記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派

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第23章 追憶の番人『ドク』

第326話 在りし日の思い出

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 今から数年前のルクガイア王国。バクトが妻を失い、なりふり構わず地位を求め始めたころ。
 当時王国騎士団二番隊隊長に就任したばかりだったフロストは、一人の女性に恋をしていた。

「ハァ……。バクトの奴、本当に変わっちまったな。あれじゃ娘のミリアが可哀想だぜ……」
「そう落ち込まないで、フロスト。あなたはあなたにできる限りのことをしたんだから」

 フロストと共に語る女性。その名はルナーナ。
 明瞭さと優しさを併せ持った、赤い髪と緑の瞳の女性。
 二人の仲は良く、お互いの時間の合間を縫ってはこうして話をしていた。

 相思相愛とも言える二人だったが、結ばれているわけではなかった。

「お前こそ大丈夫なのか、ルナーナ? お腹の子は順調か?」
「ええ、順調よ。この子が生まれたら、マカロンもお姉ちゃんになるわね」

 ルナーナはフロスト以外の男とすでに結婚していた。
 すでに第一子を出産し、その子の名前はマカロン。
 今も第二子がお腹にいる状態だった。

「……待ってろ、ルナーナ。俺がもっと地位と力を付けた時、お前と子供たちを必ず俺が助け出す」

 ルナーナの結婚は本人が望んだものではなかった。
 元々ルナーナはある貴族に仕えているメイドの一人にすぎなかった。
 その当時からフロストとルナーナの仲は進展していた。

 だがルナーナが仕える貴族の配下である辺境の地の領主がルナーナに一目惚れし、二人の仲は引き裂かれた。
 ルナーナは夫となった領主の子を身籠ったが、その扱いはひどいものであった。

 領主はルナーナのことをないがしろにし、領地の内政さえも押し付けていた。
 そして自らは放浪と豪遊の日々――
 フロストはそんなルナーナとその子供たちを助けるために、王国騎士団二番隊という地位で力を蓄えていた。

「でも、フロスト……。この子達はあなたの子では――」
「『生まれてくる子が女の子なら"マカロン"、男の子なら"ラルフル"にしよう』――そう提案したのは俺だ。俺にとって、お前の子であるなら何の問題にもならない」
「フフフ……。あなたって、いいお父さんになれそうね」

 フロストにとって、ルナーナとその子供達のことは何よりも心配だった。
 力を蓄えた後、フロストは力ずくでもルナーナ達を助けようとしていた。

 そのためにフロストが倒すべき相手。
 それはルナーナの夫ではなく、その主――

「こんなところで何をしているの、ルナーナ? あなたは私の僕の伴侶のはずよ?」
「チッ……出てきやがったか、レーコ公爵」

 ――レーコ公爵であった。
 先代であった父親が急死したため、爵位を継いだばかりだった当時のレーコ公爵。
 彼女こそがフロストとルナーナの仲を裂き、自らの配下である領主とルナーナを結婚させた張本人であった。

「レーコ公爵。私はすぐに勤めに戻ります。どうかフロストのことでの言及はお控えに――」
「お、おい! ルナーナはもうすぐ子供が生まれそうなんだ! それなのに仕事をさせるなんて――」
「言い訳は無用よ。ルナーナも私の僕の一人。あなたに口出しなんてさせないわ。オーホホホ」

 フロストとルナーナを引き離したレーコ公爵は、領地を放っておく夫への言及はせず、その役目をルナーナに押し付けていた。
 レーコ公爵にとって、ルナーナのような素直な人間は、ただの使いやすい駒でしかなかった。

 そんなルナーナとレーコ公爵の姿を、当時のフロストはまだ黙って見ていることしかできなかった。

「見てろよ……レーコ公爵! 必ずお前の元からルナーナと子供達を助け出してやるからな……!」

 フロストはレーコ公爵に連れていかれるルナーナの姿を見ながら、決意を固めていた。





 だが、フロストが力を付けるのには想像以上の時間がかかった。
 爵位を継いだレーコ公爵はその手腕でフロストの周りを固めた。
 フロストに余計な力が付かぬよう、これ以上自らに邪魔立てしないよう――
 王国騎士団二番隊隊長という地位にありながら、フロストは王国内で厄介者扱いを受けていた。

「俺の邪魔ばっかりしやがって……! だが! 俺の力を甘く見ないことだな!」

 それでもフロストは諦めなかった。
 元々他国でも"天才"と称されるほどの、フロストの科学力――
 ルクガイア王国には広がっていないその力で、フロストも少しずつではあるが、確実に力を付けていった。



「フロスト……無理はしないで。私もマカロンもラルフルも、大丈夫だから……。ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫なわけないだろ!? くそ! あと少し……あと少しでレーコ公爵だって出し抜けるのに……!」

 そんな日々の中、隙を見てフロストはルナーナに会っていた。
 ルナーナは激務のために病床に伏すことが多くなり、その体は次第に弱っていた。

「オオオオ! オオオッ!」
「『大丈夫! ぼくたちが助ける!』ですか。フレイムさんは大きな体で、本当に強くて優しい人ですね」

 そんなルナーナのことを、フロストの弟であり、王国騎士団二番隊の隊士であるフレイムも心配していた。
 その巨体と言葉を話せないことから迫害を受けていたフレイムだったが、その心は純粋であった。

 ――そんな純粋な心の共鳴なのか、兄フロスト以外に、フレイムの言葉を理解できたのはルナーナだけだった。

「オオオッ! オーン!」
「フレイムもこうやって『頑張って助ける!』って言ってくれてるんだ。こいつの力があれば、もうじきお前達を助け出せる! もう少しだけ待ってくれ!」
「頼もしいわ。でも、レーコ公爵に逆らうのは―― ゴホッ! ゴホッ!」

 フロストの身を案じ、ルナーナは助けを拒もうとするが、フロストがその願いを聞き入れることはできなかった。

 愛した女性であるルナーナ。その子供であるマカロンとラルフル。
 その三人を助け出すことこそが、フロストの生きる意味だったのだから――
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