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最後への架け橋編

ep210 タケゾー「全てはみんなのヒーローに託されていく」

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「……ここだ。隼は今この店で匿われてるが、昏睡状態にある」
「自分は彼女がどういう状況にあったのか存じているので、昏睡状態にあるのも納得できます。では、その彼女に目を覚ましてもらいましょうか」
「空色の魔女をボコボコにした元凶の一人やのに、随分とドライなやっちゃで。キハハハ……!」
「あんまり余計な茶々は入れないでもらいたい。俺だって、自分を抑えてあんた達を招き入れるんだからな」

 俺はラルカと牙島を連れて、玉杉さんの店へと戻って来た。
 フェリアの言葉があるとはいえ、まだ完全にこの二人を信用することなどできない。それでも、隼を助ける可能性があるならば受け入れるしかない。
 ある意味での大博打か。俺は後ろをついてくる二人に睨みを利かせながら、店の中へと入っていく。

「武蔵さん! 戻って来た! ……ッ!? そ、その二人は……!?」
「ショーちゃん、大丈夫だ。今は俺を信じて、この二人を通してやってくれ」

 俺がラルカと牙島を連れて店に入ると、ショーちゃんは目を丸くして驚く。
 当然の話だ。この二人はそれぞれ、ショーちゃんを攫って隼を狙っていたヴィラン。警戒するなという方が無理な話だ。

「お、おい、武蔵? その二人って、牙島と噂に聞いてたラルカじゃねえのか? そいつらを連れて来て、どうするつもりだ?」
「結論から言うと、この二人も将軍艦隊ジェネラルフリートの立場として隼に目を覚まして欲しいそうです。……同じウォリアール人であるフェリアさんも、今はこの二人を信じるしかないと」
「フェ、フェリアさんもですか……?」

 玉杉さんと洗居さんもこの二人を見て動揺している。
 空色の魔女の正体が隼であることを知り、ラルカと牙島の存在も知っていれば、それはもう畏怖でしかない。
 それでも俺は簡単な説明だけを交え、隼が眠る奥の部屋へと進んでいく。

「……おふくろ。悪いんだが、少しの間席を外してもらえないか?」
「む、武蔵~……? そ、その二人は~……?」
「詳しいことを説明してる暇はない。……ただ、隼を助け出せる可能性を握ってる」

 隼が眠る部屋の中では、おふくろがその手を握りながら涙を流して座り込んでいた。
 おふくろにもこの二人の正体を詳細に伝えるべきだが、今は余計な心配もかけさせるわけにはいかない。

 隼の仲間である俺達が部屋の外から眺める中、ラルカと牙島は横たわって昏睡状態の隼の容態を確認し始める。

「……これは本当に酷いものですね。自分も幾分か交戦はしましたが、その後に星皇社長達に相当手酷くやられたのでしょう」
「ラルカよりも徹底して叩きのめすやなんて、あの社長はんも本気やなぁ」
「御託はいい。俺はあんた達なら隼を治せると聞いたから、ここまで案内してやったんだ。……それで? 本当に隼を治せるのか?」

 ラルカと牙島は隼の容態を確認して思い思いのことを述べているが、俺からしてみればそんなことはどうでもいい。
 大事なのは隼が目を覚ましてくれること。星皇社長が引き起こしたこの騒動を鎮めるためという意味もあるが、それ以上にこの場にいる全員が隼のことを親身に心配し、その復活を望んでいる。

「隼さんに酷いことしたら、ボク、許さない……!」
「いくら裏社会でも名うての殺し屋二人だろうが、もしものことがあったら俺も容赦しねえぞ?」
「空鳥さんの目を覚まさせてくれるそうですが、もしそれができなかった場合、私も清掃用務員の流儀に逆らってでも抗議しましょう……!」
「お、お願いだから、隼ちゃんを助けて……!」

 その気持ちは俺の後ろにいる全員の言葉からでも理解することができ、当然ラルカと牙島にも聞こえている。
 俺だってみんなと同じ気持ちだ。もしここでラルカと牙島がおかしな真似をすれば、相手が将軍艦隊ジェネラルフリートだろうが国家直属の精鋭だろうが関係ない。
 もう感情に任せて、俺だって殴りかかってしまうだろう。



 ――それぐらい、隼の存在は俺達の中でも大きい。
 ヒーローだからではなく、付き合いの中で生まれた絆が故だ。



「治療法につきましては、自分達もボスから第三者越しに託されただけですので、個人として保証することはできません」
「せやけど、ワイら将軍艦隊ジェネラルフリートのボスもまた、この魔女の姉ちゃんや星皇社長と同等――いや、もしかすっとそれ以上の科学者や。まあ、下手な医者よりかは頼りになるやろ」
「ミス空鳥が普通とは違う特異体質ならば尚更です。ボスもそこを計算に入れてか、彼女専用の回復薬を用意してくれましたよ」

 部屋の外で俺達が睨む中、ラルカは懐から一本の注射を取り出す。
 将軍艦隊ジェネラルフリートのボスが用意したものらしいが、これが隼を救うための切り札ということか。

「アルコールを含んだ回復促進剤です。彼女の体質を考慮して調合し、昏睡状態でもその回復細胞と反応できるように調節しているとのことです」
「……その内容だけ聞けば、確かに信用はできそうだな。あんた達のボスが本当に信頼できるほど、優秀な科学者ならばの話だが」
「そこについてはまあ、フェリア様も一目は置いているほどです。……それでは、これを彼女に投与させていただきます」

 将軍艦隊ジェネラルフリートのボスがどんな奴かは知らない。そもそも、こんな傭兵部隊を率いているのだから、人間としてはロクでもない可能性の方が高い。
 だが、将軍艦隊ジェネラルフリートの技術力は本物だ。牙島のような人間から変異した怪物さえも従えてることからも、純粋にその技術力だけを見れば信用はできる。

 ――ただ、今の俺達には願うことしかできない。
 ラルカは取り出した注射を隼の腕に刺し、その中身を注入していく――



「……カハッ!? ゲホッ! ケホッ!? あ、あれ……? アタシ……生きてる?」
「じゅ、隼……! 隼!!」



 ――不安もあったが、隼はラルカの言った通りに目を覚ましてくれた。
 本人も困惑しているが、俺はそんなことにも構わずにラルカと牙島をかき分け、隼の体へと飛びついてしまう。
 その体には確かに体温が戻っており、安定した心臓の鼓動も聞こえる。俺にはそれが嬉しくて仕方ない。

 ――隼がこうして再び目を覚ましてくれた事実に、涙を流さずにはいられない。

「タ、タケゾー? な、何があったかアタシもまだ理解できてないんだけど、とりあえずいい男がワンワン泣くのはやめなって。そういうのは――」
「『惚れた女にやってやれ』……だろ? だからこうして抱き着いてるんだよ……!」
「……まったく。随分と人目をはばからない旦那様なこった。……でも、アタシも嬉しいよ。タケゾー……」

 まだ目を覚ましたばかりで状況も飲み込めない隼の体を抱え、俺はただただ喜びの涙を流す。
 一度は『もう目を覚まさないかもしれない』と言われた隼が――ずっと愛してきた妻が、こうして目を覚ましてくれたのだ。
 人目も何も、今の俺には関係ない。願わくば、しばらくこの喜びを全身で感じていたい。



「おうおう。見せつけてくれるやないかぁ? せやけど、こっちの話も魔女姉ちゃんには聞いてもらいたいんやがなぁ?」
「ミス空鳥、目覚めたばかりのところで失礼します。今回は自分達も敵ではなく、別の用件があってこちらに赴かせていただきました」
「へ……? 牙島にラルカさんがなんで……?」



 だが、現実問題はそうもいかない。
 ラルカ達が隼をこうして治療したのには、将軍艦隊ジェネラルフリートとしての意向がある。
 本当は隼のためにもう少し休む時間を用意してやりたいが、危機はもうそこまで迫っている。



 ――空色の魔女というヒーローの力は、多くの人々のためにも必要だ。
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