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魔女と旦那の日常編

ep115 反社組織の用心棒がまた現れた!

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 ビルの屋上からアタシに声をかけてきたのは、大凍亜連合の用心棒を務めている怪しさの二百万点の関西人、牙島。
 こいつには旦那であるタケゾーに毒を打ち込まれたりで、アタシも個人的に恨みが溜まっている。
 できればこのまま空を飛んで殴り掛かりたいが、そうも言える状況ではない。

「このサソリロボットさんだけど、まさかあんたの差し金かい!?」
「まあ、そんなとこやな。つっても、ワイはそのケースコーピオンの試運転のために、ただ見張りをしとるだけやけど」
「『ケースコーピオン』って、こいつの名前!? てか、ちょっとこいつの動きを止めてくんない!? 避けながらだと、アタシも色々聞きづらいんだけど!?」
「ワイの知ったことか。それに、そいつはワイの命令で動いとるわけやないしな」

 アタシは眼前から迫る敵の攻撃を避けながら、屋上にいる牙島へと物申す。
 とりあえず分かったことは、このサソリロボットには『ケースコーピオン』という名前があること。
 牙島も一枚噛んではいるが見張っているだけで、このケースコーピオンをどうこうできないということ。

 ――そしてこんな会話の最中でも、ケースコーピオンは驚くほど俊敏にアタシに襲い掛かってきているということ。
 こっちが高度を上げて逃れようとしても、ビルの壁を蹴ってこちらへ飛びかかってくる。
 こんな動き、アタシの知るロボット工学でもできるものじゃない。もっと高度な、それこそジェットアーマーと同程度の技術がないとできない。

「チィ! 牙島! あんたの相手は後回しにさせてもらうよ! まずはこのロボットだかサソリ人間だかを、先に相手しないといけないみたいだ!」
「ああ、そないしてくれや。ワイも一応は大凍亜連合の人間として、そいつの戦闘データをとっときたいからなぁ」

 言葉の節々からある程度は読み取れていたが、今回の牙島の目的はケースコーピオンという新ヴィランのお披露目会といったところか。
 大凍亜連合の策略に乗っかるようで癪に障るが、アタシもこれ以上は牙島との話に労力は割いていられない。
 今はケースコーピオンを早く止めないと、余計な被害まで出てしまう。

「ほーらほら! 鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」
「対象追跡続行……。投擲物用意……」

 アタシはケースコーピオンに意識を戻すと、まずは挑発して攻撃を誘う。
 あいつの正体が本当にロボットかどうかも分からない。
 過程に応用力はあるが、最終的な目的の部分はプログラムのように規則的だ。
 アタシを見ながら機械的に次の行動を呟き、その言葉通りに尻尾で近くにあった道路標識を地面から抜き取る。
 パワーも判断力も大したものだと褒めてやろう。だけど、アタシもその程度なら十分に計算の範疇ってもんだ。


 ヒュゥウンッ!


「こらこら! 道路標識を引っこ抜くなんて、道交法違反じゃないのかな!? そこはもうちょっと学習しないと……ね!」

 予想通り、ケースコーピオンは宙に浮かぶアタシ目がけて、尻尾で抜き取った道路標識を投げつけてきた。
 『止まれ』の標識を抜くのはマズいよね。それぐらい、免許を持ってないアタシでも分かる。

 ――何より今この場で誰よりも止まるべきは、そんな横暴を働いてる相手の方だけどさ。

「トラクタービーム! 安全確認のための一時停止の意味を、あんたも身をもって知るこったねぇ!」

 そんな飛んでくる道路標識に対しても、アタシは慣れた手つきで対応する。
 トラクタービームで道路標識を引っ張り、ロッドに腰かけながら空中で旋回。
 飛んできた勢いを殺し過ぎず、遠心力をかけながらケースコーピオンへと投げ返す。


 ズガァァンッ!


「……ンギィ。損傷軽微、戦闘続行可能……」
「頑丈さも大したもんだ! それとも、本当にロボットで痛覚もないのかな? まあ、こっちのターンはまだ続くんだけどねぇえ!」

 道路標識は見事にケースコーピオンへと直撃し、その標識通りに相手の動きを止めてくれた。
 だが、これで決まったわけではない。動きが止まったといっても一時的なものだ。
 アタシもそれを読んでいたからこそ、もう次の攻撃は準備している。

 両手の平を腰のあたりで合わせ、そこに電気を放出。同時に新たに用意した手袋に仕込んだジェット推進機構を使い、電気そのものを空気中で球形に流動。

 以前にお義母さんをナンパした不届き男にはやり過ぎたが、こいつ相手にやり過ぎということはないだろう。



「電撃魔術玉ぁぁああ!!」


 ビュゴォォオン!!


「……ンギィ!? 損傷重度、機能一時停止……」



 アタシがパンドラの箱の中身から思いついた新技。その名も電撃魔術玉。
 こういう遠距離技を使うと、なんだか一気に魔女って感じが強くなるよね。

 ――でも、どこか違うような気もしてる。ファンタジーな魔女って言うより、ドラゴンなバトルの戦士みたいな。

 何にしても、威力自体は絶大。ケースコーピオンもその言葉通り、本当に機能を停止したようだ。

「キハハハ! なんや、おもろい技まで持っとるんやなぁ! ……親御さんの直伝ってなもんか?」
「その口ぶりだと、アタシが誰だかには気付いてるみたいだね。こっちとしては、あんまり大っぴらに知られたくないんだけど?」
「ほぉう? そうなんか? せやったら、ここでワイの口を塞いでみるか?」

 ケースコーピオンとの一戦を終え、アタシは再び牙島がいる屋上へと浮上する。
 デザイアガルダを使った挑戦状ゲームの時もそうだったけど、こいつはアタシの正体に気付いている。

「……アタシのことについては、あんたの雇い主である大凍亜連合も承知なのかな?」
「いいや、まだ喋っとらん。ワイも大凍亜連合の人間とはいえ、ただ雇われとるだけの用心棒や。余計なことを口にする筋もあらへん」
「まあ、ムシャクシャしてムシャムシャしちゃうような狂人に、筋だ何だを通す理由もないってことか」
「キハハハ! 好きに言えや! ほんで? ワイのことはどないする? やっぱ、消してまうか?」
「生憎、アタシは正義のヒーローで通ってるもんでね。ヴィランを退治はしても、命を奪うようなことはしたくないのさ」

 牙島との話を続けてみるけど、こいつってどこか余計に煽って来るんだよね。アタシもちょっと苦手。
 軽くこっちも調子を合わせながら言い返すけど、牙島はどこかアタシを戦いに誘っているようにも見える。
 そうなってくると、むしろ相手をしたくなくなるのが人の性だ。
 こいつには以前からゲームだ何だに乗せられてたり、タケゾーがひどい目に遭わされてもいる。
 だけど、ここは冷静に行こう。あえての無視をアタシは選ぶ。

 正直、こいつの相手をするよりはケースコーピオンがどうなったのかの方が気になって来るんだけど――

「あ、あれ? ケースコーピオンがいない?」

 ――さっきまでダウンしていたはずのケースコーピオンは、その場所から姿を消していた。
 パトカーもまだ来てないから、警察が逮捕したわけでもない。ならば、大凍亜連合が回収したということか?

「なんや? もう作戦終了の時間かいな。しゃーない。こないなると、ワイも姉ちゃんを煽って戦うわけにもいかへん」
「あれれ? なんだか、今回はやけに素直だね?」
「こないだ姉ちゃんの恋人に毒を仕込んだことで、ワイへの指示役が口うるさく注意してきたんや。ここで無理に姉ちゃんと戦おうとしても、また面倒なことになってまう」
「なんだかよく分かんない事情だけど、アタシとしてはその指示役って人に同情しちゃうかな」

 牙島もアタシへの挑戦的な態度をやめ、今度は愚痴を漏らし始める。
 牙島への指示役ってのは、何度か名前も出てきたラルカって人のことだろう。
 まだアタシは会ったこともないけど、こんな狂人が味方にいるとなると、いくら強くても大変そうだ。

 ――少し前にゼノアークさんが愚痴ってた話とダブっちゃう。

「てかさ、あのケースコーピオンとかいうのは何者よ? デザイアガルダといい、大凍亜連合は何を企んでるわけ?」
「そないなこと、ワイが言うわけあらへんやろ? それにそこらへんの話なら、姉ちゃんの方がワイより詳しいんとちゃうか?」
「へ? それってどういう意味さ?」

 そんな問題狂人牙島だが、アタシへの説明に関してはどこか奇妙な含みを感じる。考えなしの狂人というより、策略でもありそうな語り口だ。
 アタシにも背を向けてここから立ち去ろうとするが、どうにもその言葉の意味が引っかかってアタシも体の動きを止めてしまう。



 そしてその去り際、わずかにアタシへ言葉を漏らすと、アタシでも追いつけないほど素早く夜闇へ消えていった。



「なんせ、大凍亜連合の目的は姉ちゃんが守っとるもんやからなぁ……!」
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