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星皇カンパニー編・転

ep192 月影の工作員:ルナアサシン

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「くっそ……! 機械仕掛けじゃない古典的なブービートラップだから、コンタクトレンズでも感知できない……!」

 ラルカさんは再びバイクを走らせ、部下二人と共に森の中へと姿を消してしまう。
 だが、完全にこの場から逃げ出したわけではない。エンジン音が森の中を反響し、アタシの周囲を回るように聞こえてくる。
 ただ、正確な方角までは分からない。この音が反響する地形も含めて、完全に森の中はラルカさんのテリトリーだ。

「こうなったら、一度高度を上げて森の上から――あぐぅ!? こ、これって……ワイヤー!?」

 さらに最悪なことに、ラルカさんはアタシをこのテリトリーから逃がさないように罠を張り巡らせている。
 木々の間のブービートラップだけでなく、木の頂点から頂点へと張り巡らされたワイヤー。
 光学迷彩にも使われていたと思われる素材で視認性を下げ、まるで蜘蛛の巣のようにこちらの体を絡めとってくる。
 そして、ひとたびアタシがこれらの罠にかかってしまえば――


 バギュゥウン! バギュゥウン!


「あがっ!? ぐうぅ!? ほ、本当に蜘蛛の巣にかかった獲物になった気分だ……!」

 ――ラルカさんとその部下によって、絶縁性の銃弾が飛んでくる。
 下手に動けばブービートラップが発動。高度を上げて上空からの追跡も不可能。
 思えば、ラルカさんはうまくアタシを誘導するように逃げ、この蜘蛛の巣テリトリーへと誘い込んできたということか。

 ――別にこれらはアタシが戦ってきたヴィランと違い、何か特別な能力というわけではない。
 全部が人間にできる範疇で、人間としての叡智を活用した戦略だ。
 ただ、こうして実際にラルカさんの戦い方を目の当たりにして、かつて牙島が『ラルカはこの世界で最強の種族』みたいなことを言っていたのを思い出す。



 ――超人でも怪物でもない。完璧なまでに洗練された軍隊のような戦術。
 それこそ、混じりっ気のない人間本来の特色である、知略を使った戦い方。
 ラルカさんはこの世界に繁栄する『人間という最強の種族』の力を、極限まで極めたヴィランだ。



「だからって……こっちも退くわけにはいかないっての……!」

 とはいえ、アタシも怖気づいてはいられない。どの道、このままでは蜘蛛の巣にかかった得物よろしく、むざむざと殺されるのを待つだけだ。
 なんとか力ずくで体に食い込むワイヤーから逃れ、まずは木の上から様子を探る。
 どこに罠があるかも分かったものではない以上、リスクを抑えて勝てる相手ではない。

 ――こうなったら知略以上の力を使い、強引にでも勝負に出るしかない。

「どれだけ緻密なトラップだろうと、これなら強引に突破できるでしょ……! 電磁フィールド! フルパワー!!」

 アタシは木の枝から降りてデバイスロッドに腰かけ、一度体を丸めて生体コイルの稼働率を限界まで上げる。
 これは体にも負担がかかる諸刃の剣だ。そのことはアタシ自身も承知している。
 それでも、ラルカさんの策略を超えるためにはこれしかない。そのフル稼働した生体コイルの電力を使い、これまでとは比にならない電磁フィールドを周囲に展開する。


 バギュゥン! バギュゥン! バギュゥン!


「おっと! ここまでの電磁フィールドになっちゃえば、絶縁性の弾丸だろうと関係ないってもんよぉお!!」

 その電磁フィールドに敵も脅威を感じたのか、アタシ目がけて三方向から銃弾が飛んでくる。
 だが、ここまで強力な電磁フィールドとなれば、そのローレンツ力は金属以外にも影響を与える。
 消耗は激しいが、それでも飛んできた弾丸を全て防ぎきる。

「攻撃は三方向……! ラルカさんは……そっちか!」

 さらにはコンタクトレンズの望遠機能を使い、三方向のどれがラルカさんのいる方角かも判断する。
 かなり離れているが、わずかにラルカさんがスナイパーライフルを構える姿を確認できた。
 それさえ分かれば、後はもう強行突破で突っ切るのみ。

「どりゃあぁぁああ!!」


 プチン―― ボゴンッ!!

 プチン―― ズバンッ!!


「ふんぐぅ!? 丸太だけじゃなくて、木の杭とかまで用意してたなんて……! だけど……この程度でぇええ!!」

 そうしてラルカさん目がけて一直線に飛行を始めると、案の定無数のブービートラップが襲い掛かってくる。
 それでも電磁フィールドという鎧を纏い、アタシはそれらを意に介さずに先を目指す。
 種類と数の暴力で、トラップが電磁フィールドの防御を貫いて来ようとも、構わずに速度を上げ続ける。

 ――ラルカさんの周到な準備と計画による戦い方とは違い、アタシの戦い方が杜撰で野性的なのは承知の上だ。
 だがラルカさんを倒し、パンドラの箱を奪い返す方法はこれしかない。
 相手は本当の意味でプロの戦闘員。いくらヒーローと呼ばれても、一般社会の中で生きてきたアタシにできることなど、持ち前のパワーによるごり押ししか考え付かない。

「よ、よし! あと少しで――」
「想像以上に頑張るものですね。仕方ありません。総員、プランCでお願いします」
「……え? プランC?」

 無我夢中でラルカさんに近づき、ようやく声が聞こえるところまで接近できた。
 だが、そこでアタシが耳にしたのは、ラルカさんの不穏なセリフ。プランB自体もアタシが襲って来た時の保険らしいけど、まさかまだその先があるってこと?
 ラルカさん自身はライフルを下げて、バイクのハンドルを握り直しているが――



 ズガァンッ!!


「あぐぅ!? な、何!? バ、バイクが!?」



 ――その時、アタシの頭上に激しい衝撃が伝わってくる。
 電磁フィールドでギリギリ防ぎはしたが、上を見るとバイクのタイヤがのしかかって来たのが見える。
 そんな馬鹿な。ラルカさんの部下二人はこことは別方向にいたはずだ。バイクのスピードでもすぐに追いつけるものではない。
 それだというのに、どうしてもうバイクが――


 ズガァンッ!!


「ぐぐぅ!? も、もう一台!?」

 ――そう考えていると、さらに追い打ちとばかりにもう一台のバイクが後輪を持ち上げながら、横からアタシを弾き飛ばしにかかってくる。
 いくら最大レベルまで強化した電磁フィールドでも、トラップとバイクの連撃で流石に限界だ。
 一度襲い掛かったバイクを弾き飛ばすと同時に電子フィールドを解除し、後わずかのところで身構え直すしかない。

「残念ながら、自分は『部下が二人だけ』などとは申しておりません。あなた相手では自分も含めて三人でも心許なかったので、予備戦力を待機させておきました」
「くぅ……!? 本当に一杯食わせることについては、アタシなんかより何枚も上手か……!?」

 この状況についても、ラルカさんは完全に計算して動いていた。
 自らの実力とアタシの実力を比較した慢心などない。自らのテリトリーに誘き寄せることも、こちらが想定していた以上の戦力を用意することも、全て計画の内で行っている。

 この戦い方はこれまでのどんなヴィランよりも恐ろしい。
 敵を知り、自らに打てる最善の一手をあらかじめ用意する。

 ――本物の軍隊に所属する殺し屋の技。それがルナアサシンというヴィランの脅威そのものだ。

「さあ、まだ諦めはしないのでしょう? 自分ももう少し時間を稼ぎたいので、この場は部下に任せます。パンドラの箱は自分が持っているので、欲しいのならば頑張って追いついてください」
「ま、待て! くっそ! あんた達も邪魔だっての!」

 アタシのことは追加された部下二人に任せ、ラルカさんはバイクに乗ってこちらを尻目に逃亡を再開してしまう。
 アタシもここで止まってなんかいられない。襲い掛かる部下達を力任せに投げ飛ばして振り払う。

「ハァ、ハァ……! ちょ、ちょっと消耗が激しいか……!? だけど、パンドラの箱を奪わせるわけには……!」

 どうにか振り払ってデバイスロッドでラルカさんの後を追うも、これまでの猛攻でアタシもかなり消耗してしまった。
 懐の酒瓶でチャージを計るが、それでも全然足りない。こんなところまでラルカさんの術中にハマってしまっている。



 ――それでもアタシはパンドラの箱による悲劇を避けるためにも、ひたすらにその後を追う。
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