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想い続けた幼馴染編

ep58 タケゾー「あの日からずっと好きだった」

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「やーい! やーい! おとこおんなー!」
「おとこのくせに、なきむしアカハラー!」
「うう~……。やめてよ~……」

 あれは俺がまだ幼稚園に通っていた頃の話。当時の俺はとにかく気弱で、女っぽい容姿のことでよくいじめられたいた。
 どれだけ色々言われても、言い返すことさえできない日々。
 いつもそのことで涙を流すも、誰かに助けを求める勇気も出ない。
 そんな自分が嫌になりながらも、ただ耐える日々を送っていたが――



「こらー! みんなでいじめるなー! あたしがゆるさないぞー!」
「うわっ!? ソ、ソラトリだ!?」
「ソラトリはこわい! に、にげろー!」



 ――そんなある日に出会った一人の少女のおかげで、俺の人生は大きく変わった。
 その少女は俺がいじめられている現場に割って入り、俺のことを助けてくれた。

 ――その時見た背中を、俺は今でも鮮明に覚えている。
 当時見ていたどんなアニメのヒーローよりも、俺には偉大なヒーローの背中に見えた。

「だいじょーぶ!? ケガ、してない!?」
「う、うん……だいじょうぶ。ありがとう……えーっと、ソラトリちゃん?」

 その少女こそ、俺が成人しても片思い中だった女性、空鳥 隼だ。
 隼は当時から気が強く、人一倍の正義感を持っていた。

「あんたもおとこなんだから、いいかえさないとダメだよ!」
「で、でも……ぼく、こわい……」
「む~……。しかたないね! だったら、あたしがまもってあげるね!」

 そんな正義感ゆえか、隼はいじめられている俺のことを見過ごせなかったようだ。
 それに何より優しいのは、俺に無理して『強くなれ!』などとは言わず、自らが表に立って『守ってあげる!』という言葉から垣間見える、相手の気持ちを尊重する思いやりの心。
 当時の俺は幼いながらも、その心と温かさを含んだ笑顔を見て魅了されてしまった。



 ――俺はもうその時から、隼に惚れてしまっていた。



「これからもよろしくね! タケゾー!」
「タ、タケゾー……って、だれ?」
「あんたのなまえ! あたし、漢字よめるからわかる!」

 ただ、隼は当時から色々と変人ではあった。
 俺のカバンに入っていた両親用の書類を目にして、俺の名前を『武蔵むさし』ではなく『武蔵タケゾー』と読んでしまったようだ。
 確かに幼稚園児で漢字が読めるのは、今思えば凄いことだったのだろう。隼には確かに学業での才能もあった。

「ち、ちがう……。ぼくのなまえ、ムサシ……」
「そうなのー!? でも、タケゾーのほうがしっくりくるから、タケゾーってよぶねー!」
「あうぅ……」

 今にして思えば、人の名前を間違えたまま呼び続けるのも結構ないじめではあった。
 それでも、俺はその日から隼と仲良くなっていった。
 いじめられそうになっても隼が助けてくれて、俺もこのままではダメだと思うようになっていった。
 隼に助けられながらではあるが、俺は俺になりにいじめにも負けない工夫をしていった。

 高校へ進学する頃には、隼に対する想いは一層強くなっていた。
 そんな隼に振り向いてもらおうと、スポーツを始めてみたり、警察官である親父に格闘術を教わったり、男らしさを求めて大型バイクの免許を取ったりもした。
 幼い頃に見た隼の姿を夢見て、俺自身も保育士の進路を選んだ。大人になっても、俺は隼のようなヒーローの姿に憧れていた。
 全ては隼に認められたい一心での行動だったが、それが巡り巡って俺自身のためにもなっていた。

 ――今の俺があるのは、ひとえに隼のおかげだ。





「……ニシシ~。そこまで言われちゃ、仕方がないね。あんたと付き合ってやるさ。これからもよろしく頼むよ……タケゾー」

 そして大人になった今、俺は隼に長年の思いをようやく告白することができた。
 そんな俺の告白に対し、隼は俺の腕に抱かれながら、笑顔で了承してくれた。

 正直、ここに至るまでの道のりは並大抵のものではなかった。
 俺が勇気を振り絞れず、隼に中々告白できなかったということも背景にはあった。
 ただそれを含めても、俺と隼の間で起こった出来事は、普通の恋人同士ではそうそう起こらないものだろう。

 隼の両親の死。
 隼が大切に守っていた工場の売却。
 俺の親父の死。

 嘆くべきことは多く、後悔を拭いきれないこともある。
 それでも、俺にとって一番衝撃だったことは間違いなくこのことだろう――



 ――隼こそが世間で噂されるヒーロー、空色の魔女本人だった。



 そのことを理解した俺は、それこそいつものごとく隼の身を心配した。
 空色の魔女と言えば、デザイアガルダと呼ばれる巨大怪鳥とも戦う、俺のような一般人では想像もつかない危険な使命を背負う存在だ。
 俺がずっと愛していた女性がそんな戦いに身を投じているとなれば、まずはそうやって心配せずにはいられなかった。
 それでも、隼自身が空色の魔女であり続けることを望むのなら、俺はそれを傍で支えてやりたい。

「なあ、隼。俺は空色の魔女のようには戦えないが、お前のことを最大限支えていきたい」
「タケゾーがここまで空色の魔女に協力してくれるとはね……。反対されると思ったんだけど、アタシの心配は杞憂だったか」
「心配にはなるけど、空色の魔女の役目は隼にしかできないんだろ? それに隼が空色の魔女だってことには、俺なりに納得できてる」

 隼が持つ空色の魔女としての力には驚くが、こいつは幼い頃から優秀な技術者の卵だった。

 小学校の頃に作ったペットポトルロケットは、何故か本物のロケット顔負けの空中パージ機能を搭載し、飛距離の世界記録を樹立。
 中学の頃に電気回路の工作をしていたら、一人だけその場にあった材料で最新のマイクロチップの性能を再現。
 挙句の果てには高校時代に国内でも数人しか持っていない、放射能の意味不明なレベルで凄い資格を取得。

 ――そんな常識外れの隼だったから、空色の魔女という常識外れな能力を持っていても、自然と納得できてしまう。
 そして何より、俺は必死に戦う空色の魔女の背中に、あの日の姿を思い浮かべていた。



 ――幼稚園でいじめられていた俺を助けてくれた、誰よりもヒーローらしい背中。
 その正体が隼だったのは、俺にとって一番納得できる話だった。



「それにしても、ジェットアーマーを壊しちゃったのはもったいなかったかな~。ああするしかなかったとはいえ、父さんや母さんが作ったものをアタシの手で破壊するってのは、やっぱいい気がしないよね~……」
「隼の選択は正しかったさ。俺のことも救ってくれたし、両親も天国で納得してくれてるに決まってる。それに……」
「ん? それに……何?」

 ただ、こうやって落ち着いて話をしていると、俺はどうしても隼に謝らないといけないことがある。
 俺があのジェットアーマーに操られていた際の出来事だが、これについては理由はどうあれ、謝罪しないことには俺の気も収まらない。



 俺は抱きかかえていた隼の体から腕を放し、地べたに両手をついて頭を下げた。



「隼のことを散々ボコボコにして……本当にすまなかったぁぁああ!!」
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