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最終章 それが俺達の絆

第432話 明暗夜光のルクガイア・序①

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 陽が暮れ始めたルクガイア王国。
 その王宮・ルクガイア城に、二人の男と一人の女が足を踏み入れようとしていた。

「止まってください、レイキース殿。此度はこの王宮に、一体何の要件ですかな?」
「バルカウスか。勇者である僕が王宮に入るのに、わざわざ要件を述べる必要があるのか?」

 その城門の前で、守りを務めていた王国騎士団がその一団を止めた。

 王宮に入ろうとしていたのは、当代勇者パーティーのレイキースとリフィー。
 そして自らを"紅の賢者"と名乗り、正体を隠した元魔王軍四天王――ダンジェロ。

 それを止めた王国騎士団の先頭にいるのは、王国騎士団団長にして、当代勇者パーティーの一員でもある、バルカウス。

 元々は仲間であるはずの三人が、険悪の空気の中で睨み合っていた。

「レイキース殿。お主は魔王城での一件からこれまで、ずっと鳴りを潜めていた。それがなぜ急に現れたのかな?」
「お前が知る必要はないだろう。それが僕の邪魔をする理由になるのか?」
「……先刻、魔幻塔にて囚われていたボーネス公爵と軍師ジャコウ殿の脱獄が発覚した。その場に居合わせた者の報告から、お主達が手引きしたものと思われるのだが?」
「チィ……。あの二人も、殺しておくべきだったな……」

 バルカウスとレイキースがお互いに問答を続ける最中、レイキースはその本性をわずかに覗かせた。
 バルカウスももうレイキースへの忠誠心はなく、その本性と向き合っていた。

「勇者レイキース……。もう拙者はお主を、"勇者"とは思わない」
「何を言ってるんだ? 僕はあの【伝説の魔王】を倒した勇者だぞ? ……いや、"今度こそ完全に倒す"ためにも、この王宮が必要だな」
「……ゼロラ殿に関する記事か。やはりあれは、お主の仕業なのだな?」

 これまで相手が"勇者"だからこそ、どこかで見て見ぬふりをしてきたレイキースの本性を、バルカウスはしっかりと見つめていた。
 ゼロラが【伝説の魔王】だったという記事は王都中に張り出され、バルカウスの目にも入っていた。
 それでもバルカウスは、レイキースこそ敵意を向けるべき相手だと考えた。

 この男は自身が忠誠を尽くそうと思った、【慈愛の勇者】ユメとは違う。
 ゼロラの正体が何であろうが、レイキースの掲げる正義は容認できるものではない。

 ラルフルへの贖罪を果たし、誇りを取り戻したバルカウスにとって、もはやレイキースは敵としか映らなかった。

「滑稽滑稽。【栄光の勇者】と言われようが、卿は仲間にさえも牙を向けられる……か」
「口を塞いでろ、"紅の賢者"。こいつらは今から黙らせる」
「"紅の賢者"? いや、待て。その男はまさか――」

 バルカウスは一緒にいた"紅の賢者"と呼ばれる男に、違和感を感じた。
 『この男にはどこかで会ったことがある』――
 そんな違和感から、バルカウスは"紅の賢者"の正体に気付こうとしていた――



「……<ライトブレーウォ>」
「ぐぅ!?」

 バルカウスが考えていた矢先、レイキースの手から白い霧が放たれる。
 それはレイキースが<ナイトメアハザード>を元に、自らの意志に沿う形に改造した力――<ライトブレーウォ>
 <ナイトメアハザード>と同じく、洗脳能力を持ったその力に、王国騎士団は意識を朦朧とさせていく――

「くぅ……!? ま、まさか民衆を煽ったのも、この力……!?」
「へぇ。バルカウスはまだ意識を保っているか。お前が考える通り、この<ライトブレーウォ>で民衆には、"正しい理解"を求めた」

 バルカウスだけは頭を押さえながらも、意識を保って剣をレイキースへと向ける。
 レイキースの語る言葉から、バルカウスはもう狂気しか感じない。

 自らがかざす"正義"を絶対とし、それに反するものを許さない――
 ゼロラを襲った民衆も、このレイキースの意志によって生み出された、<ライトブレーウォ>の結果であった。
 そんなレイキースを止めるため、バルカウスは戦う構えをとった。

「小生が手助けに入ろうかな?」
「いや、必要ない。多少は<ライトブレーウォ>が効いた以上、倒すことは造作もない」
「『小生』……? その喋り口……まさか――」


 ブスンッ!


「――アガァ!?」

 バルカウスがダンジェロの喋り方から、その正体に気付いた矢先。
 その懐に、レイキースの投げつけた針が突き刺さった。
 その針はバルカウスの鎧をも突き破り、体の奥へと突き刺さっていた。

「それは<光毒針>というものだ。僕の持つ<勇者の光>を有毒物質へと変換した針……。昔の仲間のよしみとして、一本だけで済ませてやる。運が良ければ助かるだろう」
「こ……こんなこと……"勇者"のすることでは……」

 バルカウスは恨みがましくレイキースを見ながら、地面へと崩れ落ちた。

 レイキースの持つ<勇者の光>は、先代勇者ユメのものよりも弱い。
 だが、レイキースはその力を"変換させる技術"に長けていた。

 <勇者の光>を毒針へと変換した暗器――<光毒針>。
 ジャコウから手に入れた<ナイトメアハザード>を変換した洗脳術――<ライトブレーウォ>。

 これらのスキルをレイキース自身は、"自らの才能"と評していた。
 だがその使い道は独善的で、排他的――
 バルカウスも口にしようとした通り、"人々の願いの象徴"とも言える勇者の在り方から、程遠いものであった。

「バルカウス。お前には僕の傍で正しき道を歩むチャンスがあった。だが、それを拒む以上、もう用済みだ」
「うぐぐ……」

 薄れゆく意識の中、バルカウスはもう一度レイキースの表情を見た。
 冷たい笑みを浮かべ、これから自らが起こす出来事を楽しむ表情――
 なす術のなくなったバルカウスは、悔しさの中で意識を失った。



「さて……バルカウスの邪魔も入らなくなったことだ。この王都一帯の<ライトブレーウォ>の力も強めるとするか」

 レイキースは右手の平を空へとかざし、そこから白い霧を解き放つ。
 これまで浅く先導する程度に民衆へとかけていた<ライトブレーウォ>を、より強力なものにしていく――



「ゆ、勇者が絶対なんだ……」
「レイキース様が正しい……」
「魔王は……ゼロラは滅ぶべきなんだ……」



 王都から<ライトブレーウォ>の効果を受けた人々の声が聞こえ始める。
 レイキースの思惑通りに人々の考えが塗り替えられる様子を聞いて、レイキースは機嫌をよくしていた。

「これでこの国も正しい方向に向かいますわ。レイキース様こそ……この世界にとって、唯一無二の存在ですわ!」

 先に実験台として<ライトブレーウォ>の効果を受けていたリフィーも、レイキースの思いに賛同する。
 虚ろな目をし、自我を失ったリフィーは、最早レイキースの傀儡でしかなかった。

「愚劣愚劣……。当代勇者の愚劣さは、小生でさえもおよびがつかぬ……」

 そんなレイキースとリフィーの姿を見て、ダンジェロは密かにその思いを口にした。

 ダンジェロもレイキースが"勇者の器"でないことを感じ取っていた。
 魔王軍四天王として【慈愛の勇者】ユメの姿を見てきたダンジェロの目には、レイキースの姿は滑稽にしか映らなかった。



「……だが、だからこそ弄び甲斐がある。その"欲望"は、実に"人間らしい"……!」

 それでもダンジェロがレイキースを止めることはなかった。
 今はただレイキースに従い、この火種をさらに大きく灯すこと――

 ダンジェロの目的は、その一点だけであった。
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