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魔女の誕生編

ep6 新居がゴミ捨て場でも問題ない!

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 突如として住居兼職場だった空鳥工場を失ったが、代わりに手に入れた大型粗大ゴミ捨て場という新居。
 思い出の工場を失ったのは辛いが、こうして新しい環境を用意してもらったのだから、嘆いてばかりもいられない。
 まずやるべきは、マグネットリキッドによるアタシの体の検査だ。

「まっ。こんぐらいあれば、体の検査ぐらいはできっかねぇ」

 借金取りさんが帰った後、ちょっと時間はかかって陽も暮れてしまったが、検査に必要な設備の準備はできた。

 捨ててあった双眼鏡を改造した精密な顕微鏡。
 電子レンジの電磁波出力をいじくり、エックス線撮影を可能としたレントゲン。
 その他、廃材から作った様々な検査器具諸々。

 これぐらい作るのなんて、アタシにとっては朝飯前。工業高校主席は伊達じゃない。
 ゴミ捨て場の周囲も隔離壁で覆ったし、安全面も問題ない。

「よしよし。まずはアタシの体について、色々と調べてみないとね」

 準備が整ったのを確認すると、アタシは早速自分で自分を検査してみる。
 なんせ、磁力を帯びてたり、とんでもパワーを発揮する肉体だ。
 多少は予想外の結果が出ても、驚かない覚悟で挑もう。





「……やっべ。想像以上にやっべぇ……」

 息巻いて覚悟を決めて始めた検査だが、その結果を見たアタシは頭を抱え込む。
 出来上がったデータはパソコンの画面に映っているのだが、もうどこからツッコめばいいのか分からない。
 検査前の意気込み? そんなもん、データを見れば一瞬で吹っ飛んだ。

「まずこの細胞なんだけど、こんな変異ってあるもんなのかねぇ……?」

 パソコンをいじりながらデータを再確認するが、アタシの細胞は予想外の変異をしていた。

 顕微鏡でも確認してみたが、皮膚細胞はまるで電線のように通電性がよくなっている。
 もちろん、それで感電することはない。それどころか、通電することで硬化する作用まで持っている。

 それと筋肉細胞と神経細胞もすごい。てか、ヤバい。
 人間の体は微弱な電気信号で動いているらしいが、今のアタシはその電気信号が大きく増大している。
 単純に言えば、筋肉によるパワーも神経による反応速度も、完全に常人の域を超えてる。
 今のアタシ、マジで超人。

 でもって、血液の方もこれまたヤバい。
 赤血球とも白血球とも違う。体内の物質を吸収することで、核融合反応を起こしてしまうという、とんでもない青色の血球。
 体内で核融合とか、マジでヤバいじゃん。しかもそれで生じたエネルギーは、アタシの体内のある場所へと送られる。
 幸い、放射能の影響が出てないことは確認できている。

「ほんでもって、これが一番ヤバいんだよなぁ……」

 パソコンのマウスを操作し、アタシは別のデータを確認する。
 出てきたのはレントゲン画像。これで胸部のレントゲンを撮ってみたのだが――



「なんで……アタシの心臓に電線みたいなもんが巻き付いてるんだぁああ!?」



 ――これはもう、細胞の変異とかじゃない。
 体の構造そのものが全然違う。最早異形。

 この心臓に巻き付いているのは血管が変異したものだろうが、これは一種のコイルのようなものと想定できる。
 体内で起こった核融合のエネルギーを含んだ血液が、このコイルと化した心臓へ送られることで、アタシの体内では電気が生成されている。
 さしずめ『生体コイル』とでも言うべきか。デンキウナギやシビレエイと友達になれそうだ。

「い、意味分かんない……。これがマグネットリキッドの影響だろうけど、マジでゴジ〇かミュータントじゃん……」

 これら予想の遥か天空を突き抜け、衛星軌道まで行きそうな結果が出てしまったのは、マグネットリキッドに含まれていた放射性物質の影響としか考えられない。
 外見的な変化はないが、アタシの体内は完全に異形の者。これって、人間の定義で大丈夫だろうか?

 ――まあ、ベースは人間だから、人間なのだろう。きっと。

「……ん? そういえば、髪の変化はなんだったんだろ?」

 ただ、ここまで調べてもまだ気になるのは、トラックを殴り飛ばした時の話だ。
 あの時、アタシの髪の毛が逆立ったのは分かる。静電気で髪が逆立つのと同じ原理だろう。
 だが、色についてはどういうことだ? 短時間だったが、アタシの髪は黒色から空色に変化していた。
 この変化の理由については、いまだにアタシも納得できていない。

「ほひゃ~……。気にはなるけど、流石に疲れちまったね。こんな時には、ビールビール……っと」

 疑問は残るが、体に疲れも溜まってきている。
 今日はここまでにして、続きは明日に考えよう。
 仕事に関しては、現状タケゾーのいる保育園への出張修理ぐらいしかないし、しばらくは暮らせるだけの貯蓄も残ってる。
 そんなこともあってどこか安心もあったのか、冷蔵庫に入れておいた缶ビールを開けることにした。
 ちゃんと中身も残してくれてたあたり、借金取りさんも律儀なものだ。名前、知らないけど。



 バチチチチッッッ!!


「んっぐぅううう!!??」



 ――そうして名も知らぬ借金取りさんに感謝していた時、アタシの体に電流が走る。
 いや、別に比喩表現ではない。マジで電流が走ったのだ。
 感謝したことが理由などではない。これはアタシが缶ビールを口にしたことによる影響だ。

「んくんく――プッハァ! いや~、まさか、缶ビールで物理的に痺れる日が来るとは思わなかった。でも、これはこれで刺激的な味わい――あれ?」

 そうして電流が身に走れども、アタシは缶ビールを一気に飲み干す。だって好きなんだもん、お酒。
 そして飲み終えた後にふと鏡を見てみると、アタシは自分の身に起きた変化に気がついた――



「アタシの髪が……空色になってる?」



 ――そう。これまで解明できなかった髪の色の変化が、ここに再び発現した。
 ビールを飲んだから変化したのか? いや、トラックを止めた時はビールを飲んでなかった。
 二つの事象の共通点を挙げるなら、アタシの体内電気の出力が上がったことと思われるが――



「……ん? まてよ? まさか、そういうことか!?」



 ――そこまで考えて、アタシは一つの可能性に辿り着いた。

 さっきビールを飲んだ時、我が身に走った電流。
 トラックを止める時、無我夢中で使ったパワー。
 そして考慮すべきは、マグネットリキッド自体が『アルコールを主成分としている』ということ。

 これらの要素から考察した上で、アタシは自らの血液サンプルにアルコールを垂らし、顕微鏡で確認してみると――



「マ……マジか!? この核融合反応、これまでの非じゃないっしょ……!?」



 ――そこには想像通りの結果が映されていた。
 あくまで体内での反応だから、核融合と言っても世間一般的な認識のものよりは遥かに小規模だ。
 それでも、人ひとりの体内で起こっていると考えると、これはもう尋常なレベルのエネルギーじゃない。
 核融合炉によるエネルギー開発は太陽のエネルギーとも呼ばれているが、体積比で見るとアタシの体で同じレベルのことが起こっている。

 ――今のアタシの体はアルコールを媒介とすることで、どんな発電施設よりも高効率のエネルギーを生みだせている。

「そんでもって、この髪色の変化はプラズマ反応の一種か何かか? 出力が上がることで、電荷の影響でプラズマ反応を起こしてるってこと?」

 髪の毛も顕微鏡で確認してみるが、こちらもおおよそ想定はできた。
 アタシの体内での電気出力が上がったことで、イオンと電子が反応を起こした結果、プラズマによって空色に変色したと見える。
 さらにこの出力調整は、アタシがトラックを止めた時のように、ある程度の調整が可能。
 トラックを止めた時は細胞にアルコールから生成された電気が蓄積したままで、本能的にそれを解放したのだろう。
 訓練すれば、自在に出力幅も操れるはずだ。

 ――つまり、アルコールとアタシの匙加減次第で、この髪が空色になる強化モードになれるってこと。
 髪色が変化するとパワーアップするって、どこの戦闘民族よ?
 アタシ、地球人というよりはお野菜星人じゃん。



「……でも、ここまで分かったら、アタシの技術で色々とできんじゃね?」



 ここまで体を検査することで、そのぶっ飛んだ結果に驚かされっぱなしだった。
 でも、ここまでの結果を見てもアタシの体は生命維持的な観点では問題ない。むしろ、生命力は爆上がりしている。
 それに、アタシには電気工学の知識がある。
 この体内に宿った生体コイルによる膨大な電気出力があれば、これまで不可能だったことだって――



「イ……インスピレーションが沸いてきたぁああ!! ヒャッハァアア!!」



 ――そうと分かって、アタシの技術者としての血が騒がずにはいられない。
 ヤバい。ついさっきまでの落ち込みようが嘘のようだ。
 アタシの頭の中にドンドンとアイデアが流れ込み、手を動かしていく。

「エナジェイションファイバーを使えば、変身衣装とかも作れるんじゃね!? それにエレクトロポリマーを加工して、専用デバイスなんか作ってさ! やっべ……やっべぇえ!! これってアタシ、魔法使いにでもなれんじゃね!?」

 こうなると、アタシの作業は止まらない。工具を手に取り、思うがままに開発を始めてしまう。

 だって、仕方ないじゃん? 技術者として、こんなびっくり新境地に出会えたんだよ?
 インスピレーションを刺激されるし、すぐにでも取り掛からないと気が済まない。

 真夜中になっても、アタシの研究開発はこの新居であるゴミ捨て場で続く。
 思わず絶叫しながらも、ただひたすらに思いつくものを作り出し続ける。



 ――まあ、集中しすぎたせいで、寝るのも完全に忘れたけど。
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