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第25章 新たなる世界へ

第375話 ルクガイア沖海戦⑤

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「な、何が起こっているのだ!? 敵は一隻のはずだろう!?」

 ボーネス公爵は焦っていた。
 六隻の艦隊を組み、ゼロラ達が乗る貨物船一隻を沈めるべく包囲はできていた。
 だが、そのうちの四隻が強襲を受け、沈没を始めている。

「ボ、ボーネス公爵! 敵は精強です! このままでは、旗艦である本艦も狙われます! 急ぎ戦線離脱の準備を!」

 部下の戦況報告を聞き、ボーネス公爵は血がにじみ出る程に歯を食いしばる。
 このまま戦線離脱しても、残された道は国外逃亡のみ。
 しかもこんな騒動を起こしては、他国でも受け入れられないだろう。

「離脱など認めん! なんとしても、ゼロラどもを始末するのだぁあ!!」

 もうボーネス公爵に逃げ道はない。
 ここで決着をつけないと、待っているのは逃亡生活だけ。
 正常な判断ができなくなったボーネス公爵は、とにかくゼロラ達の始末だけを考えた。





「ボーネス公爵! 降伏しろ! お主はもう終わりだ!」

 そんなボーネス公爵の船に、一隻の大型帆船が近づいてきた。
 その船の船長は拡声魔法を使い、ボーネス公爵へと降伏を促した。

「へ、陛下……!? なぜここに……!?」
「お主の企みは読めていた。ここで大人しく降伏すれば、余の方で罰を軽くすることも考えてやろう」

 大型帆船の船長――国王・ルクベール三世は、船の上からボーネス公爵を睨みながら訴えかけた。
 それは国王がボーネス公爵に与えた、最後のチャンス――

「黙れ! これまでわしらに操られていた、無能な国王が! いい機会だ! ここで貴様を殺し、わしが国王になってくれるわぁあ!!」

 しかし、ボーネス公爵はそんな国王にさえ牙をむく。
 ただ感情の赴くままに、無謀な行動をボーネス公爵は行おうとする。

「哀れな……。ここまで目が曇ってしまったとはな……」

 そんなボーネス公爵の姿を見た国王は、頭を抱える。

 もうボーネス公爵には何の声も届かない。
 それを理解した国王は、あらかじめ船の下部に待機させていた人間に指示を出した。



「バクト公爵、ドクター・フロスト。すまないが、手筈通りに頼む」

 その声と同時に、まずは三人の人影がボーネス公爵の船へと飛び乗った。
 中央の一人は残り二人に抱えられながら、飛び上がってきた。



「フン、ボーネスの狸ジジイが。ここまで盲目になるとはな」
「バ、バクト公爵……!?」

 ボーネス公爵の前に現れたのは、同じく"三公爵"の一人であるバクトだった。
 バクトは護衛二人を連れ、自らも右手に刀を、左手に拳銃を持って臨戦態勢に入る。

「貴様との"三公爵"というママゴトも終わりだ。貴様にはミリアを苦しめた件でも恨みがある。大人しく俺に屈服しろ。……このクソジジイがぁあ!!」

 バクトは目を見開き、吊り上がらせ、ボーネス公爵へと宣戦布告する。

「お、おのれぇえ! 殺せ! まずはバクト公爵を殺せぇええ!!」
「は、はい! 直ちに――」


 バギャァアン! メギャァアン!


 ボーネス公爵が部下に命じてバクトを襲わせようとするも、その瞬間に船体が大きく揺れる。

「な、なな、何が起こっている!?」
「船底が攻撃を受けています! 何者かに破壊され始めています!」

 ボーネス公爵も部下達も、突然船を攻撃し始めた人物の正体が掴めなかった。
 しかし船底に穴を空けられ、そこからさらに何者かが入っていく声が聞こえる――



「ゴー! ゴーね! このグレネードで、このシップをクラッシュさせるね!」
「押忍! 沈めるで、押忍!」
「……フロスト元隊長の指示ダ。守るゾ」
「行くばい! こん船沈めて、ジフウ隊長達さ援護するばい!」

 ボーネス公爵が乗る船の船底へと進入していくのは、黒蛇部隊の四人だった。
 四人は手に持ったグレネードを船底で投げまくり、艦隊の旗艦であるこの船を沈めようとし始めた。



 ガチャン! ガチャン! ガチャン! ガチャン!


 さらに、ボーネス公爵達がいる甲板にも、もう一人が乗り込んできた。
 四本の機械の腕を使い、自らの体を甲板へと押し上げる――



「おーい、アホバクト。とりあえず作戦通り、黒蛇部隊を船底に潜りこませたぜ~」
「来たか、バカフロスト。だったらさっさと、この船の動力源を無効化しろ」

 乗り込んできたのはフロストだった。
 ボーネス公爵の船の船底をアームで破壊し、その中へかつての部下である黒蛇部隊を侵入させたのだ。
 そんなフロストはバクトに言われ、次の作戦へと移る。

「か~! うるせー奴だな~! 分かってるてーの。ほれ、<マジックジャマー>」

 フロストはレーコ公爵の別宅で使ったものと同じ、<マジックジャマー>を甲板へと投げ捨てる。

 ジジジッ…… ジジジッ……

「ボ、ボーネス公爵! 魔法が……魔法が使えません!」
「な、なんだと!? それでは船を動かせないではないか!?」

 <マジックジャマー>の効果により、船内の魔法が無力化される。
 風魔法を動力源としていたボーネス公爵の船は、その航行機能を失ってしまった。

「クーカカカ~! これで後はゴミ掃除だけだな~!」
「ボーネス公爵。貴様はもう終わりだ。覚悟しろ」

 フロストはアームを構え、バクトは護衛と共に銃を向ける。
 ボーネス公爵はこれまでにない窮地に立たされ、青ざめながらも鬼の形相で二人を睨むしかなかった。

 こうなってしまった以上、最早ボーネス公爵に戦うという選択肢すらない――



「お、おい! こいつらの相手をしろ! わしは残った船に移る!」
「そ、そんな!? この状況を我々だけでは――」

 呼び止める部下の声も聞かず、ボーネス公爵は残った一隻へと向かう。
 もう部下や戦局など考えていられない。
 とにかくこの場から逃げることしか、ボーネス公爵の頭には残っていなかった。
 甲板にいる部下達を押しのけ、一人助かるために、近くに寄せた船へと逃げていく――

「お~? 敵の親玉は逃げたか~?」
「この期に及んで無駄なあがきを……。あの狸ジジイは後だ。まずはここにいる連中から始末するぞ」

 どこへ逃げても最早同じことでしかない相手など、フロストとバクトの眼中にはなかった。
 バクトとフロスト。
 かつての旧友同士が、今一度ここに肩を並べて戦い始めた――
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