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第28章 勇者が誘う、最後の舞台

第419話 【慈愛の勇者】③

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「何か考え付いたようですね?」
「はい。通用するかまでは分かりませんが、今の自分にできる精一杯です」

 ユメ様も自分の企みに気付いたようです。
 少し距離を置きながら、こちらの様子を伺っています。

「……私の考えが正しければ、"その技"は流石に無理があると思いますよ? その<緑色のオーラ>は、あくまで身体能力を向上させる効果が目的ですから」
「成程。確かにそうかもしれません。ですが……やらずに諦めることは、したくないんです!」

 ユメ様は再びこちらの心を読んだのでしょう。
 自分が今から行う技の内容まで、気付いているようです。

 ユメ様に言われずとも、自分も直感で理解できています。
 <緑色のオーラ>は投資の表れのようなもの――
 魔法を唱えるのとは、意味が全く違います。

 ですが、性質は限りなく魔法に近い――
 自分の元魔法使いとしての経験を元に、この力を使いこなしてみせます……!



「……行きます!」

 気持ちを引き締めた後、自分はその場でバク転をしました。

 <緑色のオーラ>を右足に集中させる感覚――
 その右足を、ユメ様目がけて振るう感覚――
 放たれたキックが、ユメ様に届くようにする感覚――





 ――ズバンッ!





「ま、まさか!? 本当に!?」

 ユメ様の驚きの声と共に、自分の想定通りの結果が出ました。

 自分の右足から放たれたのは、緑色の<鎌風>。
 <緑色のオーラ>をキックに乗せたその一閃は、"飛ぶ斬撃"となってユメ様へと飛んでいきます――



「ハアァ!!」


 ガキィイン!


 ユメ様にとっては想定外の出来事だったようですが、すぐさま反応して<鎌風>を刀で弾かれてしまいました。

 ――ですが、そのおかげで隙はできました。
 刀を振りぬいて構えを崩したユメ様へ、自分は素早く駆け寄ります。

「私の想像以上ですよ……! ですが、この程度では切り崩せません!」

 そんな自分に対して、ユメ様は一度刀を両手で持ち直し、最初の<理刀流>の構えへ即座に戻します。

「テヤァアア!!」
「ハァアア!!」


 ガキィィイインッ!


 自分の拳とユメ様の刀――
 互いの全力の攻防の衝突――
 その一撃は激しい衝突音と共に、辺りに衝撃波をも巻き起こします。

「す、すごい……! こんな戦いを、ラルフルが繰り広げてるの……!?」

 傍でユメ様との戦いを見ているお姉ちゃんは、感嘆の声を漏らしています。
 自分自身も驚いています。

 この<緑色のオーラ>が体から溢れてから、力がみなぎってきます。
 自分の内に眠る、これまでの経験、積み重ねてきた鍛錬、乗り越えてきた苦境――
 それらが全て、自分の血肉となっているようです。



「すみません。あなたを見くびっていました。ここまでの力がある以上、私も下手な力加減はできません――」

 一度距離を置いたユメ様はこれまでとは違い、刀を横に構えています。
 <理刀流>の構えは、切っ先を相手に向けるのが基本のはず――
 今のユメ様の構えは、別物のように見えますが――

「あなたのオーラを応用したものとは違いますが、"飛ぶ斬撃"なら私にもできますよ」

 ――そう言ってユメ様は、刀を振り払うように、体を回転させます。
 その刀には、ユメ様が纏う<白色のオーラ>とは別の光が纏われて――



 ――ザシュゥウン!!



「これは!? <勇者の光>!?」

 体を回転させたユメ様が放ったのは、<勇者の光>を使った"飛ぶ斬撃"!
 レイキース様も同じような技を使っていましたが、ユメ様の一閃はそれ以上です!
 斬撃が綺麗な曲線を描き、レイキース様以上のスピードで襲い掛かってきます!

「フゥウン!」
「避けられますか。この反応――大したものです」

 自分はその場でしゃがみ、なんとかユメ様の斬撃を躱しました。
 そして体を低くしたまま、ユメ様へと突撃します。

 全身を使った一閃――
 ユメ様の態勢が戻るのには、時間がかかります。
 自分につけ入ることができるチャンスは、そのわずかな時間だけです。
 そこを狙い、今度は<緑色のオーラ>を集中させた右足で、直接蹴りかかります!





「私の隙を突いたつもりでしょうが、今のあなたならこれぐらいしてくると、予想できてますよ?」

 ――ですが、ユメ様はこちらの予想を超えて、次へと動いていました。
 抜き身だった刀を鞘へと戻し、鞘ごと眼前へと構えています。

 右手はいつでも刀を抜けるよう柄に添えながら、鞘で攻撃をガードするようなこの構えは――



 ――ガキィンッ!!



 ――自分の蹴りはユメ様の構えた鞘によって、防がれてしまいました。
 それどこらかユメ様は、防いだ蹴りの衝撃を刀に乗せるように、素早く鞘から抜き出しました――



「<理刀流・居合>――<反衝理閃はんしょうりせん>」



 ――ズバァアンッ!!



「カハッ……!?」

 自分が気付いた時には、ユメ様はすでに背後へと駆け抜けていました。

 この"夢の世界"の影響なのでしょう。自分の体に傷はありません。
 ――ですが自分は今、ユメ様に一刀両断されました。

 力が抜けて態勢を崩しながら、自分はユメ様の方を見ます。
 抜かれたはずの刀は、すでに鞘へと戻されていました。

「私にこの技を使わせるとは思いませんでした。ここが夢の世界でないと使えませんけどね」

 ユメ様は後ろ目で、倒れ行く自分へと語り掛けてきます。
 この技はおそらく、鞘で受けた相手の攻撃を、そのまま斬撃へと変換して相手に返す技――

 ユメ様の言う通り、これが現実世界だったら、自分は死んでいました。



「本当に……歴代最強と言われた勇者だけのことは……あります……ね……」

 地面へと体を倒しながら、自分はユメ様への思いを口にしました。
 体から溢れていた<緑色のオーラ>も、自分が戦意を失ったためか、消えていきます。



 自分の完敗――
 それでも、自分には確かな手応えがありました。

 自分はまた一歩、強くなれた気がします。
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