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第11章 騎士に巻き付く龍の尾の蛇

第147話 公爵にして医師

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「こ、これは……?」

 部屋に入った俺は目の前の光景に驚く。
 中央にあるベッドの上で横たわっているのはやはりオクバだ。そのオクバが隣で立っている目元以外を緑色の服で覆った男に刃物で腹を裂かれ、内臓を直接触られている。
 かなり猟奇的な現場だったが、男はオクバを殺そうとしているのではない。真剣な眼差しでオクバの容態を確認しながら作業しているのが雰囲気で分かる。この男はオクバを助けようとしているようだ。

「そこに座ってろ。もうじき終わる」

 男の視線がわずかにこちらに向き、俺とオジャル伯爵をソファーに座るよう促した。
 鋭い目つきに、医学の知識。この男こそが"三公爵"の一人にしてギャングレオ盗賊団の元締め、バクト公爵か。

「――よし。取れたな」

 しばらくするとバクト公爵はオクバの腹の中から黒い大きな塊を取り出した。あれが腫瘍と言われるものか。
 そしてバクト公爵はオクバの腹をもとのように縫い合わせて戻すと、マスクを外してこちらに言った。

「手術は成功だ。これで貴様の友人だというオークは助かった。人間なら一週間ほど安静だが、オークの生命力ならもっと早いだろう」

 『成功』。その言葉を聞いたオジャル伯爵は感極まったように泣き崩れる。

「あ……あぁ……ありがとうでおじゃぁあ! ありがとうでおじゃぁああ!!」

 泣き崩れるオジャル伯爵を横目に、バクト公爵は俺の方に近寄ってきた。

「貴様……ゼロラとかいう男か?」
「ああ、そうだ。初めましてだな、"元締め"のバクト公爵」
「フン……。その様子だと、この俺の事情は織り込み済みか」

 俺が何者かを理解したバクト公爵はオジャル伯爵とオクバを部屋に残し、俺を別室へと案内した。



「ゼロラ。貴様はシシバの差し金だな?」
「そんなところだ。まさか"三公爵"の一人がギャングレオ盗賊団の元締めだったとはな」

 俺とバクト公爵はお互い向かい合ってソファーに座っている。バクト公爵は背もたれに腕をかけながら話してくる。

「シシバめ、余計な真似をしおって。だが一応の礼は言ってやる」
「そいつはどうも」

 "三公爵"のバクト公爵。この国の実権を握る一人ではあるが、かなり口と目つきが悪い。それでも俺が来てくれたことにはそれなりの恩義を感じてくれたようだ。

「さっきオクバにしていた"手術"……。あれがあんたの学んだ医学ってことか」
「そうだ。薬や回復魔法だけではどうにもできない、体に直接メスを入れなければ治せないものだってある。貴様はさっきの俺の手術を見てどう思う?」

 最初に見たときは異常な光景だったが、バクト公爵は確かにオクバを救って見せた。

「立派なもんだと思った。この国でああいうことができる医師はあんただけだろう」
「……フン」

 言葉は少なく顔も険しいままだが、バクト公爵は俺の回答に一応満足はしてくれた様子だった。

「貴様の目的は事前にコゴーダから聞いている。ガルペラ侯爵との協定だったな」
「ああ。頼めるか?」
「正式な協定を結ぶ機会は別に用意してやる。シシバが認めたほどの男を擁するガルペラ侯爵とならば、俺も協定を結ばせてもらおう」

 バクト公爵はガルペラとの協定を認めてくれた。
 ギャングレオ盗賊団の元締め、そして"三公爵"の一人。二つの顔を持つこの男が味方になってくれたのは心強い。

「丁度いい"手札"も手に入れたことだ。これならば武力行使をする必要もなかろう」

 バクト公爵はわずかニヤつきながら答える。
 この男は必要とあらば武力行使も辞さない考えを持っているが、そこも俺のことを"シシバが認めた"ということで、まずはガルペラの意志を汲んでくれるようだ。

「その"手札"ってのはなんだ?」
「オジャル伯爵だ。あいつは今年の"円卓会議"という場の議事進行を担当している」

 バクト公爵が言うには、国王を含む"円卓会議"という場をオジャル伯爵を使って時期や出席者を操作し、バクト公爵とガルペラが同時に国王や他の"三公爵"と話し合える場を用意してくれるそうだ。

「貴様をガルペラ侯爵の従者として、ギャングレオ盗賊団を俺の護衛として出席させることもうまくすれば可能だ。時期はオジャル伯爵とも話して早いうちに決めてやろう」
「なるほど……。あんたはそのためにオクバを助けてやったんだな」

 バクト公爵は相変わらず睨むような目線を送るが、その表情はどこか曇っている。

「それもある。……だが、おそらく俺はオジャル伯爵に頼まれずとも、あのオークを助けていたかもな。あのオークの腫瘍は人工的に植え付けられたものだ。そんなものを見ているだけなどいい気がしない」

 バクト公爵はこの国が医療への理解を示さなかったために、妻を失ってしまった過去がある。
 それがこの国の制度を変えようとする行動の原動力になっているようだが、それとは別に"命を救う医師としての信念"のようなものを俺は感じ取った。
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