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魔女と旦那の日常編

ep111 秘書さんは大変そうだ。

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「ウォリアール……? アタシは聞いたことのない国だね? タケゾーは知ってる?」
「いや、俺も聞いたことがないな。そんな国が太平洋のど真ん中にあるのか……」

 ゼノアークさんが口にした出身国――ウォリアール。
 しかもその場所は太平洋のど真ん中。この日本よりもとんでもないところにある島国じゃん。
 アタシもタケゾーも、そんな国にはまるで覚えがない。

「知らなくても無理はありません。歴史の浅い小さな国ですし、資源国家というわけでもありません。今の情報社会なご時世でも、知る人の方が少ないでしょう」
「はえ~、そんな国があったんだ……。ゼノアークさんはそこから出稼ぎに来てるってこと?」
「そうと言えばそうなりますね。ウォリアール自体が多国籍国家でして、中には日系の国民もいます。星皇カンパニーとも縁があり、自分もその関係でこちらにやって来ました」
「世界って広いもんだ。まだまだアタシ達でも知らない国があるんだね」

 ゼノアークさんが架空の国名を言ってるわけでもない。軽くスマホで調べてみたけど、情報はほとんどないにしても、ウォリアールという国名自体は確かに存在する。
 もっとも、ゼノアークさんみたいな人が嘘で人を惑わすようにも見えない。

 ――それにしても、ウォリアールか。太平洋のど真ん中の人知れぬ島国なんて、なんだかロマンを感じちゃう。
 もしもタケゾーと新婚旅行する話が出たら、そんな未開の地に行ってみるのも一興だね。

「ゼノアークさんが日本語が堪能なのも、そのウォリアールという国が多国籍国家だからですか?」
「それもあります。ウォリアールには日本からの移民も多いので、日本語が使われる場面も多いです。ただ、ウォリアールから日本に来ている人はそう多くありません。そのため、自分は星皇カンパニーの社長秘書と同時に、フェリア様の護衛も任されています」
「た、大変そうですね……」

 それにしても、タケゾーとの話からも見えてくるが、ゼノアークさんってそのクールな態度の裏で、やっぱり物凄く苦労してるよね。
 異界の地で大企業の社長秘書なんかして、さらには国のお偉いさんの護衛までしてるわけだ。実は相当ストレスが溜まってるんじゃないかな?

「一応は自分やフェリア様と同郷の人間も、この国にいるにはいます。ただ、その人は少し前に問題を起こしまして、むしろ自分の手を煩わせてくれました。内心、かなり腹が立っています」
「うわぁ……。アタシの想像よりも大変な目に遭ってそう……」

 さらにゼノアークさんが口にするのは、これまでの印象からは想像もできない愚痴の数々。
 ただでさえ忙しいのに、そこにさらに同郷仲間の不始末までしてるのか。これは同情を禁じ得ない。
 本人は堪えているようだが、眉がピクピク動いているのが傍からでもよく分かる。本当にストレスが凄そう。

 ――でも、なんだかそんなゼノアークさんの様子に安心してしまうアタシがいる。

「アタシってさ、今まで失礼ながらも、ゼノアークさんのことをロボットか何かだと思ってたのよね。だけどこうして話を聞くと、やっぱりゼノアークさんも人間だったんだね」
「それはどういう意味でしょうか?」
「ただ与えられた仕事をこなすだけでなく、自分なりの感情もしっかり持ってるってこと。星皇社長と一緒にいる時もそうだけど、アタシから見るとゼノアークさんは自分を押し殺してる感じが強いのよ。だけど、こうやってその奥底の感情を吐き出してる姿を見ると、不思議とアタシも安心できたや」
「……おっしゃる意味がよく分かりません」
「まあ、アタシ個人の感想だし、かなり失礼も混じってるからね。そこまで気にしないで頂戴な」

 まだお互いを全然知らない間柄だけど、ゼノアークさんのこの機械のように淡々とした調子はどこか引っかかっていた。
 それはどこか自分を抑え込んでいるようで、他人であるアタシでも感じてしまう息苦しさ。
 そんなゼノアークさんがこうやって苛立ちとはいえ感情を露わにする姿を見て、なんだかアタシの顔が安心で綻ぶ。

 ――お節介だけど、なんだか放っておけないんだよね。

「……自分ではミス空鳥の真意は測りかねます。ですが、あなたのそういった性分もまた、星皇社長が気にいる由縁なのかもしれませんね」
「それって、ゼノアークさん的にはアタシを褒めてるの?」
「そう受け取っていただいて結構です。……さて、自分はそろそろ失礼いたします。フェリア様も問題なさそうですし、後に予定も控えていますので」

 アタシ達とのちょっとしたお喋りを終えると、ゼノアークさんは椅子から腰を上げて立ち去り始めた。
 アタシの発言も失礼だったので、それで機嫌を損ねたのかとも思ったが、そうではなさそうだ。
 その時に見たゼノアークさんの顔はいつもの無表情だけど、どこか納得したような気配を感じられた。

「ねえ、タケゾー。アタシはさ、ゼノアークさんみたいな堅物な人も笑顔にできるようなヒーローになりたいな。これって、アタシの独りよがり?」
「別にいいんじゃないか? そういう考え方は隼らしいと思う」
「タケゾーにそう言ってもらえると、アタシも安心できるよ。……よし! 頑張ろっと!」

 偶然立ち寄った教会での何気ない一幕だったが、そんな中でもアタシには感じられるものがあった。
 真面目に生きてる人間が、理不尽に不幸な目に遭わない社会。アタシの両親やタケゾー父お義父さんのように、善意ある人間が悪意で命を落とすことがない社会。
 アタシ一人の願いではあるけど、そんな世界を夢見てみたい。



 ――それこそが、空色の魔女という正義のヒーローの在り方だとアタシ自身が定義する。



「さてと、アタシ達もそろそろお暇しましょうかね」
「そうだな。一応、洗居さんとフェリアさんにも声をかけていくか」
「だね。ちょっとだけ失礼させてもらおっか」

 色々と話が逸れることもあったが、アタシ達も思ったより長居してしまったものだ。
 これ以上お邪魔する用事もないし、アタシ達もそろそろ家路につくとしよう。
 そんなわけで、洗居さんとフェリアさんに声をかけようと奥の部屋の扉を――



「フェリアさん。このポージングで大丈夫でしょうか?」
「あ~! いいですね~! 今度はこちらの~、ミニスカメイド服を着てもらえませんか~!?」
「すみません。私はことメイド服においては、ロングスカート至上主義なのです」



 ――開けようとしてやめた。
 なんだか、今開けたらいけないような気がする。そんな会話が扉の向こうから聞こえてくる。

「……タケゾー。やっぱ、このままこっそり帰ろっか」
「……ああ、そうだな。俺も賛成だ」
「後は若い二人に任せて、アタシ達はクールに去ろうね」
「いや、俺達の方が若いだろ?」

 この扉の向こうには、さぞ華やかな百合の花園が広がっている。
 だからこそ、今この扉を開けるわけにはいかない。



 ――他者が安易に汚してよいものではない。
 それが百合の花園というものだ。
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