけ俺の頭の中に引っかかってたことがあった。
これまでの話からすると大したことないのだが、宇神は隼のことを『何でもできる完璧超人』と思っている節がある。
その点については、どうしても言いたいことが一つある。
それは――
「隼の奴、料理は壊滅的に下手だし、営業トークも全くできない。あいつに勝つつもりなら、その辺りで勝負しろ」
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