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大凍亜連合編・承

ep158 逃げるが勝ちって時もある!

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「小癪なぁ! インサイドブレードかて、逃がすわけには――」
「悪いんだけど、今のあの子はアタシの息子でね! 母親として、我が子を守らせてもらうよ!」

 デバイスロッドごとショーちゃんを遠方へ飛ばして逃がしたと同時に、アタシは自ら氷山地の両手へと掴みかかる。
 アタシだって、仮初とはいえ母親なんだ。何があっても、まずは我が子の安全を第一とする。
 ショーちゃん一人だけならデバイスロッドもかなりの速度で飛ばせられるから、氷山地の虚を突けば逃げ出せる。
 ショーちゃんなら多少は無茶な着地が必要でも、ここに留まることに比べれば安全だ。

 ――そしてアタシは一人での残り、ここで時間稼ぎって寸法さ。

「フン! 魔女の小娘ごときが! 儂の能力を知ってなお、愚かにも掴みかかってくるかぁ!?」
「うっぐぅ……!? あんたの能力は承知の上さ! 承知の上で、こっちも掴みかかったもんでねぇえ!!」

 無論、アタシも氷山地用の対策は即席とはいえ用意してある。
 掴みかかった両手の手袋に仕込んであるジェット推進機構を使い、意図的にエネルギーを氷山地の両手へと叩き込む。
 ただし、これは攻撃するためではない。さっきから様子を見ていたが、氷山地はそのベクトル反転能力を使う時、自らの両手を使って発動させている。
 だからこちらもジェット推進機構のエネルギーを盾のようにして使い、自らの体温を反転させられるのをどうにかして防ぐ。
 アタシの手の平にも冷たさが伝わってくるが、それでも耐えきれないほどじゃない。

「むぅ……!? なんや、姉ちゃんの両手にも細工があるんかいな?」
「そっちの能力をベラベラ喋るのもいいけど、こっちの能力もしっかり把握するこったね! アディオス!」

 それでどうにか初撃を防ぎはしたが、こちらも本格的に交戦するつもりはない。
 氷山地が怯んだのを確認したら、アタシも両手を振り解いてその顔面に回し蹴りを叩き込む。
 これで氷山地が倒れることもないが、別にそれで構わない。
 今度は生体コイルの電力を全身の強化細胞に回し、アタシも走りながらその場を逃げ出す。

 ――ベクトルを反転させる能力なんて、牙島みたいな怪物とは別ベクトルで相手をしたくない。
 まずは逃亡優先。逃げるは恥だが、役に立つってもんだ。



「おんどれぇえ! お前ら! あの魔女を撃ち殺してまえやぁあ!!」



 だが、大凍亜連合もアタシをタダで逃がすはずがない。
 氷山地の周囲にいた構成員だけでなく、物陰に隠れていた構成員までもが姿を現し始める。
 まさかとは思ったが、総帥の氷山地までこの場にいるんだ。これほどの包囲網を作れる戦力を用意していても、おかしな話ではない。

 さらに構成員がその手に持つのは、さっきと同じ絶縁性のボウガン――


 バシュンッ! バシュンッ!

 グサッ! グサッ!


「い、痛い……! くっそ……! でも……こんなところでぇえ!!」

 ――その矢が一斉にアタシ目がけて放たれ、回避する余裕もない。絶縁性のため、防御も不可能だ。
 何発かはアタシの体にも突き刺さり、痛みで思わず怯みそうになる。
 それでもアタシは気力を振り絞り、走るペースを落とさない。

「しぶとい魔女やなぁ! おい! 手榴弾も使わんかい!」
「え……!? そ、そんなものまで……!?」

 さらに最悪なことに、敵の攻撃はボウガンだけでは終わらない。
 氷山地の掛け声を聞き、構成員が一斉に懐から手榴弾を取り出し、そのピンを抜き取る。
 そしてそれらもまた、アタシ目がけて投げつけられてきた。


 ドガァアンッ! ドガァアンッ!


「ゲッホ! ガッハ! こ……こなくそぉおお!!」

 ボウガンで弱ったところに襲い来る、手榴弾の爆発とそれに伴う破片の嵐。ここまでくると、強化細胞でも防げるものではない。
 口からは血反吐が溢れ出るし、もう全身が痛いなんて話じゃない。本気で死にそうだ。
 これが反社組織を敵に回した代償か。ここまで大勢で殺しにかかって来られると、恐怖ですくんでしまいたくなる。

 ――だが、アタシも諦めるわけにはいかない。
 崩れそうな体にムチを打ち、とにかく全速力で包囲網を突破する。

「チィ! 正義のヒーローとか言うわりに、逃げんのだけは達者なもんや! せやけどなぁ! これで終わったとは思わんこったなぁ! 空色の魔女がぁあ!!」
「ハァ、ハァ! す、好きに言ってろってもんだ……!」

 アタシの後ろで氷山地が怒号を上げて挑発めいたことを口にするが、それに構っている余裕もない。
 どれだけ無様な姿をとろうとも、今はヒーローとして以上にやることがある。

 ――アタシは一家の母親なんだ。
 先に逃がしたショーちゃんと合流するためにも、アタシはボロボロになりながらも、どうにかその場を逃げ出した。





「ハァ、ハァ……ゲホッ! な、なんとか振り切った……?」

 無我夢中で走り続けて少し経ち、アタシは人のいない路地裏で周囲を確認してみる。
 どうやら、大凍亜連合の追っ手を撒くことはできたようだ。ひとまずは安心していいだろう。
 とはいえ、体中にはボウガンの矢や手榴弾の破片が刺さってるし、ショーちゃんともまだ合流できていない。

「ショ、ショーちゃんはこっちの方に逃がしたはず……。ア、アタシも急いで……そこに……うぐぅ……!」

 体に突き刺さった異物を取り除きながら、アタシはショーちゃんの元を目指そうとする。
 だが、ここまで蜂の巣にされ、体から血を流したのは初めてのことだ。回復細胞で傷を塞ぐことはできても、出血した分の血は戻ってこない。
 さらにはここまで全力で走って逃げたせいか、貧血と消耗で頭がクラクラしてくる。

「で、でも……ショーちゃんのところ……行って……タケゾーのところ……帰って……」

 なんとか気力を振り絞って歩みを進めるも、もうそんな根性でどうにかなるレベルではない。
 ボウガンと手榴弾をまともに食らったせいで、アタシの体は完全にボロボロだ。
 普通だったら輸血必至。死んでいてもおかしくないほどの重症。

 ――よろめく体を壁に手をつきながら支えるも、とうとう路地裏で一人倒れ込んでしまう。

「ハァ、ハァ……。ま、まさか……こんなところでお陀仏ってことかい……?」

 あまりに想定外の出来事と、想像以上のダメージ。死が迫る実感を生々しく感じてしまう。

 明日は洗居さんと清掃の仕事もあるのに、どうすればいいんだろ?
 ショーちゃんの面倒、タケゾーだけできちんと見れるのかな?
 てか、タケゾーとは結婚してから、新婚旅行にも行ってなかったよね?
 せめて死ぬ前に、結婚旅行はしてみたかったな。
 それ以外にもパンドラの箱とか、星皇社長にもらった結婚祝いのお礼とか――

 ――ヤバい。体に力は入らないのに、頭の中にいろんなことがよぎっていく。
 これってもしかして、走馬灯って奴? アタシ、このまま本当に死んじゃうのかな?



「あ、あなたはまさか……!? ちょっと! しっかりしなさい! 気を確かに持つのよ!」



 そんな死を実感したところで耳に届いてきた、アタシのことを心配する女性の声。
 そういえば、人は死ぬ直前に聴覚が一番働くとか聞いたことがあったっけ? 視界の方はぼやけて、誰が声をかけてきたのかは分からないけど。

「一体どうしてあなたが……!? そうだわ! この近くなら、彼の――」

 でも、アタシはこの女性の声に聞き覚えがある。なんだか、アタシのことを心配してくれているのも分かる。
 ただ、それ以上のことは何も分からない。



 ――アタシはその女性の言葉を耳にしながら、意識を手離してしまった。
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